【完結済】異世界転移したら行方不明だった好きな子と暮らすことになっちゃった……!?

雨車 風璃-うるま かざり-

第1話 万が一、億が一

 好きな子が行方不明になって1年経ちました。この世の終わりです。

 

 榊 望心さかき もこさん。

 

 僕と同じ私立山猫高校の生徒で、本来なら今年一緒に卒業するはずでした。

 

 ですが、行方不明で出席日数が足りないので彼女は卒業どころか、2年生のまま留年中です。

 

 夏休みに山へ向かうところを見た方はいるそうですが、その目撃情報を最後に榊さんは消えてしまいました。

 

 警察の懸命な捜索が有りましたが見つからず、捜索は打ち切り。探しているのは僕だけとなりました。

 

 唯一、榊さんにあげた髪飾りが木に引っかかっているのが見つかっているので山に居たことは間違いありません。

 

 急斜面のすぐ横の木でしたから、滑落した可能性も有ります。

 

 警察の方は何度もその線で捜索していますが、僕はまだ行けていないので今から向かいます。

 

 運動音痴な僕が山を昇り降りする様子なんて見せられても困るでしょうから、榊さんとの思い出を語らせてください。

 

 ——榊さんは校則を無視して前髪や毛先を緑に、ハイライトに赤を入れ、頭の上の方で団子を2つに纏めたオシャレさんでした。

 

 地毛が真っ黒な分、赤が映え、緑はあまり目立たず。でも確かに彼女の髪を飾っていてとっても綺麗なんです。

 

 青のカラコンも似合っていました。

 

 セーラー服から覗く細くて綺麗な首にレースのチョーカーを付けているのもかっこいいんです。

 

 可愛い自分を作ることに妥協しない彼女が大好きです。

 

 ——榊さんと出会ったのは中学1年生の時でした。

 

 同じクラスでしたが、その時はまだあまり興味がありませんでした。

 

 当時の彼女はまだ黒髪で、肩の辺りで髪を切りそろえていました。

 

 小物作り部に所属していて、休み時間はずっと何かを作っていて。

 

 外遊びよりも読書が好きな僕と彼女はよく教室で2人きりになりました。

 

 でも、それだけの関係です。

 

 話した事もありませんでしたし、ずっと何か作ってるなと思うだけで特に意識はしていませんでした。

 

 好きになったのは2年生の時です。

 

 また同じクラスになって、1年生の時と同じく特に意識もせずに2ヶ月ほど経ったある日、運悪く僕の席をクラスメイトに占拠されてしまいました。

 

 いわゆる陽キャの部類です。

 

 本を読みたい僕は退いてほしいと訴えますが聞いてくれず、本を奪われました。

 

 僕のことはいじめてもいいような風潮が中学に入った時からずっと有りましたし、だからこそ本を読んで人との関わりを避けていた部分も有るのですが……理不尽なものですね。

 

 何が面白いのか、本を投げあってゲラゲラ笑われて、本当に困っていた時に採寸用のメジャーが飛んできました。

 

 榊さんがクラスメイトに向けて投げたんです。

 

 それは見事な投擲とうてきで、メジャーは顔面にクリーンヒットしました。

 

「うるさい。集中できない。遊ぶなら外に行って」

 

 今まで何度も授業中に聞いた事はあったはずなのに、まるで初めて声を聞いたような気持ちになりました。

 

 澄んだ綺麗な声でした。

 

 陽キャ集団は理不尽な罵詈雑言を吐いていましたが「先に手を出したのは榊さんでしょ」という至極真っ当な言葉も吐いていました。

 

「本を投げる遊びなんでしょ? メジャー投げあってたら? ボール遊びも知らない馬鹿みたいだけど」

 

 ノーダメージですと言うように涼しげに……なんなら馬鹿にしたように笑う榊さんは、輝いていました。

 

 暴力に訴えたり、不必要に煽ったり。不器用ですが強くて、優しい人です。

 

 これで彼女を好きになってしまうのは、チョロいでしょうか。

 

 チョロくても構いません。

 

 あの日以来僕はずっと榊さんが大好きです。

 

 ——告白した事もあります。

 

 高校1年生の夏休みの前日です。

 

 好きになったその日から何度も何度も書き直してやっと書き上げたラブレターに、彼女が好きそうな髪飾りを添えて渡しました。

 

「好きです! これ読んでください!」

 

 3枚ある手紙のうち1枚目だけを読んで、彼女は手紙を破り捨てました。

 

「これだけ貰うね」

 

 そう言って、髪をほどき結び直した榊さんの後ろ姿が忘れられません。

 

 風になびく黒と緑のロングヘアが。

 

 何年もかけて完成させた手紙を最後まで読まずに破ったり、髪飾りだけ持っていったり。酷い人だと思いますか?

 

 確かに酷いとは思います。でも、人に遠慮しないその真っ直ぐさが僕は好きなんです。

 

 遠慮して僕を傷付けないような行動をとるのは彼女じゃありません。

 

 僕のあげた髪飾りを、行方不明になるその日まで付け続けた榊さんが好きなんです。

 

 髪飾りが目に入る度、誇らしい気持ちになりました。

 

 卒業までそうしていられるだけで、僕は満足なはずだったんです。

 

 ——髪飾りが引っかかっていた木に辿り着きました。

 

 もう息は上がっているし、登山用に買った靴をたいして慣らさずに履いてきたから靴擦れだらけで指が痛いです。

 

 でもそんな事は些細な事です。

 

 木にロープを結び、急斜面を降ります。

 

 放課後から登り始めたのでもう暗いですし、登山道を外れるのは怖いですがそんな事言ってられません。

 

 僕は運動音痴ですから、無事に降りられないかもしれません。

 

 降りても登れないかもしれません。

 

 せめてどこか、置き手紙でも残しておくべきだったかもしれません。

 

 まぁ、僕が行方不明になって心配する様な人は居ないのですが。

 

 ——おおよそ予想はついていたんじゃないですか?

 

 はい。滑落し、頭を打ちました。

 

 意識が薄れていきます。

 

 榊さんに会うこともできず、僕はこのまま死ぬのでしょうか。

 

 ……それがきっと幸せなんでしょうね。

 

 分かっています。山で1年も行方不明なんですから。

 

 榊さんは、もうこの世には……。

 

 万が一、億が一、榊さんが生きているなら。

 

 もう一度会わせてくれませんか。

 

 ねぇ、神様——

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