第18話 ダンジョン奪回

 ダンジョン防衛の戦力になるのは高位悪魔だけでない。我がダンジョンには高位悪魔はわずか三体しかいないのだ。これではダンジョン全域をカバーできないので、別の悪魔を従えて防衛の統括に当たらせる必要がある。

 例えばデビルロードから召喚されたアークデーモンなどは大事な戦力だ。彼らは迷宮を散策中の警備兵たちをくまなく探し、確実に殺していく重要な役目を持っている。



「本当になんだろうなこの装置。変な素材が使われてるし、気持ちわりぃ形してるし」


「おい触るな。それは罠の可能性がある。俺の仲間が似たようなやつで腕を食いちぎられたんだ」


 彼らは迷宮に張り巡らされた魔力装置に興味を示しているが、本来の目的は、隠れた財宝などがないか探し出すことだ。警備とは言っているが、悪魔が襲ってきたらすぐに逃げ出す。だが、彼等は自分を偽っているのではない。本人も自覚せず、ただ悪魔の恐ろしさを知らずにいるだけだ。死を前にして、逃げ道がない状況でしか理解しないのだ。悪魔がどんな存在か。


そして、ついにその時が来た―――。


「ニンゲン。迷宮主サマノ創造物ニ触ルナ」


「で」


「で、出た・・・」


「触ルナ。ソレハ迷宮主サマノ物ダトイッテイル。ニンゲン」


?喋れるのか・・・殺さないでくれ」


 ビエラ族の男は、恐怖で動けなくなる。実際、悪魔を目の前にすると命乞いしか出来ない。だが、この状況でもまだうわべだけの"言葉"を使って言い逃れられると思っているのが人間が人間たる所以だろう。


「駄目ダ殺ス。・・・シカシ、モウ一人・・・肌、ゴツゴツシテ、ニンゲンラシクナイナ。オ前ニンゲンカ?」


 もう一人の男は、ラーバ族という岩のような体を持つ人種で、アークデーモンは人間の中にも種類があるということを知らなかった。悪魔にとって外装はさほど重要でない。そうでなくても人間はさまざまな服装に身を纏い、ころころ外見を変えている。

悪魔は、人間同士よりは視覚的に人間を識別する能力に長けていなかった。


「・・・・俺は人間じゃない!悪魔だ・・・」


 ラーバ族の男は、わずかな可能性に掛けて自分を悪魔だと偽った。


「本当カ?」


「ああ。本当だ」


「嘘ダ。オ前悪魔ノニオイ、シナイゾ」


「そんな・・・」


 悪魔は"におい"でお互いを認識しあう。ダンジョン側の目線では、この程度の知識は知って当然だが、人間の世界では驚くほど浸透していない。


 人々が思い描く悪魔は、どこか遠くの世界の超常的な存在であり架空じみているものだ。実際は真逆で、悪魔は彼等のすぐ足元に存在し、独自の生態を持った生き物なのだ。問題は、平和ボケした人々があまりにも多く、その事実を知らなすぎること・・・・この二人も同様。彼等はアークデーモンの餌食になった。




 一方その頃―――。


「ふっはっはっは・・・。さあ、ダンジョンを返してもらうぞ~」


 人間どもが我がしもべである悪魔達に蹂躙されている光景を見ると、とても気分がよくなる。


 ただ、今回はしもべ達に働かせるだけじゃない。黙って見ているのが心苦しい・・・という訳じゃなく、それもあるが、重要な任務があるからだ。直接出向いてかたをつけなければならない。

 

 今、俺が歩いた道には、人間たちが一列に横たわって寝ている。

 精神系の魔法を使って幻覚を見せたことで、ショックで倒れたのだ。死んではいない。まさか私が人間のために温情を見せたと思うものはいないだろうが、これはあとで使う駒として残しているだけだ。


「ダンジョンマスター様!危険です。陣営までさがってください」


 何時いかなるときも、主君の身を案じ、危険から遠ざけようとして来たデビルロードの心配をよそに、ダンジョンマスターは余裕の表情でダンジョンを進んでいく。勿論、彼の言葉は聞き入れられなかった。


「おおデビルロードか。眠っている奴らをインプ達に牢獄まで運ばせてくれ」


 先程も言ったが、殺さないのは元人間としての情があるからではなく、後々利用するためだ。その方が、殺すよりも使い道は増えるし、何よりスマートだ。虫が嫌いな者は、それがぺしゃんこに潰れて血や臓物が飛び散るところを見たくないし、それが自分の家の至るところに散乱しているのはなるべく避けたい状況のハズだ。


「おおじゃないですよ。こんな所にいたら危険です。遠くから指示を与えてくださればそれでいいのに・・・」


「大丈夫だ。今はとにかく時間が惜しい。上の準備が整う前に、防衛の基盤を確保しなければならない」


 セントラルエリアはダンジョン内に張り巡らされる魔力装置の中心に位置し、それらを媒介する役目を持つ。現在はコアから断絶しているので、いわば、を起こし活動停止している状態だ。

 つまり、コアから大きく迂回して非効率的にしかダンジョンに魔力を行き渡らせるが出来ていないの状態なので、ダンジョンをちゃんと機能させるには、この場所は絶対に取り戻しておかなければならない。




「な、なんだ・・・人間?オイお前、所属部隊を言え」


 いきなりダンジョンマスターと鉢合わせた警備兵の第一声は大体決まっている。ダンジョンマスターは、ほぼ人間と変わらない姿をしているが、独特の雰囲気から何か感じられるようだ。


「私は何にも所属しない。この迷宮の主だからな」


 俺はその警備兵の前でとある"印"を結ぶ。


「あぅ・・・」


 すると、警備兵は簡単に催眠状態に陥った。


 こんな調子で、兵士達は抵抗する間もなく無力化されていく。迅速でスマートな解決方法だが、ダンジョンマスターである俺自身が戦線に加わるというのは切迫した状況だ。



 更に中央付近に進んでいく―――。

 やけに物静かだ。


「・・・我が主よ。これ以上近づいてはだめです」


 デビルロードは、いつも馬鹿真面目な態度で主である俺に接するが(そこが好きなんだけど)、今まで以上に真剣な声色だ。


「何故だ?」


「私のこの"眼"で、この先に待ち構える最悪の状況が見えてしまったのです」


「魔眼でか。何が見えた?」


 デビルロードは、片方の目でこちらをみながら、もう片方の魔眼でその状況を見る―――。灰色の瞳の奥では、血しぶきが飛び、激しい殺戮が行われている。デビルロードは緊迫した表情でそれを見ている。


「アバドンと・・・その部隊が全滅してしまいました」


「なに・・・?」


 高位悪魔がやられたのか?

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