第4話

「おい、助けてくれた人間のことを悪く言うもんじゃねぇぞ」


静かながら迫力のある低音で凄んできた羅門らもんに、大輝梨だいきりは冷や汗を掻いていた。


この中年男性もシェイクに助けられたことがあるのかと、思わず皮肉を言ったことを後悔していると、次の瞬間には羅門の顔がにこやかなものに変わる。


「でもまあ、おまえの気持ちもわからんでもない。ありえねぇもんなぁ、そんな人間。オレは気にしないが、外ではあんまりシェイクの悪口を言うなよ。ここじゃあいつは慕われてんだ。最悪殺されるぞ」


「殺されるって、マジかよ……」


「ああ、あいつにはファンが多いからな。それと、ここに住むつもりならおまえにもうちで働いてもらう」


「働くって、そもそもここはなんの店なんだよ?」


「うちは見てわかるだろ。ライブ&レストランだよ。今日はもう寝ちまってるが、従業員のガキらもいる。ちなみに店長はオレでシェイクのヤツがオーナーってところか」


羅門の言葉を聞いた大輝梨は、室内を改めて見回した。


先ほど見たいくつかあるテーブルにステージ、それとよく見るとステージには専用の照明などがあることに気がつく。


楽器などは一切ないが、ステージの端にはマイクスタンドがあることも確認できた。


「メシはまだわかるが、こんなスラムで音楽なんか聴きに来る奴がいるのか?」


「そりゃいるさ。人は退屈に耐えられない。どんなとこにだって娯楽は必要だ。ここはそんなヤツらのための場所なんだ」


妙な説得力があったせいか。


大輝梨は納得してはいなかったが、反論することができなかった。


それよりもこれからのことを考えると、握っていた拳に力が入る。


なぜ自分がスラム街なんかで暮らさなければならないのだ。


そもそも取引先の会社が潰れなければ、ヒセイキになどにはならなかった。


会社の同僚や上司は、そのことをフォローもしてくれないのかと。


大輝梨は、指導院送りになるところを助けられた恩など忘れ、その身を震わせていた。


「おい、大輝梨」


「あん? なんだよ羅門さん」


「冷める前にメシ食っちまえよ。街のような上品なもんじゃねえが、うちの料理もそこそこ美味いぞ」


大輝梨は羅門に言われ、目の前に出されたスープとパンをかっ喰らった。


味など気にせずに、ただ口の中に流し込む。


その様子を見ていた羅門は、大きくため息をついてから口を開く。


「おまえさんには悪いが、もう部屋のベッドは埋まってんだ。店のソファーで寝てもらうぞ」


「ああ、わかったよ。それよりもあいつ……シェイクはどこに行ったんだ?」


「なんだ? 気になるのか?」


「そりゃなるだろ。勝手に連れてきたと思ったらいなくなっちまうしよ」


「シェイクは仕事さ。ここでメシにありつくにはな。やらなきゃいけないことが多いんだよ」


どうせ犯罪だろうと内心で毒づいた大輝梨は、食べ終えた食器をカウンターへと置き、店内にあったソファーへと寝転んだ。


下水道を通ってきたので自慢のスーツはボロボロになってしまっていたが、今はそんなことを気にする余裕がないほど疲れきっていた。


「おい、大輝梨。シャワーなら浴びれるぞ……って、もう寝ちまったのか? ったく、文句ばっかで礼も言いやしねぇ自分勝手なヤツだな。シェイクのツレじゃなきゃ追い出してるところだ」


羅門は、イビキを掻いている大輝梨の寝顔を見ながら、渋々毛布をかけてやった。


そして店内の電気を消すと、奥にある廊下へと歩いていくのだった。


――騒がしさで目覚めた大輝梨がソファーから体を起こすと、そこには子供たちが店内の掃除をしていた。


テーブルと椅子を退かし、ステージの上やカウンター内の床を雑巾がけしている。


店の制服なのか。


男の子も女の子も、皆このライブ&レストランの店長である羅門と同じレザージャケット姿だった。


「あー起きた」


「店長、大輝梨が起きたよ」


目を覚ました大輝梨に気が付いた子供たちが声を出し、料理の仕込みをしていた羅門に知らせた。


大輝梨は、どうして子供たちが自分の名を知っているのかを考えるよりも先に、呼び捨てにされたことに苛立っていた。


いくら幼いとはいえ年下に気安く下の名前で呼ばれ、起きた瞬間からブスッとした表情で、羅門のいるカウンターへと近づいて来る。


「おはよう。昨日はぐっすり眠れたみたいだな」


「なあ、羅門さん。水もらえる」


大輝梨は挨拶も返さずに水を要求し、羅門が乾いた笑みを浮かべながら彼の望み通りに出してやった。


そして、コップに入った水を一気に飲み干すと、掃除をしていた子供たちが集まってくる。


物珍しそうに大輝梨のことを見上げ、彼のことを囲む形となった。


「ねえ大輝梨って、ホントにシェイクの友だちなの?」


「見えないね」


「うん、見えない」


子供たちは大輝梨に声をかけてきた。


スラムの子供に敬語が使えるはずないとわかっていながらも、大輝梨の口元が思わず歪む。


「なんか話で聞いてたのとぜんぜんちがう」


「がっかりだね」


「うん、がっかり」


大輝梨は持っていたコップをカウンターに置くと、子供たちのほうへ体を向けた。


そのときの彼の顔は、怒っているような笑っているような複雑なものだった。


「おまえら、年上にはちゃんと“さん”を付けて呼ばなきゃダメだぞ。俺は心が広いから気にしないが、人によっちゃぁ怒鳴り散らす奴もいるからな」


「え、でも店長もシェイクも怒らないよ。ねえ」


「うん、怒らない。別に大輝梨の心が広いわけじゃない」


「そうだね。大輝梨の心はフツー」


「お、おまえらなぁ……ッ!」


子供たちの態度に、大輝梨がその身をさらに震わせていると、店内にシェイクが入ってきた。

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