第23話 ついていない日

 ルードベキアになるためにゲームにやってきた林総司は雪が止むことがないタルルテライの街を軽快に歩いていた。足を引きずることなく自由に歩くことができる……ただそれだけが嬉しくて、少し遠回りをして工房塔に向かっている。


「気分が上がりそうな音楽を聴きたいな……」


 工房塔の製作部屋を1日レンタルすると、ルードベキアはついていない日を払拭するかのように1人用騎乗アイテムであるミニバイクH型の勇ましい曲に合わせて、ガンガンに槌を振った。いつもならばタイミングを外すことがないというのに、モヤッとした気持ちが邪魔しているのか……ことごとくBAD判定だしてしまった。


「なんてこったい! 」


 大声で叫んだ後に、両手に持っていた膝蓋腱反射器具のハンマーのような槌を転がした。集中力が緑の蛙になって飛び跳ねている……そんなことを想像しながら、ため息を吐いている。


「曲だけ聞けるようにならないかな……。あ、レシピ開発してジュークボックスを作ればいいか」


 ルードベキアはおもむろにスマホを取り出すと、職人クラスだけ使用できる『レシピ開発アプリ』をタップした。


 開発はアイテム名称と、事細かに書けば書くほど理想のものが作りやすくなる仕様詳細を記入した後に、手持ちから素材にするアイテムを選択すればいいのだが……。何種類でも何個でも組み合わせが可能なため、素材選びは直観力に頼らざる得ないーー。


 しかも必ず成功するわけではなく、素材違いがあった場合は失敗となり……使用した素材すべてを失ってしまう。その時はウィンドウに表示された成功確率数字を確認しながら、素材を変えて何度もやり直さなければならない。ルードベキアは何となくコレだろうという勘のみでアイテムを放り込んでいる。


「う~ん……たぶん素材はハーピーの歌声と、真珠貝の夢と……後はーー」


 レア素材を3つの枠に突っ込んで作成ボタンを押そうとしたが……ついていない日という垂れ幕が頭上からパラリと落ちて気がようなきがして手が止まった。


「いや、今日は止めておこう。出来る気がしない。ーー誰かと狩りに行く方が無難だな」


 スマホのフレンドリストでカナデとカナリアの名前を見たが、ログアウト表示のままだった。久々にログインしていたマキナは……今日は用事があるらしい。誰かを誘う気力がすっかり失せてしまったルードベキアは触っても熱くない炉をじっと見つめた。


「……箱庭の良い点はーー飯が美味いことだ! よし、タイカレーを食べにーーいいや、待てよ……。またあの子が張り込みしてるかもしれない」


 先日、まんまる豚亭に行こうと思ってガロンディアの街に行った時に、店の庇を支えている柱の裏で目をギラギラさせているパキラに気付いて引き返したことがあった。たぶん悪い子じゃないと思うのだが……ストーカーのような行動をしている彼女がすっかり苦手になってしまった。


 現実時間の時計を見ると、いつの間にやらゲームのゴールデンタイムに突入していた。この時間帯はパキラと出くわす可能性が高い……ルードベキアはタイカレーの次に食べたいものを思い浮かべた。


「ーーってことで~、蕎麦だぁあ! 」


 フード付きのいつものコートを羽織って工房塔の外に出ると、消費アイテムである紅石をスマホのインベントリがら取り出した。


 紅石は最後に訪れた街にしか飛べない移動石と違って、どの街にでもテレポート出来るという便利アイテムだった。その代わり値段は……1つ5000ゴールドだ。


 高いと感じるかどうかはゲームマネーをどれだけ稼いでいるかによるが、イベント会場でしか買えないため、時期を見計らって転売で収入を得ているプレイヤーが多いようだ。つい最近の相場はーーそろそろイベントが来るだろうと踏んだのか、少し値下がりして8000ゴールドになっていた。


 そのアイテムをルードベキアは蕎麦を食べに行くという理由で惜しげもなく使おうとしている。


「確か、ランドルだったな。ーーあそこの賄い蕎麦が美味いんだよなぁ」


 蕎麦つゆに入っている温泉卵を崩してネギと揚げ玉を絡め、打ち立ての蕎麦をつけて食べるーー。そんな自分の姿を想像しながら、小窓に表示されたテレポート先を指定する街の名称をタップした。



「えええええ……」


 お口がすっかり蕎麦だったルードベキアは万里蕎麦屋があった建物前で、がっくりという絵文字のような姿勢をしていた。通りがかったプレイヤーがギョッとして後退っている。何事かと集まってきたプレイヤーたちはヒソヒソ声で喋っていたが、ショックが大きすぎて放心しているルードベキアの耳には届いていない。


「何かお困りですか? 具合が悪いようでしたら、診療所にお連れしますよ」


 ルードベキアは見回り警官NPCに声をかけられて、はっとしたように我に返った。スッっと立ち上りーーしおしおな表情で建物を右指で差している。


「あ、あの、ここに万里蕎麦ありましたよね! 移転したんですか? 」


「お待ちください、検索いたします。ピピピピピッ。ーー万里蕎麦屋は閉店しました。移転先はありません」


「う、うそだ。そんなぁ……。やっぱ今日はついてない日だ」

「ランドルの街にある蕎麦屋を検索しますか? 」


「いえ、いいです……。ありがとうございました……」

「はばぁ、ないす、でぇ!」


 警官なのに何で別れ際の挨拶は遊園地スタッフ風なんだろうか……ルードベキアは手を振る警官NPCに弱々しい笑いを見せながらその場を離れた。


「もういいや。屋台で何か食おうーー」


 城下町として賑わうランドルの街はかなり広かった。観光名所にもなっている市場は3か所あり、夜もにぎやかで有名だ。現実世界で有名なレストラン、ラーメン店、フードサービスカンパニー等が参加する協賛店やコラボ店、テナント店舗でひしめき合っている。


 また職人クラスの商人職や料理人職はこの街で店舗を持つことが多かった。リディが率いる銀の獅子商会の武器屋などの商店は各街にあったが、料理人職プレイヤーを雇って経営しているという銀獅子カフェと本部だけはこのランドルの街にしかなかった。


 ルードベキアはふとリディを思い出して、斜めが消しているボディバッグからスマホを取り出した。


「リディに直接納品しないといけない物があったんだよな。ーーん? 誰かからメッセが来てる……マーフか」


 銀の獅子商会副団長のマーフのメッセージはリディのために時間を作って欲しいという内容だった。納品物の催促だとすぐに察して、記載されている日時の候補から今日の21時を選んだ。


「……送信っと。時間が来るまで屋台を堪能するかな」

「あれ? ルーさんじゃん! 」


 煉瓦作りの壁に寄りかかっていたルードベキアに声をかけてきたのは、テイマー職のミンミンだった。豪快に笑う彼の隣でサムライ職のディスティーが腰まである長い黒髪をたなびかせながら、手を振っている。カナリアを通じてフレンドになった彼らはルードベキアとはダンジョンや冒険を共に楽しむ愉快な仲間だった。


「ーーやぁ、ミンさん、ディスさん」


「ルードベキアさん、こんばんは。これからミンさんと屋台巡りをする予定なんですけど、一緒にどうです? 」


「いいね、ちょうど僕も市場に行こうと思ってたんだよ」

「ルーさん、俺らとタッグを組んで、珍味を食い荒そう! あっはっは」


 ミンミンが楽しそうにルードベキアの肩に腕を乗せた。ディスティニーはリクエストに応えるために、スマホを取り出して、メモアプリにまとめていた屋台一覧を眺めている。ほどなくしてオススメを見つけた彼は鳥舌の佃煮が美味しい店があると言って2人を驚かせた。


 ランドルの街はすっかり日が暮れて、美しい星々が天空で瞬いていた。彼らはレモン色の真ん丸のお月様の下で笑い合いながら、屋台ランプが灯された賑やかな夜の市場へ歩みを進めた。


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「めっちゃ腹が苦しい……」


 ルードベキアは銀の獅子商会の豪華な応接室にある柔らかいソファーに身を任せて天井を眺めている。屋台巡りをミンミンたちと楽しんだのはいいが、食べ過ぎで胃もたれを起こしているようだ。


 ゲームでこんなことまで再現しなくていいのにとつぶやき、ひと口ずつしか食べないくせに、あれもこれもと買ってきて人に食べさせていたミンミンを思い出して苦笑した。


 ーーだが、ついてない日の上演は終了したかもしれない! 


 ぐったりとしながらも安堵の表情を浮かべているルードベキアに爽やかな笑顔を見せた副団長マーフが手に持ってるティーセットを茶のテーブルに置いた。さらりとした草色の髪を揺らすことなく、手際よくティーカップに紅茶を注いでいる。


「お待たせしてすみません。ルーさんは、紅茶が好きでしたよね。どうぞーー」

「ありがとう。リディは? 」


「もうすぐ来ーー」

「すまない、遅くなった」


 リディはドアを勢いよく開けて部屋に入って来ると、すぐに呼吸を整えてルードベキアが向かいのソファにゆったりと腰かけた。のどを潤したいだろうと思ったマーフが温めに淹れたダージリンティーを音を立てて飲んでいる。


「相変わらず忙しそうだね。頼まれてたやつ持って来たよ」

「ーーありがとう、助かるよ」


 リディはテーブルに置かれたプレゼントボックスの名称に目を向けて、商人のスキルである鑑定眼でプロパティを開いた。『Nо.3』と刻印されている以外は自分が使っているインスタントカメラの仕様と何ら変わりが無かった。


「これ、動画が撮れるようなるといいな。何とかできないか? 」


「うぐっ……機能追加か……。録画出来るやつはテストしてるのがあるから、上手くいったら今度見せるよ。あと、このカメラの4つ目なんだけど、素材集めを1からやらなきゃならないから、もう少し時間がかかると思う」 


「あぁ。それは気にしなくていい。無理を言って独占契約させてもらっているからな。必要な素材はマーフに連絡してもらえればすぐに用意する」


「ありがとう。助かるよ」

「こちらこそ、これのおかげで画像の情報共有が出来るようになったからね」


「カメラマンNPCのネタバレ防止策が撤廃されたら、使わなくなりそうだけど」


「それは期待できそうにないな……。ルー、冒険先で撮ったボスや攻略につながる写真があったら、ぜひ我が商会に売ってくれないか? 素材集めであちこち行ってるんだから、たくさんあるだろ? 」


「……あぁ、うん。ーー後で確認しておくよ……」


 画像を手に入れるには写真館に依頼するしか手段がないこのゲームの世界で、ルードベキアはカメラマンとして仕事をしていた頃のように写真を撮りたい……という切なる願いと熱い情熱で、インスタントカメラのレシピを開発した。


 冒険に出る度に足を引きずることなく移動が出来る喜びを感じながら、生き生きと撮影していたが……マイルームの壁に貼ってある沢山の写真はーー風景やカナリアばかりでリディが欲しがるようなものはなかった。

 

 ルードベキアが語尾を濁して少し焦ったような表情をしいる様子から何となく察したのか、リディは見守るような微笑みを浮かべた。


「ルー、この場で支払いをするからスマホを出してくれ」

「毎度どうも」


 チャリンという決済終了の音を聞いてすぐに、帰る素振りを見せたルードベキアをリディが手を軽く挙げて止めた。マーフがすかさずテーブルにおいたエッグタルトを取り皿に乗せてルードベキアの前に出している。


「ルー、これ好きだろ? もう少し時間くれないか? 」

「う、うん。時間は大丈夫だけどーー」


「ちょっと聞きたい事があってね」

「どうした? 珍しいな 」


 ルードベキアはソファーに座り直し、鼻からずり落ちそうな銀縁の眼鏡を外してテーブルに置いた。商会が経営している銀獅子カフェで1番人気のスイーツを手に取って、嬉しそうにかぶりついている。


 短いしっぽを勢いよく振りながらおやつを食べている子犬のようだな……リディはほっこりしながら、言葉を続けた。


「ルー、プレイヤーレベルよりも、上のレベルの武器を作ることは可能か? 」


「え? ……リディ、そんなことは不可能だ。もしも、事例があるならーーこの世界のルールに反する何かを使っているか、ルールを曲げることが可能な立場にいる……その……」


「なるほど……。ゲーム内でする話じゃなかったな。すまない、お詫びにと言っては何だかーー」


 リディは青縞に白いリボンが付いた手のひらに乗るサイズのプレゼントボックスをテーブルに置いた。


「開けるなよ。中身はサファイアのイアリングだ」

「……僕に? つけろと? 」


 ルードべキアは顔を思いっきり歪ませて、眉間に大きな縦溝を作った。嫌がる素振りを見せるだろうと思っていたが、予想以上の良い反応に思わずリディは声を殺して笑っている。


「ーーカナリアにだよ。たまには、こういうプレゼントを贈ってやれよ」

「え。あぁ、うん。……ありがとう」


 カナリアとの仲を誤解されている気がする……と思いつつ、ルードベキアははっきりと訂正しなかった。頑張れと言われてニヤニヤされるだけのような気がした。案の定、マーフが応援してます! といった感じで右手親指を上に向けたイイネの仕草をしている。


 ルードべキアは何とも言えない複雑な気持ちを抱えながら銀の獅子商会の応接室を後にした。

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