第3話

『農業の神にこの身をささげ、救世主に飢饉を救ってもらおう』


 農業の神にこの身を捧げる??

 てことは、私は農業の神としてこの世界に呼ばれたというコト??


 いやいやいや! 私、ただのオッサンですけど?

 確かに専業農家ではあったけど!

 でも作っていたのはレタスと、あとささやかな家庭農園だけだ。

 

 あとは……ん? まてよ……。


 私は、ナスカの紙束をあさった。この世界の航海技術を知りたい。

 ほどなく、それは見つかった。

 世界地図だ。地図のそれは世界というにはあまりにもおそまつだった。

 つまりは、まだ、遠洋の海路が確立されていない……とすると、おそらく私は希少品を持っている。


「母さん、明日、街に出かけるわ。小麦粉を買って帰る」

「そうかい、ようやくあの紙束を売り払うつもりになったかい?」

「ええ。でも、ほんの少しよ。それでも、今年の冬を乗り切れると思うから」

「なんでも構わないよ。とにかくさっさと小麦を買ってきてちょうだい」


 翌日、私は町へと向かった。

 家から歩いて半日。城壁に囲まれたその町で、私は雑貨商を訪ねる。

 コショウの実を現金化するためだ。


「すみません。これを売りたいんですけど」


 とりあえず、相場が知りたい。

 私は、布に包んだコショウを広げる。手元に持ってるコショウの四分の一だ。

 

「おじょうちゃん、これを、どこで?」


 雑貨商が、けげんな顔で話しかけてくる。


「え? ええっと、以前旅の商人から受け取ったものです。一宿一飯の礼として受け取りました」

「ほう? 一宿一飯でこの量を?」

 

 しまった。めっちゃ怪しまれている。

 その眼は「どこからくすねた?」と疑ってかかっている。


 そうか、それほどまでにこの世界ではコショウは高級品なのか。

 よかった、全部見せないで、私はウソにウソを重ねる。


「一宿一飯と……そ、その……春を売りました」


 すると、商人の顔がいやらしくゆがむ。


「はっはっは! 嬢ちゃん、随分と高く買われたな!

 いいだろう! 銀貨十二枚と交換だ」


 商人はねちっこい目つきで私をみながら、魅力的な取引を提示する。

 スゴイ! 小麦粉半年分だ!

 私は喜んでその取引に応じようとした。


 その時だ。私の頭の上から声がした。


「おやおや? ここはコショウの産地なのですか? 随分と中央との相場に乖離がありますが」


 ニコニコと笑うその人物は、全身黒に燕脂の縁をあしらったローブを着こみ、商人をじっと見ている。

 私は頭を大きく上げてその人物を見た。身長百九十センチはくだらない大男だ。髪はフードの縁より遥かに明るい赤毛で、ウェーブがかかった長髪を雑に束ねている。奥二重の瞳も髪と同じ色だ。

 

「え? いや、この嬢ちゃんがもってきたコショウ、あいにく質が悪くてね。

 使い物になるのは良くて半分んって所なもんで」


「そうですか? 僕にはそうは見えませんね。ふうむ、ではこうしましょう。お嬢さん、僕ならそのコショウを、その男の倍の価格、金貨一枚で買い取ります。僕にゆずってくれませんか?」


「ちょっちょと、あんた。ウチの客を取らないでくれるかい? お嬢ちゃん、だっだらこうしよう、金貨一枚と銀貨五枚、これでどうだ?」


 雑貨店の男は、不自然なくらい値を釣り上げてきた。なるほど、そういうコトか。


「すみません! 今日は売るのをやめときます!!」


 私が踵をかえして出口に向かおうとすると、雑貨商はその背中に尚も声をかけてくる。


「す、すまない悪かった。金貨一枚と銀貨十二枚、いいや金貨二枚で!

 頼む、そのコショウを売ってくれよぉ!」


 私は、ローブの大男にそっと肩を押されて、雑貨商をあとにした。


「……まったく、とんだぼったくり商人だ。

 しかし、貴方も相変わらずですね。興味以外の事柄に無頓着がすぎる」


 そう言って、男は私をニコニコ顔で見つめている。

 もしかして……ナスカの知り合い??

 私は、恐る恐る聞いてみる。


「あ、あの……失礼ですが、あなた、何をされている方なの?」


 ・

 ・

 ・


「記憶喪失!? なんてこった……」


 大男は、その大きな手で顔を覆った。

 にぎやかな酒場で私は大男とともにテーブルを囲んでいた。


 テーブルには、ソーセージとパンが置かれている。

 飲み物はペールエール。アルコール度数が五パーセント程の炭酸飲料だ。

(私どう見ても未成年な気がするけれど、誰も突っ込まないからこの世界では成人ってことで大丈夫……だよね?)


「ご、ごめんなさい」


 私は、大男に謝罪した。知り合いとおぼしき、この大男の事を知らない事実と、とっさに記憶喪失とウソをついてしまって事についての両方だ。


 大男は、ゴクゴクと樽のジョッキのペールエールを飲み干すと、そのジョッキを高く掲げた。素早く、ホールスタッフの女性がジョッキを受け取り、なみなみとペールエールをそそいで大男の手元に戻す。

 大男は、ペールエールをもうひと飲みすると、樽のジョッキを置いて話し始めた。


「僕は、アンディシュ。中央の大学でバッカン教授から天文学から派生した気象学、それから植物学を学ぶ同窓だ。ま、飛び級の君と違ってダブつきまくっているがね?」


「飛び級? 私が……??」


「なんてこった!! この国に訪れる未曽有の危機に備えるため、大学きっての麒麟児を呼び戻そうと郷里を訪ねて来てみれば……ああ、大学にはどう報告したものか……」


「未曽有の危機って、ひょっとして大寒波の事??」


「良かった! 完全に記憶喪失ってわけじゃないんだな!」


「ううん。残念ながら記憶はキレイさっぱり。でも私が書いたらしい写本やレポートを一通り読み直したから、大学で天文学と気象学、それから植物学を履修していたことは理解している。

 中には、さっぱりわらない文献もあったけど……」


「そうか……大学を辞めた理由は覚えているかい?」


「父が亡くなって学業を断念したことも、母から聞かされた」


「なるほど、なるほど。であれば、問題なさそうだ。

 ナスカ、君はすぐに大学に戻るんだ。バッカン教授のもとで研究をつづけるべきだ。そのコショウを秘密裏に売りさばけば、十二分に学費を賄える」


「コショウって、そんなに高いの?」


「中央の末端価格は金貨三枚をくだらないよ。

 こんな田舎で売るなんてどうかしている」


 え? そうなの??

 私、めっちゃぼられる所だった!!


「中央でコショウを売れば、母親への仕送りだって賄えるはずだよ。

 それよりも問題は飢饉だ。数年にわたる寒波に耐えうる食物を探さない限り、この国は壊滅的な打撃を受ける」


「大丈夫。それなら心当たりがある!」


 私は自信満々に言ってのけた。

 あるじゃない、寒さに強いとっておきの食材が。私と一緒にこの異世界に転生してきた救世主にこの世界を救ってもらおう。


 という救世主に。

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