第3話 少女の日


 どうして、この人はそんなか弱い言の葉を尋ねられるのだろう。




 君は普通の男の子とは違うんだ。お家も何か複雑だし、小難しそうな本を読み込むし、ぎらぎらした生命力に満ち溢れた、生身の男性ではないんだ、とつい、思う。




 かといって、ひそひそ話ばかりする、生々しい女性でもなく、男でも女でもない、中性の青い領域を行き交う、透明な少年という性なんだろう。




 少年から青年になろうとする、境界線を易々と飛び越せば、誰だって成長する。未熟な通過点のままがいいわけじゃない。


 とどのつまり、大人になりたいわけじゃないのに、急速な時空の流れに我が身を閉じ込めたい、と願う、衝動に駆られるんだ。




 分からない。分からないけれども、そんな贅沢な口癖さえもできないし、ぶつぶつと愚痴を零しても、何の進展もない。




 少女のままで夭折したら案外、身が軽くなるのか、夢想するけれど、それは決して、安穏ではない。


 対立し合うメランコリアが、いつまでも続くわけがない、と諦めきっている私がいる。




 歳月を止めたい。


 いや、歳月を壊したい。分からないんだ。


 なぜ、そう、口説くのか。そう、嘯(うそぶ)くのか。




「こういうときは散歩したほうが楽だよ。来て良かったよ。綺麗だね」


 皇子原公園は古墳の真上に立ってあった。


 近辺にはゴーカードやテニスコートもあり、薄汚れた落ち葉が十重二十重にも積み重なり合い、コートの芝は手厳しい、真夏の遮光でどんよりと枯れていた。




 お父さんから聞いたけど、ここは日本でも有数の、霊験あらたかな聖地なのだ、という。


 そんなところにいかにも庶民的なゴーカードがあるなんて、あまり大人の事情を知らない、私でも何か、ちょっと気まずく感じるけど、小さい頃から暇さえあれば、ここで遊んでいたから有難みもよく分からない。




「田舎でしょう。何もないよ」


 小さい頃から、夕方遅くまで缶蹴りをしていた、小さな山荘のような公園。


 その長閑な風景も何も変わっていない。


「僕はこういうところは好きだよ。森の香り豊かな風は気持ちがいいし、僕は静かな場所が好きかな」


 こんな田舎、私は大嫌いだ。今すぐにでも上京して、早くこの町から出てみたい。


「福岡に行きたいな。お買い物をしたい」




 君が住む福岡ならば、欲しかったものもたくさんあるに違いない。


 最先端のショッピングモールや、味わい深い珈琲が自慢の昔ながらの喫茶店、人いきれのする、雑踏から離れた物静かな裏通り、興味深い展覧会が催される、美術館や古今東西の文明を展示する、博物館の催しなどがたくさん開かれているに違いない。




「物があっても同じだよ」


 君の口調はどことなく、ちょっと残念そうだった。都会育ちの君には田舎の子供の気持ちなんて想像もできないのは当然か、と気落ちしながらも、私は彼岸花と戯れた風を浴びる。


「フランス語みたい」


「え?」


 私はつい、口を開けていた。


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