スパチャやめようかな

 あれから頑固としてお金を受け取らないと言った俺は、何故か孤児院の中で待たされていた。

 なんでも「で、でしたらご飯をご馳走させてくださいっ!」とのこと。

 確かに、今はお昼時だ。ご飯を食べるにはぴったりの時間。

 俺からしてみればお昼にご飯を食べるなどお金がなかったからできなかったため、昼に食べるという習慣がない。でも推しの手料理となれば話は別だ。是非ともご相伴に預かりたい。


(しかし、本当にこれでいいものだろうか……?)


 孤児院の中へと案内され、リビングのソファーに座らせられた俺は一人考え込んでしまう。


 ここはギャルゲーの世界。

 ストーリーがしっかりと存在し、数々のイベントの下にそれぞれのキャラクターが動き始める。

 今はまだ主人公とメインヒロインであるソフィアたんが出会う前だ。一応、本編の筋書きからは逸れていないと思う。

 だが、始まる前だからこそ不安だ―――これがストーリーに影響されないかどうか。


 ぶっちゃけ主人公はどうでもいい。貧血で倒れていようが、金欠で倒れていようが知ったこっちゃない。

 ハーレムを築き上げる野郎は総じて敵だ、今なら魔王を倒す主人公であろうが倒せる自信はある。

 でも、主人公がいるからこそソフィアたんはハッピーエンドに辿り着けるのだ。

 この出会いがソフィアたんのハッピーエンドに支障をきたさないか、そればかりは心配である。


(確か、主人公とソフィアたんが出会うのは孤児院が人攫いに遭うイベントがきっけかだたよな―――)


 そう思っていると、ふとソファーの横に座っているイリヤが俺の腹を肘で突いた。


「ししょー、ししょー」

「ん? どったの、イリヤ? 推しの手料理が楽しみだからってソワソワしてんのか? ダメだぞぅ、人様の家だからちゃんとしないと」

「声をかけただけなのにすげぇ飛躍です」


 イリヤがジト目を向けてくる。

 どうやら解釈違いだったようだ。


「もうソフィアさんに寄付しているのがバレたんですから、もう寄付はしませんよね?」


 確かに、今後同じように寄付スパチャしてしまえば、簡単に俺が寄付したとバレてしまうだろう。

 俺が「寄付です」と言ってもしばらく「も、もらいすぎですからっ!」と言って引き下がろうとしなかったし、次やってしまえば今度こそ遠慮されてしまう恐れがある。

 だからここは―――


「投げるんじゃなくてお金を置いておけばバレない……」

「やめろって言いたいんですよ、私は」


 どうしてそんなことを言うのかね君は。


「誰かの幸せを願うって、素晴らしいことだとは思わないのかイリヤは!?」

「身銭切ってまでやるなって言いたいんですよ、分かりますか!? せめて生活費とか残して投げてくれませんか!?」

「何がお前を駆り立てる……ッ!?」

「師の健康と師の風評を守るためですけど!?」


 風評など、今の俺に失うものはほとんどないと思うのだが。

 ほら、長い付き合いをしていた冒険者ギルドの皆様には襲われるし。

 風評がよかったら、あそこで抜刀して強制的に潰しにかかろうとはしないだろう。


「っていうか、なんだかんだ習慣になっちゃったんだよなぁ。寄付するの」

「……どれだけ寄付してきたんですか」


 転生して、職を見つけてからずっと続けてきたから二年半ぐらいは続けていたと思う。

 もちろん、昔は冒険者などやっていなくて普通に出店のバイトで働いていたからそれほどな額は寄付スパチャできなかったが。

 今のように推しが潤ってくれそうな額になったのは冒険者として活躍し始めてだ。


「と、とにかくっ! これからは最低限の暮らしができるようにお金を残してください!」

「えー」

「……じゃないと、私が借りている部屋に泊まらせますよ?」

「ふむ……」


 なんだろう、ちょっと魅力的じゃないか。


「俺としては雨風を凌げるからありがたい話なんだが……いいのか? 俺、男だぞ?」

「ししょーならいいです。他の男だったら絶対に嫌です」

「勘違いしそうなセリフ」


 こんなに可愛い子がそんなことを言うと期待してしまう。

 もちろん、師として扱ってくれているからだとは思うが。

 でも、よく考えれば絵面が「浪費家の夫を養う可哀想な妻」みたいな構図になっているような気がしなくもなくて辛い。なお、自分で口にするのもおかしいとは思っている。


「いや、でも悪いよ流石に。そこまでおんぶに抱っこはしてもらえない」

「だったら、ちゃんと部屋ぐらい借りてくださいよ……住む場所がないのは普通に心配します」


 しゅんと、真面目に心配の瞳を向けてくるイリヤ。

 流石にこんな顔をされてしまえば、俺も少し考えてしまう。

 推しのためとはいえ、ずっと仲良くしてくれた女の子にこんな顔をさせてまで投げ銭をするのは心が痛むというかなんというか。


(明日から、ちゃんと泊まるお金ぐらいは残しておこ……)


 ソフィアたんからも止められそうだし、俺の推し活はここいらで潮時かもしれない。

 俺はひっそりと寂しさを覚えつつも、内心で迷惑をかけるまいと決意した。

 ―――その時、タイミングがいいのか悪いのか、ソフィアたんがエプロン姿でリビングに顔を出した。


「イズミさん、お泊まりするところがないんですか……?」


 エプロン姿がなんとも眼福……ではあるんだけども、情けない話を聞かれていたようで恥ずかしい。


「あ、はい……色々事情がありまして」


 事情というか、単に金がないというか。

 いけない、口を開けば開くほど恥ずかしさが込み上げてくる。他の人にこんな話をしても全然恥ずかしくないのに。


「で、でしたらっ!」


 恥ずかしさを覚えていると、閃いたと言わんばかりにセシリアたんが手を叩いた。

 そして—――


「イズミさん、っ!?」

「…………へっ?」


 推しのそんな一言に、俺は思わず固まってしまった。




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