主人公が消えた
えー、どうやらメインヒロインを置いて主人公は王都行きの馬車に乗ってしまったみたいです。
「ちょ、ちょっと! 今の話本当ですか!?」
俺はあまりの衝撃に、声の聞えたギャラリーに思わず詰め寄ってしまう。
だからからか、ギャラリーの女性方々は驚きながら委縮した。
「え、えぇ……そうですけど」
「いつ頃ですか!?」
「朝早くだったわよね……」
「う、うん」
なんてことだ、もう今は昼の手前だ。
今から追いかけようにも街は出て行ってしまっているだろうし、これでは追いつけない。
っていうより、どうして街を出て行ってしまったのか?
王都に行くということは、主人公は学園へ向かってしまったということ。
ソフィアたんとの出会いイベントは? 盗賊は? これじゃあ、盗賊団を倒してメインヒロインと出会うイベントが起こらないではないか―――
(ハッ……!? ま、まさか……ッ!)
もしかして、俺が倒した盗賊団が本来倒すべき盗賊団だったということなのか!?
俺は本来ストーリーに関与しないモブ。イリヤも、作中では描写のなかったキャラクターだ。
そんな人間がA級とS級に上がってしまったから、主人公に依頼するはずだった盗賊団の依頼が俺達に回ってきてしまった。
それでストーリーが変更してしまった……そういうことか?
(い、いや、まだ時間はあったはずだし、別にあの盗賊が孤児院を襲う盗賊団だってわけじゃ……ハッ!?)
またしても、俺の優秀な頭脳は気づいてしまった。
孤児院が襲撃されるのはもちろん街中だ。そこで、主人公とソフィアたんは出会う。
対して、俺とイリヤが討伐した場所は街の外。しかも、アジトできたてホヤホヤの状態だった。
つまり、体制が整う前に襲ってしまっただけで、本来ならもう少しあとに登場する盗賊団だった……という線が考えられる。
(なんてことだ、知らぬうちにストーリーへ介入してしまったとは……ッ!)
俺は思わず地面に膝をついてしまう。
その様子を見ていたギャラリーの女性達は、何やら心配するような瞳を向けてくれた。
その優しさが、今は胸に沁みてくる。
「ししょー、どうしたんです?」
ハンマーで叩き終えたイリヤがしゃがみながら俺の顔を覗き込んできた。
「そんなに見つめても地面にパンは落ちてないですよ?」
別に意地汚い真似をしていたわけじゃねぇよ。
「こ、このままではソフィアたんが幸せになれない……」
「何言ってるんですか? ソフィアさんなら、今正に幸せそうじゃないですか」
ふと顔を後ろに向ける。
そこには「やりましたっ! 少し動きました!」と言いながら飛び跳ね、喜ぶ推しの姿があった。
確かに、一喜一憂できるほど幸せそうな姿にしか見えない。
「違う、そうじゃないんだ!」
「というと?」
「ソフィアたんはな、めちゃくちゃかっこいいイケメンと数多の苦悩を乗り越え、魔王を倒して、その末丘の上の教会で結婚式を挙げるんだ!」
「ソフィアさんの人生、苛烈すぎません?」
そうしないと、ソフィアたんのハッピーエンドルートが……ッ!
「見ましたか、イズミさんっ! 私、少しボールを上げられました!」
打ちひしがれる俺の下に、悩みなど一つもなさそうな笑みを浮かべるソフィアあたんがやってきた。
そのお姿を見ているだけで、心が洗われていく。
今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなるほど、荒んだ心が―――
(い、いやいやいやいや! 何を諦めようとしているんだ俺は!? このままじゃ、ソフィアたんが幸せになれないんだぞ!?)
ソフィアたんが幸せになってくれること、それこそが俺の喜び。
ここで何もしなければ、ソフィアたんは幸せそうな笑みを浮かべながら主人公と結ばれることはないだろう。
となると、今すべきことはなんなのか。
ソフィアたんを学校に行かせる? そうすれば、主人公と出会うことも可能だろう。
しかし、問題は今通うお金がないということだ。
「次はイズミさんの番ですよっ!」
「…………」
とりあえず、今のこの笑顔だけは守らなければ。
俺は立ち上がって、ゆっくりとハンマーの下へと近づいて握り締める。
「任せろ、ソフィアたん。君には悪いが……この勝負、俺が勝ってやる」
「私がすでにMax値まで飛ばしたんで引き分け以下しかないですよね」
「…………」
水を差してくるこの子、嫌い。
「え、えーっと……それでも頑張ってくださいっ! 応援しています!」
それでも、拳を握り締めながら応援してくれるソフィアたん。
なんていい子なんだろうか? やはり、こういう子が幸せにならないなんておかしな話だ。
主人公のクソ野郎め。盗賊団がいなくなったからってなんだ? モブに倒されたからってなんだ?
残ってソフィアたんと運命的な出会いをして無理矢理にでも学園に行かせろやゴラァ。
(まぁ、いい……)
俺のやることは決まった。
主人公が学園に行ってしまったのなら、ソフィアたんも学園に通わせればいい。
そうすれば、きっと恐らくストーリーは元通り進むだろう。
だから、俺は―――
「そぅれぃ!!!」
俺は勢いよくハンマーを振り下ろした。
高々と上がったボールは、ギリギリイリヤのラインに届かなかったようだ。
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