第3話 もう二度と泣きません

 好きな子がドアを隔てた先に居ます。神様は僕を見捨てていないみたいです。


「アンリ、ここに居るの? パーツできたよ」

 

「居るぞ、ルネも居る」

 

「そう。開けるね」

 

 開いたドアの先に、さかきさんが居ました。

 

 確かに榊さんです。

 

 髪の色とカラコンの色がより派手になっていますが、髪型も服の趣味も変わっていません。

 

「榊さん!」

 

 思わず駆け寄ってしまいましたが、登山で汗をかきましたし、泥まみれになりましたし、何よりもさっきまで寝ていたので臭いかもしれません。少し離れました。

 

 榊さんが誰、と言いかけて、ハッとした顔をしました。

 

「ダイヤ?」

 

 名前を呼んでくれました! 僕達、告白した時くらいしか会話をした事がないので榊さんが僕の事を大和と呼んでいるのを初めて知ったんです。

 

 凄く嬉しい。

 

「覚えていてくれたんですね!」

 

「まぁ、うん」

 

 ルネさんの方へ榊さんが歩いていくので、うっとうしいと思われないよう、視線だけついて行きます。

 

「……ルネが拾ってきたのってコイツだったんだ」

 

 ルネさんがコクコクと頷いています。

 

「知り合いとの再開だろ? もっと感動的に喜びあったって良いんだぜ……? ルネだってそれくらい待ってくれるから」

 

「別にいいよ。ダイヤとはただの同郷。友達ですらないから」

 

 同郷とは思ってくれてるみたいです! 嬉しい!

 

「ひでぇなぁ。モコがここに居るって分かった時の喜びようは凄かったぜ?」

 

「ホント私の事好きだよね」

 

「はい、とっても好きです!」

 

 榊さんが僕の方を見て、大きなため息をつきました。

 

「キモ」

 

 シンプルに暴言ですし、ゴミを見るような目をしていますが些細なことです。

 

 榊さんに認識されているだけで幸せなので。

 

「ありがとうございます」

 

「うわぁ……」

 

 アンリさんがゴミを見るような目で僕を見ています。

 

 小心者なので辛いですね。初対面なのに……。

 

「ルネも何か言ってやってよ」

 

「ゴミ以下だね☆」

 

「うわぁ喋った!?」

 

 榊さんに促され、さっきまで一言も発さなかったルネさんから突然子供特有の高い声が出てきて、心臓が大きく跳ねました。

 

「あぁ……モコにな。声帯のパーツをいじってもらってたんだ」

 

 アンリさんが苦笑しながら、ご自身の喉をトントンと触ります。

 

「ざ〜こ! 小心者☆」

 

 ルネさんも見た目に似合わずなかなかな口の悪さで……。

 

「はぁ……それで? なんで来たの?」

 

 さっきまで僕の眠っていたベッドに榊さんが腰掛けました。

 

 髪の右側には赤の、左側には緑のハイライトが入っているようです。

 

 前髪は赤から毛先にかけて緑、横髪は緑から毛先にかけて赤なのでイメージはスイカでしょうか。

 

 榊さんの好物はフルーツで、特にスイカが好きらしいですからね。

 

 ……彼女が話しているのを偶然聞いただけで、調べたわけではないですよ。ストーカーじゃあるまいし。

 

「えっと……榊さんを探して山に登ったら、足を滑らせて……」

 

 榊さんは「はぁ?」とアンリさんは「んふっ」とルネさんは「ないわぁ☆」と、それぞれ同時に発しました。

 

「ダイヤ、ホンットにモコの事が好きなんだな」

 

 ケラケラと大笑いのアンリさん。

 

「僕、そんな変な事言いましたか……?」

 

 みなさん、好きな人のためならそれくらいしますよね?

 

「変。というか変態」

 

 榊さんにズバッと切り捨てられました。

 

 そうか……変態……。

 

 好きな子のためなら仕方ないですよね?

 

「キモーイ☆」

 

 ルネさんの一言一言が刺さります。

 

 全て榊さんの発言なら受け止められるのに。

 

「はぁ……もう。アンリ、ここの部屋……まだ空いてたわよね?」

 

 溜息をつき、頭を抱えて数秒間黙っていた榊さんが顔を上げ、アンリさんを見上げます。

 

「あぁ。空いてるな。どうする? これからはダイヤと3人で住む事にするか?」

 

「それしか無いでしょ。この変態陰キャぼっちが1人で生きていけるとは思わないし」

 

 榊さん、優しい……!

 

 アンリさんと一緒に住むような流れになっていますが、知らない人と暮らすのと知らない場所で野垂れ死にするのなら前者の方が100倍マシですからね。

 

「うしっ! 分かった。ルネ、掃除頼む」

 

「かしこ任された☆」

 

 独特な挨拶と共に敬礼したルネさんが部屋から出ていきました。

 

「良いよね?」

 

 榊さんが確認するように僕を見ています。

 

「はい! ありがとうございます」

 

 アンリさんに大きく頭を下げます。

 

「おう! モコは店開くまで半年ちょっと、かなり苦労したからな。お前さんに同じ思いをさせたくないんだろう」

 

「……榊さん……」

 

 榊さんの優しさが染み渡ると同時に、彼女の苦労を想像して涙が出ます。

 

「何泣いてんの? アンリの勝手な妄想だから。大袈裟!」

 

「だとしても……いきなり知らない場所でこんな……うぅ……」

 

 声に出すと余計に泣けてきたので、メガネを外します。

 

「ウザイ! 泣かないの、私の好みのタイプになりたいならペソペソしないで!」

 

「分かりましたぁ……」

 

 泣き止んだらもう二度と泣きません。榊さんに不幸が訪れた時以外は。

 

「ここに住むからにはちゃんと店の手伝いとかしてね? そうじゃなかったらアンリの代わりに私が追い出すから」

 

「榊さんのためなら何でもします」

 

 こんな調子で、僕が泣き止んだ頃にルネさんが戻ってきました。

 

 アンリさんはいつの間にか壁の方で僕たちを見守っていました。

 

片付けたよ☆」

 

「えっ?」

 

 『モコの隣の部屋』……?

 

 てっきり榊さんは別の場所に住んでいるのだと思っていましたが……。

 

 アンリさんとルネさんと3人、ではなくて——

 

「良かったなぁダイヤ。俺と隣同士じゃなくて」

 

「えっ、えっ、だ、だって3人って……?」

 

 確かにアンリさんは「これからはダイヤと3人で住む事にするか?」って言ってましたよね?

 

「ルネは人じゃないの。3人と1体って言ったら分かる?」

 

「な……あ、わ……わああぁ???」

 

 ——僕はどうやら、知らない場所で好きな子と共に暮らす事になったようです……!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る