第3話 二代目の猫

 ニャンがいなくなって約三年後、アパートの一階の通路でちょくちょく猫を見かけるようになった。あるとき、つい猫にエサをあげてしまったのだが、それを隅っこの方でじっと見つめる別の猫がいた。


 そいつは首輪をしていたので、どこかの飼い猫と思われたが、そろりそろりと近づいてきて猫皿からエサをパクッとくわえると、サッと逃げていった。

 飼い猫なのにがっついてるなあと思っていると、またそろりそろりと近づいてきて、サッとエサを盗んでいく。二度あることは三度あるというとおり、その猫はまたしてもそろりそろりと近づいてきたが、いざ盗もうとした瞬間、盗まれ放題だった猫が「フーッ!!」とさすがに怒って威嚇した。

 すると盗っ人猫は文字どおりひっくり返って、腹を見せて寝転んだまま固まってしまった。

 その様子があまりに滑稽だったので、私は吹き出してしまった。

「お前、ボケだな」

 思わず私は言い、その猫にもエサをあげた。そしてそれ以降、その猫を『ボケ』と呼ぶようになった。


 ボケは毎日エサをもらいに来た。飼い猫なのにおかしいなと思っていたが、ある日、異変に気がついた。

 ボケがどこからか出血していて、ポタリポタリと地面に血が落ちたのだ。よく見ると、首輪の辺りから出血しているようだ。これはおかしい。どうも首輪が首を締め付けているようだ。


 ひょっとして、ボケが飼い猫だったのは過去のことで、実は迷い猫なんじゃないか。長い間放浪している間に成長して首が太くなり、その結果、首輪が首を締め付けるようになっているのではないか。


 私はなんとか首輪を外してやろうと試みたが、ボケが抵抗するためうまくいかなかった。もうこれは、動物病院に連れて行くしかない。

 私はキャリーバッグを買ってきて、その中にエサを置き、ボケが入ったのを見計らって蓋をして、動物病院に向かった。


 病院ではボケに麻酔を打ち、眠っている間に首輪を外してもらったが、驚いたことにその下にさらに紐の首輪があって、それが首を締め付けて出血していた。これは相当苦しかったろう。


 そのまま麻酔が切れるまで病院で預かってもらって、麻酔が切れた頃にボケを迎えに行き、アパートに戻ってキャリーバッグから出してやった。怖かっただろうから逃げると思っていたら、逃げるどころか足にスリスリしてくる。どうやら、助けられたことがわかるらしい。

 そうやってしばらくスリスリした後、ボケはブロック塀を越えて隣の神社に去って行った。


 その後もボケは、朝晩エサをもらいに来た。前と違ったのは、隙あらば部屋に入ろうとすることだった。当然のことながら、アパートでペットを飼うのは禁止事項になっている。

 だから何とか入れないようにしていたのだが、ある日とうとう隙を突かれて入られてしまった。私も慌てて中に入り、外へ出そうと思ったのだが、ボケは既に毛繕いを始めており、そのあまりに早いくつろぎっぷりに、私も「まあいいか」と思ってしまったのだった。


 こうしてボケは、実家ではなくアパートにおいて、私にとっての二代目家猫になった。


 そのボケを実家に連れて行ったとき、母は初代のニャンが戻ってきたかと一瞬思ったそうだ。

 言われてみればボケもハチワレだったが、白黒というよりは白&グレーに近かったし、メスでニャンよりも二回りぐらい小さかったので、私はそう感じたことはなかった。


 だがその時、病院でボケが「三、四歳ぐらいですね」と言われたのを思い出した。そうすると、ボケが生まれた頃がニャンの失踪時期と重なるので、もしかしたらボケはニャンの生まれ変わりで、私に会いに来てくれたのかもしれない、とも思った。


 まあ、そんなはずはないのだが。

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