感謝の気持ち

 イリヤが「しばらく暮らすなら宿を解約しなきゃです。それに、荷物も取ってこなきゃいけなくなりました」ということで、2時間にも渡った案内が終わるといなくなってしまった。

 俺の方はそもそも野宿生活をしていたので私物はほとんど手持ちだ。あるとしても放棄してもいい魔道具ぐらいである。


 というわけで、現在孤児院には俺とソフィアたん、子供達しかいない状態に。

 あまり長居するつもりはなかったのだが、暮らすまで長居することになるとは想像もつかなかった。

 これも寄付スパチャのおかげなのだろうか? 色々心配はあるものの、認知もされたし、推しと一緒にいられるし、なんだかんだ最高である。

 これで、俺も「はーい!」と言って孤児院の中に戻れるぜ、やったね。


「なぁ、お兄ちゃん!」


 そして、食事が済んでしまったことにより少し暇を持て余してしまった。

 そして、ソフィアたんから「お茶を淹れてきますので、ゆっくりしていてくださいっ!」と言われてリビングでゆっくりしていた俺に、小さな男の子が話しかけてきた。


「なんだい、小さき少年よ」

「お兄ちゃんは仕事しねぇーのかー?」


 おっと、どうやら寛いでいるから働かないニートだと思われてしまったようだ。

 これは早急に訂正しないと、ソフィアたんに寄生する害虫だとあらぬ噂が立ってしまう恐れがある。

 だから俺は、優しく諭すように少年に言った。


「今日は色々あってお休みすることにしたんだよ。ほら、ソフィアたんから聞いているだろう? 俺、今日からここで暮らすことにしたんだ」

「タダ飯食らいってやつだな! 聞いたことあるぜ!」

「はっはっはー、博識だなぁー」


 捨てちまえ、そんな知識。


「お兄ちゃんはな、こう見えても冒険者をしているんだぞ?」

「おぉ、すげぇ!」


 冒険者というワードを口にした瞬間、男の子の瞳が輝かしいものとなった。

 やはり、男の子は冒険者に憧れるものだろう。

 魔獣を倒し、人々の役に立つ。時に剣を抜き、魔法を放つ様は純粋なボーイの瞳からすれば眩しいものなのかもしれない。

 ソフィアたんに寄付スパチャするためだけに冒険者になったが、こうして尊敬の眼差しを送られると、妙に鼻が高くな―――


「すげぇ弱そう!」

「もう君は喋るな」


 その方が孤児院の印象も悪くなくなると思うから。


「こーら! イズミさんを困らせちゃダメじゃないですか!」


 その時、紅茶をお盆に乗せたソフィアたんが姿を見せた。

 怒られると思ったからか、男の子は「やべっ!」と言い残して慌ててリビングを出て行ってしまう。


「すみません、イズミさん……あの子が失礼を」

「いえいえ」


 どれだけ失礼なことを言われても、ソフィアたんが謝るようなことは何も。

 申し訳なさそうにするより、厚かましくも「元気でしょう?」と言ってくれた方が嬉しく思うものだ。

 失礼なガキだというのには同意するが。


「よく考えれば、しばらくここに住むんですし、子供達には気さくに接してもらったほうがいいですよ」

「あぅ……確かにそうですね」

「ですです、いつまでもソフィアたんの客人っていうわけにもいきませんから」


 ソフィアたんから差し出された紅茶にお礼を言い、一口啜る。

 そうだ、いつまでも客人のままいるわけにもいかない。働き始めて、生活費とソフィアたんへの寄付スパチャ分を残して、食事代も含めて孤児院に納付しなければ。

 それこそあのガキの言う通りタダ飯食らいになってしまう。

 そう考えると、今まで以上に依頼をこなして稼がないといけなくなるな。

 だがしかし、これもソフィアたんとの幸せを噛み締められる必要経費。推しのためなら、いくらでも身を粉にしよう。


「で、でしたら……その、敬語を……」

「はい?」

「ですから、客人としてではない方がいいのでしたら……敬語、やめていただけると嬉しいです」


 お盆で口元を隠すように恥ずかしがるソフィアたん。

 脳内フォルダの空きはまだ十分。しっかりと吐血しそうなほど可愛いお姿を刻み込まなければ。


「ソフィアたんの要求となればやめますが……いいのか? こんな口調で」


 というより、推しにタメ口とはなんか恐れ多い。


「大丈夫です! そっちの方が私も仲良しになれたようで嬉しいですから!」


 仲良し、うん、推しと、仲良し。

 へっ、主人公よ見たか―――推しの認知だけではなく、先に仲良くなったぞオラ。


「ならよかった」


 推しの喜ぶ笑顔を見て、多幸感が襲ってくる。

 そんな幸せと推しの姿を酌に、俺は紅茶を啜った。うん、美味いっ!


「あの、そういえばお聞きしたかったことがあるのですが……もしかして、二年半ほど前から寄付をしていただいたのは、イズミさんなのでしょうか?」

「まぁ、そうだな。今ほどじゃなかったが、寄付スパチャはさせてもらっていたぞ」


 もしかして、金額が少なかったからもっと払えということだろうか?

 残念ながら、今日は依頼を受けていないから手持ちの金がない。


「必要なら臓器を売って金を揃えるが……」

「そういう話じゃないですよ!?」


 困ったなぁ、痛いのはあまり好きじゃないんだけど。明日までどうにか待ってくれないだろうか?


「そ、そうではなくてですね……改めて、お礼を言いたかったんです」


 そう言って、ソフィアたんは徐に頭を下げた。


「ありがとうございます。本来であればもっと早くにお礼を言うべきでした」

「いや、別にお礼を言ってほしくてやったわけじゃ―――」

「それでも、です。施しをいただき、助かっている以上……人として、お礼を言うのは当たり前ですから」

「…………」


 しっかりしている子だな、と。そう思ってしまった。

 中々、こうした真っ直ぐな心を持った人は早々いない。何せ、人間は自分さえよければ他の勘定など捨ててしまえる生き物なのだから。

 もちろん、抵抗はあるかもしれない。でも、我が身可愛さというのはそういうことだ。


 ソフィアたんは初めこそそうだったかもしれない。

 何せ知らない人が「返せ」というわけでもなく勝手に与えてくれているのだから。誰であろうとも、欲がちらつくだろう。

 それを、ソフィアたんは許さなかった。遅くなっても、こうして捜索依頼を出すぐらいまでお礼を言おうとした。


 ゲームのキャラ設定がそうだから、というのもあるかもしれない。

 けど、不思議とこれはソフィアたんだからと……そう、思ってしまった。


「……どういたしまして」


 だからか、俺は妙に心が温かくなった。

 淹れてくれた紅茶のおかげもあるかもしれない。

 この世界に転生して、一番美味しい紅茶と出会ったような気がした。

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