第3話 新生活

 とにかくヨルのおかげで、アポロの地上での生活は、予想に反して順調だった。ふたりはすぐに仲良くなった。食事も、ゴミ拾いも、眠る時だって一緒である。


 ある朝、アポロは初めて魚釣りをした。魚の養殖の方法を確立したことはあっても、自分で潮風に当たったのは初めてで、湿り気を帯びた空気は独特だ。


 それから海鳥の卵。ゴツゴツとした岩場の影から獲物を狙う。最初はすぐに親鳥に見つかって、ひどく突つかれたものだ。


「アポロはどうやってご飯を獲ってたの?」


 あんまり下手くそなものだから、ヨルは不思議そうにアポロを見上げた。


「バベルでは、配給の量が決まっているからかね。貢献度の高いものほど、良い食事が自動的に運ばれてくる」


「じゃあ、アポロはあんまり食べられなかったんだね」


 真顔で言われた。それもすごく悲しそうに。でもアポロの食事は常に、最高グレードのものだった。


 バイオクローンとはいえ肉は牛も豚も羊も選べたし、貴重な生鮮野菜のサラダも、毎日違う味のドレッシングで提供される。バベルの下層民は、ビタミン剤と固い栄養食しか配給されないというのに。


 だけど彼らには悪いけど、自分で調達した食材のおいしさと言ったら。バベルの最高グレードなど丸めて海にくれてやってもいいとすら思える。


 昼間は植物の研究に没頭した。これだけは、アポロひとりの戦いだ。どうしても、大地と緑を生き返らせなければならない。土やわずかに残った雑草を徹底的に調べた。


 日が暮れると、ヨルとじっくり話した。ヨルはバベルの生活を聞きたがった。それから文字についても。寝る前に文字の授業をするのが日課になった。



 その間に、ヨルはすごい速度で成長していった。元々頭はいい子だったが、研究の合間にアポロが教えたことを、ヨルは染み入るように吸収していく。今では難しい学術書だって一人で読みこなすぐらいだ。


 月日は光のような速さで流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る