第19話 劇場のお仕事2 ひとみ視点
「ひとみちゃん? どうしたの元気ないけど」
「何でもないよ」
私はこれ以上、良太さんをうらやんで嫌な人間になってしまわないように、テーブルから立ち上がり部屋を出ようと思った。
「私、まだ仕事あるから」
「待ってよ、ひとみちゃん。何でもないって顔じゃないよ」
私の腕をつかんで、引き留める良太さんの真っ直ぐの瞳が逃げるなと言っている。
いつもこんなに突っ込んでこないのに。
私が、話を続けたくない雰囲気を出すと、すぐに違う話題を振ってくれるのに、今日はスルーしてくれない。
「本当に何でも……」
「ひとみちゃん、これどう思う?」
しどろもどろに、言い訳しようとする言葉にかぶせて、良太さんが1枚のデッサンを私の前にかざす。
目の前にいきなり見せられたデッサンを、思わず「中華風?」と素直に答えてしまう。
「わかる? 新作の衣装なんだけど、僕、絵が下手でエンダにイメージが上手く伝わらなかったんだ。ちょっと、ひとみちゃん書いてみてよ」
確かに、良太さんは絵心が無いようだった。
たぶん女性なんだろうけど、頭は真ん丸だし身体は5等身くらいだし、中華風の衣装が
「わかった。
「うん、よろしく」
どうして、この時デザインを引き受けてしまったか分からないけど、絵を描くのは好きだ。
良太さんをうらやましく思い、ねたむような人間になりたくない。
ちょっとでも手伝えるなら、駄目でもいいからやってみよう。
そう思って、鉛筆を握った。
「書きずら!これ」
普通に握って書いたのに、線が薄くいうえにかすれて滑りも悪い。
何これ?
先に何か引っ付いてるの?
芯先をじっくり見るが、普通の鉛筆の芯だ。存在するか知らんけど、あえて言うなら凄い硬い芯H10くらいで書いている気分だ。
しかも、見た目は普通の紙なのに、手で触ると表面がざらざらしている。
「何これ?」
もう一度首を傾けて、紙と鉛筆をじっと睨みつける。
「ああ、これ再利用できる紙と鉛筆?」
なぜに自分で言っていて疑問形なの?
「この世界で紙はすごく貴重だってアランさんも言ってたでしょ。だから、生活魔法を練習している時に、紙に書いた文字も洗浄できないかなって相談して」
凄いでしょ。と良太さんは胸を張ったけど、めっちゃ書きずらいんですが。
「鉛筆は今、改良中。でも芯が柔らかいと減りも早いから平民が使うのはこんなに芯が固いらしい」
「そうなんだ。まあ、慣れればなんとか」
線がぎこちなくなってしまったけれど、何とか数枚漢服をかき上げる。
「うわぁ、凄い斬新」
エンダがキラキラした瞳でのぞき込んできて「ここはどうなってるの? 生地はどんなの?」と説明を求められる。
あ、こういう感じ久し振りだ。
ピンクベリーのコスプレ衣装を作っている時のようで楽しい。
学校では居場所が無くてふらふらしている時に、5人組の地下アイドルに出会った。
男子に人気だったけれど、テレビで子供向け番組を持つようになり女子にも人気が出てきて、アニメ化されたことで一気にブレイクしたのだ。
オフ会で知り合った子たちと、コスプレ用の衣装を作り始めてちょうど1年になる。
「もしかして、原型を引ける?」
デザインにバストポイント、切り替えやダーツを書き込んでいくと、手のひらを祈るように組んで、エンダが前のめりに私の顔を真剣な顔でのぞき込んできた。
「原型ですか?」
うんうん、と素早く上下に首を振られ、ちょっと首をかしげて悩む。
「もしかしてパターンのことですか? 洋服の型紙」
「そう! やっぱり引けるの?」
「いえ、そんなこったものはできません。自分サイズの型紙だけは覚えていますけど」
「そうなんだ。でも、自分のだけは型紙作れるってすごい。ぜひ後で書いてくれない?」
「いいですけど、ここの衣装の型紙はエンダさんが書いてるんですよね」
「まあ、多少ね。でも働いている工房では見習いだから原型は見せてもらえないし、ここの衣装は昔からあるものや既製品をサイズ直しする程度なの」
この世界でパターンは、そう簡単に手に入るようなものではないらしく、ドレス工房でも、オーナーとトップのデザイナーしか見ることはできないらしい。
日本では何か作りたい場合は、ネットを検索すればだいたいがサイズ別に型紙が手に入る。
私はネット講座で習った自分専用パータンを何枚か紙を張り合わせたものに書き込んだ。
「すごい! これがひとみちゃんに合わせた原型なのね」
「はい、でも、多少のサイズ直しのパターンなら作れますよ」
思った以上に、役に立てたらしくそれから2時間もパターンを引かされ、エンダさんは支配人に私にも衣装を手伝ってもらえるように説得するからと言って帰っていった。
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