第5話「ゆくゆくは、この椅子も私の物ね」

「なぁ腹減ったぞ。なんか出ねぇのか」


「盗賊風情に出すものなどない」


「気がきかねぇな。ベルクカーラで捕まった時は出たぞ」


「わりと美味かったよな、兄貴」


「ほう、貴様ら逮捕歴があると」


「誤認逮捕だったから、えらく謝られたがな。お前ももう少ししたら俺たちに頭下げることになるぜ」


「言わせておけば……」



兵長が、この日いったい何度目かのキレ顔を晒している。そりゃもう、アニーとオットーがおちょくりにおちょくり、しまいには部下の兵士たちも失笑してしまうほどに。


と、とうに日も落ちたところで、取調室のドアがノックされた。



「なんだ」


「ルイーバ町長がお見えです」


「チッ……お通ししろ」



ドアが開き、身なりの整った老年の男性が現れる。すると不満げだった兵長は表情を一変させ、猫なで声とも思える媚びた声を上げた。



「こんな遅い時間に、わざわざお越しいただかなくとも」


「盗賊を捕らえたと伺いましてな、放っておけなんだ。それに、気になることも伺いましてな」


「気になることとは」


「来て正解だったようだ……二人とも、久しぶりだな」



町長はその視線を柔らかくし、アニーとオットーに声をかけた。



「おう町長のオヤジ、元気そうだな。年取ったんじゃねーか?」


「髪も随分残念になって、もう俺たちの仲間だな」


「頭のことは言うな。減らず口は相変わらずだな」



閉口する兵長はさておき、町長はそう言うと二人に近づきハグをしようとするが、手錠がかけられておりそうも行かない。



「おお、すまんな。誰か鍵を」


「ああ、手錠コレか? こんなもん……フンッ」



アニーとオットーがその剛腕に力を入れると、鎖がまるでおもちゃのように弾けた。



「イイッ!」



兵長が目を剥き、他の兵士たちも後ずさる。



「馬鹿力が……アニー、オットー、よく帰ってきてくれた」


「おうよ」


「へへっ」



ハグをし、その背を叩き合う。三人の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。



「とりあえずつもり話は後にして……兵長、身なりはアレだが、この二人はこの町の人間だ。身元は保証する」


「は? ですがこいつら盗賊……」


「何か盗賊行為をしていたとかか?」


「いえ……」


「通行証も持っていたんだろう」


「あ! 町長、それが偽造でして」


「なんだと、どれ」



同席していた兵士が差し出した証書を受け取ると、町長は目を丸くする。



「ベルクカーラ王のサインと押印。お前ら、儂だってこれは無理があると思うわい」


「向こうのダチが張り切っちまってよ。いらねーつったんだが」


「本物なのだな」


「ま、偽造なんかすりゃ死刑だからな」


「はぁ、まったくお前ら」



町長が溜息をもらす。



「町長、これを信じるので!」


「ゴールドクラスのハンターなら、そういうこともあるだろう」


「ゴールドクラス!? まさかそれも本当で……」


「お前ら、ハンター証は見せたのか?」



ハンターギルドに所属する正式なハンターであれば、等級に応じた首にかけるタグとカードが手渡されているはずだ。



「ちょっと副ギルド長見習いと揉めちまってよ、突っ返しちまった」


「はぁ? お前らなにやったんだ……」


「いろいろあってな。全くの冤罪だぜ」


「アレは向こうが悪ぃよ。ギルマスがいりゃよかったんだが」



アニーとオットーが呆れた様子で肩を寄せ上げた。



「まあいい。兵長、運が良かったな。これが本当のあらくれハンターなら、ボコボコにされていたぞい」



顔を青くする兵長。アニーが一発殴ってやろうかと意気込んで見せれば、ヒィと声を上げ後ずさる。



「職務に忠実な男でな、迷惑をかけた。すまない、この通りだ」


「おう、あんたが頭を下げる必要はねぇぜ」


「オヤジさんに謝られるなんて、夢見がわりーぜ」



気恥ずかしそうに頭をかくアニーと、鼻をこするオットー。その様子は、まるで少年のようにも見えた。


ちなみに行商人は同席した顔なじみの兵士と、何が何だかと諦めのため息をついていた。



 ◇ ◇ ◇



アニーとオットーがいる地元から遠く離れた、ハンターギルド ベルクカーラ支部の廊下を、一人の少女が、金髪とスカートをなびかせ機嫌よさげに歩いていた。


少しツンとした瞳、小柄でほっそりとした体。およそハンターギルドに似つかわしくない、貴族の娘を思わせる人形のような顔立ち。



「うーーーん、清浄な空気! あの世紀末ヅラがいないと思うと気分がいいわね」



副ギルドマスター見習い、ロレッタ・ベル・キャピュレット。彼女は今、とてもすがすがしい気持ちでいた。



「これでここの風紀も良くなって、市民からのハンターの評判もうなぎ登りね。正式な副ギルドマスターになる日も近いわ」



思わず独り言が漏れるが、幸い誰も聞いてはいない。今にも鼻歌でも歌い出しそうだが、ある部屋の前に立つとノックもせずに入る。そして部屋の窓際に構える、書類の積まれた大きな執務机 ―― ギルドマスターの席にドカッと据わると、うーんと声を出し背伸びをしてクルリと回る。



「ゆくゆくは、この椅子も私の物ね」



黒い笑みを浮かべ、クククと嗤う。美少女ではあるが多分ろくなもんじゃない。


とここで、コンコンとドアがノックされる。



「やば」



ロレッタは小さく声を漏らすと慌てて椅子から立ち上がり、横にある一回り小さな自席に向かおうとするが、椅子の脚部に足を取られてしまう。



「きゃっ……あばっ!」


「今の音どうかしまし……え、ロレッタさん!? ちょっと、大丈夫ですか?」



ギルドの女性スタッフが驚きの声を上げる。


転んだ拍子にまき散らした書類に埋もれる少女。その一枚が、彼女の頭にひらひらと舞い落ちた。



「痛い……」



滲む涙が、書類の一枚をじんわりと濡らした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

《あとがき》

本日も数話連続投稿させていただきます。 ― 和三盆 ―

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