『セルフレジはこちらです』

橘紫綺

第1話『セルフレジでスキャンするものは』

「なんだここ?」


 思わず俺の口から洩れたのは、そんな言葉だった。

 そりゃそうだろ。気が付いたら周囲は真っ暗で、自分の手すら見えなかったんだからな。


 ジジババが生きてた頃はどうだか知らねぇが、電気が復旧してからこっち、こんなまったく何も見えない暗闇なんて、あえてそう作った空間でもなきゃ体験したこともねぇ。

 少なくとも俺は、生まれてこの方約三十年、一度として体験したことのない状況だった。

 もしや、震災か何かに襲われて、どこかに閉じ込められてるのかとも思ったが、体は痛みもなく動くし、そもそも、そんな大きな震災に遭った記憶もねぇ。


 だって俺は…………

 俺は……元々、どこにいた?


 真っ暗闇のこの空間に来る前の記憶がなかった。

 いやいやいやいやいやいやいや。

 ちょっと待てよ。

 これはあれか? 昨今のラノベやアニメに流行の異世界転生とかそういう展開か?

 俺は交通事故か何か不慮の事故で死んじまって、異世界とかに生まれ変わって、なんだか解からねぇが、可愛い子ちゃんから綺麗どころの姉ちゃんとか獣耳生やした子とかに好かれまくって、ハーレム状態でより取り見取りしながら、魔法やら武器使って無双できるようにでもなるってか?


 って、んなわけあるか!!


 落ち着け。思い出せ。

 体は動く。手足も動く。見えないが、触れば自分の形はちゃんとあることは分かる。

 地面もある。

 でも、ここがどこだか判らねぇ。


 そうだ。スマホ。スマホの位置情報で場所を特定すれば……って、え? は? 嘘だろ?

 なんでスマホがねぇんだよ! いつも尻のポケットに入れてるのに!

 慌てて地面に這いつくばって、スマホが落ちていないか探す。

「つか、なんでねぇんだよ! ふざけんなよ!」


 一体何が起きたってんだ。

 ほんとにここはどこなんだ?

 誰かに嵌められたのだとしたら、無様に泣き叫んだりしたくはねぇ。

 そんなみっともねぇ姿録画されて拡散されたりしたら堪ったもんじゃねぇからな。

 だとしたら、どうするか。

 仕組んだ奴、逆に痛めつけて晒してやる。

 どうせスマホも、俺が焦ることを見越して奪っておいたんだろ。

そう思えば、内心の焦りも幾分落ち着いた。腹は立ったままだけどな!!

 だがまぁ、ここで叫んだり喚いても、連中はだんまり決め込んで撮影するだけだろうからな。絶対に無様は晒さねぇ。

 だとすりゃどうするか。そいつらは俺をどこに行かせたかったのか。

 ぐるりと周囲を見回して、俺は見つけた。

 遠くでぼんやりと輝く小さな灯りを。

 他に当てもない以上、俺はその灯りを目指して暗闇の中をまっすぐに歩いて行った。


   ◆


「は?」


 明かりの元に辿り着き、俺はまた随分と間の抜けた声を上げていた。

 だってそこにあったのは、


「なんで、レジ?」


 そう。レジだった。

 レジが一台、当然のようにそこにはあった。

 スーパーで見る、無人レジ。ようはセルフレジだ。


 まったくもって意味が解らねぇ。

 どっからこのレジもって来たんだよ。

 それとも、このレジに何か仕掛けがあるのかと、一歩足を踏み出した直後だった。

 バチン バチンと言う音と共に、俺の両足がベルトか何かで足元と肯定された。


「は? 嘘だろ?」


 慌てて足を引き抜こうとするが、笑えないほどにピクリとも動かなかった。

 直後、


《ようこそいらっしゃいました。セルフレジはこちらです。商品は右手側の台の上にお乗せ下さい》

「?????!」


 いきなり自動音声らしきものが喋って、心底本気で驚いた。

 そして、声と共に現れた右手側の台。

 そこには緑色のカゴが乗せられ、中には何かしら商品が入っていた。


「なんだこれ? うわ、ゲームのカセットじゃねぇか。こんなの今使えんのかよ」


 試しに一つ取り上げてみれば、昔々兄貴の子供のころにはやっていたゲームソフトで、マニアの中ではそこそこいい値段で売れる物だった。


「なんでこんなもんがあるんだ?」


 と呟けば、


《商品をスキャンして、左側に移してください》


 レジから催促された。


「なんで俺が会計することになってんだよ」

《商品をスキャンして、左側に移してください》

《商品をスキャンして、左側に移してください》

《商品をスキャンして、左側に移してください》

「解ったよ! うるせぇな!!」


 気に入らなくてソフトを手に持っていたら、無機質で耳障りな声は、一定の間隔で急かすように繰り返して来た。

 仕方なしに俺はソフトをレジに読み取らせようとして、気が付く。

 このソフトは外箱に入っていないということに。


 普通バーコードは箱についてるが、これには箱がない。カゴの中を探してみたが見当たらない。つか、この商品チョイスなんなんだよ。と思いながら改めてソフトを裏返してみるもどこをどう見てもバーコードはない。にも拘らず、時間がかかったせいか、またも機械音声が急かして来る。


「スキャンするにしてもバーコードねえだろうが!!」


 頭に来ながらダメ元で赤く光る部分にゲームソフトを近づけた時だった。

 普通なら大体『ピッ』となるところで、代わりに響いて来たのは、


『元はと言えば君が僕から盗んだからじゃないか!』


 舌っ足らずな子供の涙ぐんだ怒鳴り声。

 直後。レジの画面には見覚えのある光景が浮かび上がった。

 顔には痣、襟首は伸び、服は砂に汚れ、涙をボロボロと零し、怯えているように見えながらも全力で怒っている子供の姿。


 それは――

 俺の中で、凄まじい勢いで記憶が掘り起こされた。

 俺はその子供を知っていた。

 そいつは、このゲームソフトのの持ち主だ。

 それを売ればいいお小遣いになることを知っていた俺は、遊びに行った際に借りたことを、盗んだと騒ぎ立てたから、これはお前のじゃないと言って力任せに殴った同級生。普段は気の弱い奴で、少し声を張り上げればビクビクしていた奴が、この時は怯えず立ち向かって来た。

 確か、学校で起きたことだったから親も呼ばれて、その後そいつとは疎遠となった。


 でも何でそんなものがと思っていれば、《商品を左側に移してください》と命令された。

 言われるがままに移せば、俺の手は次の商品に伸びていた。

 持ったのは、無残に切り裂かれた教科書だった。

 スキャンした。


『僕が、君に何をしたって言うんだ……』


 感情の欠落した、死人のような声だった。

 直後、鮮明に思い出されたものがあった。


 中学生のころだ。やたらと根暗な同級生が居た。

 人の輪に加わらず、ひっそりと、居るんだか居ないんだか良く解からない奴が。

 そのくせ、妙に目についた。眼に入るとテンションが下がるから、気に入らなくて声を掛けた。声を掛けたら相手は不必要に怯えたから腹が立った。気に入らなかった。腹が立った。だから……


 俺はそいつを自分たちのグループに引き込んだ。呼んでも来ないから、俺たちがそいつの周りに集まった。何も取って食うわけじゃねぇ。少しは周囲と馴染めと思ってしたことだ。

 それなのに、誰かが俺たちがそいつをイジメてると訴えた。呼び出されてしつこく疑われて、違うと言っても信じてもらえなくて反省文まで欠かされて、無性にムカついたから、お前のせいで嫌な目に遭っただろうがと、そいつを責めた。

 そしたらそいつが、恨みがましい眼で睨み上げて来たから、とうとう我慢の限界が来て、一発手を出した。

 俺的には、その一発で終わるつもりだったが、取り巻き連中がその後憂さ晴らしをすることを止めたりはしなかった。

 鞄の中をひっくり返して、ノートも教科書も鞄もズタズタにしていた。

 そいつは、無抵抗にその様を眺めていた。

 そして、学校に来なくなった。

 また、親が呼び出された。


《商品を左側に移してください》


 そんな感じで、俺は次から次へと過去の出来事をレジを通して映像を見せられ、当時のことを思い出して行った。

 右側のカゴの中に入っているのは、全部、俺の過去と繋がりのあるものばかりだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る