俺の弟子

「そぉうれぃ~!」


 今日も今日とて、俺は推しに寄付スパチャを飛ばします。

「うわぁ~、イズミくんスパチャありがとうございますっ!」というお言葉はもらえないけども、少しでも推しの力になれるのであれば嬉しいことはない。

 相も変わらず、孤児院の入り口前にはあたふたする修道服を着た推しのお姿。今日も眼福この上ない。ご馳走様です。

 今日依頼をこなして稼いだお金を全て投げてしまったが、この際問題はないだろう。


 ―――俺が危険と隣り合わせの冒険者をしているのは、ひとえにソフィアたんに寄付スパチャを投げるためだ。

 日々筋トレは欠かさず、この世界の魔法というファンタスティックな要素を研究、自身の実力を鍛えながらより多くの報酬を得るために依頼をこなす。

 本当は勇者がイベント道中に手に入れる聖剣やらマジックアイテムやらを確保すれば楽だったんだろうが、そんなものを得るためにこの街を離れないといけないのは言語道断。推しの姿を拝めないのはファンとして辛い。


 ということもあって、自分のできる限り鍛え続けていたら何故かS級って言われるようになったんだけど―――推しへの愛というのは素晴らしい。人を成長させてくれる。


「あ、こんなところにいたんですねししょー!」


 木の上で投げ銭を終わったタイミングでふとしたから声をかけられる。

 下を向けば、銀髪の少女がこちらに可愛らしく膨らませた頬を向けている姿があった。

 俺の配信視聴ポジは完璧だったのに、よくもまぁ見つけられたものだ。

 声をかけられてしまったということで、俺は木の上から飛び降りる。


「どったのイリヤ?」


 彼女の名前はイリヤ。

 同じ冒険者ギルドに所属するA級の冒険者である。

 可愛らしくも整った顔立ちから、ひっそりと冒険者ギルドの中でアイドル化している女の子なのだが、A級ということもあってかなりの実力者。見た目に騙されることなかれ。

 こんなに可愛いのに、主要キャラクターではなかったのが不思議なものだ。

 とはいえ、大体主人公が出会うのはメインヒロインのソフィアたんを抜いて学園ばかりだから無理もないのかもしれない。


「どったの? じゃないですよ、どったの? じゃ! 仮にもS級の冒険者がストーカーみたいな行為をしていたらそりゃ声をかけますよ!」

「失敬な、俺はただ推しに寄付スパチャをしているだけだというのに」


 孤児院は慈善団体だ。

 誰かから管理されているわけではなく、教会が希望者を募って身寄りのいない子供達を育てているに過ぎない。

 故に、孤児院では寄付以外のお金は最低限しか与えられず、裕福な暮らしはあまり遅れないのだ。


 だから寄付こそ素晴らしい慈善事業のはず。

 褒められることこそあれど、貶される筋合いはない。

 まぁ、寄付スパチャをしたお礼に推しの姿を眼球に収めさせてもらっているが。


「し、ししょー……もしかして、また今日も全財産ぶっこんだんですか!?」


 なんかパチンカスを見ているような目を向けられているような気がする。


「その通りだ」

「今日、一緒に稼いだお金を……! あんだけいっぱいあったのに! 普通に暮らすだけなら3ヶ月は余裕で暮らせるぐらいのお金が!」


 イリヤは何故か俺のことを「師匠」だと呼んでいる。

 彼女が冒険者ギルドに入った当初、色々不慣れだったということで色々教えてあげたらそう呼ばれるようになった。

 今思えば、あんなに未熟だった女の子が今となっては誰もが尊敬するA級の冒険者……感慨深いものがある。


「そうだよなぁ、あんだけいっぱい寄付しているのに普段と様子は変わらないんだよなぁ。孤児院を建て直せるぐらいには寄付してきているつもりなのに」

「……どうやら彼女、色々な孤児院に配っているみたいですよ」


 なんて優しいんだ俺の推しは。

 ソフィアたん、マジ聖女。

 これからは他の孤児院だけでなくソフィアたんの懐も温まるように、稼いで投げまくらなければ。


「まぁ、応援したくなる気持ちは分かりますけどね……」


 イリヤは木の陰に隠れて孤児院の様子を眺めた。


「ソフィアさん、うちの街では人気者ですもん。優しくて気配りもできて、愛想もよくていつも明るい―――ギルドに顔を出す時なんか、男共がはちまきとハッピを着てお出迎えするほどですよ」


 推しのライブかな?


「でも! 全財産はいかがなものかと思うんです! 師が野宿しているって話を聞いた弟子の気持ちが分かりますか!? 時々、ししょーの姿を見た人が「ねぇ、イズミさん大丈夫?」って言われるんですよ!?」

「俺も有名になったものだ」

「ひもじい姿で窓の外から物欲しそうに店内のパンを眺められた店長さんから「やめてほしい」ってクレームが私に入るんですよ!?」

「パンを買う金がなくてお腹が空いてたんだ」

「だから少しはお金を残せって言ってるんですッッッ!!!」


 ボコッ!!! と、俺の頬からそんな鈍い音が聞こえてきた。

 おかしいな……イリヤの腕が近くで見えたかと思えば、涙が出そうになるぐらいの痛みが頬から伝わってくるんだが。


「……一部ではししょーが稼いだお金を……そ、そのっ、いやらしいお店で使いまくっているって噂も流れてますっ」


 頬を染めながらそう口にするイリヤ。

 なんともいじらしい。ソフィアたんほどじゃないが、この子も相当男心をくすぐってくる。

 頬に走る痛みがなければ無心でこの姿を脳内に収めていたに違いない。


「馬鹿だなぁ、皆は……俺にそんなお金があるわけないだろう?」

「えー、でしょうね! 毎日孤児院にお金を投げてますもんね、物理的に!」


 行ってみたい気持ちはあるけども、それは口にしない方がいいだろう。


「っていうより、どうして投げて渡すんですか? 普通に手で渡せばいいじゃないですか。ソフィアさん、さっきからずっと捜してますよ」

「いや、あんなにたくさんのお金を渡したらソフィアたんが遠慮して受け取ってくれないかと思って」

「そりゃ、いきなりうん十万ものお金を渡されたら遠慮するでしょうよ。怖いですもん」


 この方法でしっかり寄付スパチャを受け取ってくれているのだから、結果的によかったと思う。


「でも、お礼を言われないのって悲しくないですか? 多分、ソフィアさんはししょーの名前すら知らないと思いますよ?」

「別に悲しくはねぇよ。それでソフィアたんが幸せになってくれるなら」

「…………」


 それに、俺とソフィアたんが出会ってなんかルートが変化したら嫌だし。

 ソフィアたんはこれから主人公と出会って仲良くなって、学園に行って、魔王を討伐するのだ。

 俺は陰ながらサポートできればそれでいい。何せ、推しの幸せこそ俺の幸せなのだから。


(そういえば、そろそろソフィアたんと主人公が出会うイベントが始まるのか)


 転生したのが主人公がソフィアたんルートに入る4年前。

 あれから3年経ったので、そろそろ主人公がソフィアたんの前に現れるだろう。


「そ、それで自分が貧乏になったら世話ねぇーですけどね」

「……どうして顔が赤いの、イリヤ?」

「な、なんでもありませんよっ!」


 顔を赤くしたイリヤがそっぽを向いて先を歩き始める。

 一体なんだったのだろうか? そんなことを思いながら、とりあえず俺はイリヤの後ろをついて行った。


「でも、この調子ならいつかソフィアさんがギルドに捜索依頼するかもですね」

「はっはっはー! ないない、そんな依頼を出してまでソフィアたんが俺を捜そうなんて───」



 ♦♦♦



 その翌日、ギルドにこんな依頼が張り出されていた。


【・捜しています! 孤児院に毎日お金を投げる人!(※寄付です)

 依頼人:ソフィア】


「……うっそーん」

「ほーら、やっぱり」


 ソフィアたん、今まで捜索依頼なんて出さなかったじゃないか。

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