第15話 初出勤 ライト視点

「おはようひとみちゃん」

 朝一で宿泊施設に迎えに行くと、きっちりとセーラー服を着たひとみちゃんが食堂で待っていた。

 やっぱりセーラー服なんだ、とは聞かない。

 何となくひとみちゃんの気持ちがわかったから。


 来たとき同様、なにかのはずみで簡単に地球に戻れるかもしれないという期待。セーラー服を着ることで、ここがどこだろうと馴染みたくないという反発。折り合いをつけるのには時間が掛かるのだろう。


「おはようございます」

 じっとりとした目で僕を見るひとみちゃんは、心なしか元気がない。

 来た頃の傍若無人なパワーが感じられなくて、ちょっと心配になる。

 それなりに生活のリズムがついて、色々とを考える時間ができたのかもな。

 知らない世界に放り込まれて、不安じゃないはずないのにアランはあんなだし。

 自分も同じ立場だったとはいえ、やっぱり女の子と男では違う。


「サムは他の仕事があるから、僕が案内するよ」

 今日が初出勤のひとみちゃんを職場である劇場までつれて行き紹介するよう、アランに押し付けられた。「俺は嫌われえてるからな、お前とのほうが緊張もゆるむだろ」と不機嫌そうに朝たたき起こされたのだ。



 アランの親切はいつもむくわれない。

 本当は、緊張するだろうひとみちゃんを気遣って、同じ日本人の僕を行かせることにしたんだろうけど、「忙しい」からなんてみえみえのいいわけするし。

 もっと、優しくしてやればなついてくれるのにな。


 自分ではあめむちの「鞭」役なので、人に嫌われても平気だと言うが、そのくせう僕をかまい倒してうっぷんを晴らしているのに気づいていないらしい。

 そんなこと考えてるなんて知れられたら、倍返しされそうだから教えてやらないが、僕の存在はアランにとってかなりいやしになってると思う。


「僕って大人だぁ」

「え?」

「あ、何でもない」

 いけね。

 考え事をしてる場合じゃなかった。

 明日から一人で通勤するひとみちゃんのための、道案内なんだから上の空では怒られる。


 朝市の開かれているマドラ通りを二人で並んで歩きながら、劇場までの安全なルートを説明した。

「この辺はシナとよく買い出しに来るから大丈夫。それにしても、土の道を歩くのは中学の時の学校登山のとき以来」

 確かに。

 舗装していない道なんて、日本に住んでいたらよほどの田舎じゃないとないからな。


「マドラ通りはもともと商人ように作られた通りなんだ。重い馬車を引くのに馬には頑丈な蹄鉄ていてつをつけるのは知ってる?」

「なんとなく、ひづめの裏についている鉄でしょ」

「そう、あれでレンガ敷きの道路や石畳を歩くと傷むから」

「なるほど」

「ちなみに商会の前のレンガ敷きの道は貴族の馬車しか乗り入れられないんだ」

「それは階級制度があるから?」

「それもあるけど、一番の理由はあそこのレンガは美しいけどわざともろいレンガを使ってる」

「わざと?」

 ひとみちゃんは「なんで」と不思議そうに考え込む。


「海から攻め込まれたとき、魔法でレンガを粉々に破壊して敵兵を足止めするためさ。このレンガは魔法で破壊すると表面が鋭くとがる性質を持っているんだ。だから、通りのみせの経営者は必ず魔法が使えなくちゃダメなんだ」

 僕もつい最近アランから聞いたばかりだけど。


「実はこのマドラ通りも、トラップがいっぱい仕掛けられているらしいし、ファンタージーの世界はめちゃくちゃかっこいいぞ」

「すごいね。さすが異世界」

 足取りが重かった初めに比べて、だんだんと気持ちが軽くなったみたいで、ひとみちゃんはほんの少しだけ頬を緩めた。


「ところで、ライト君は日本人?」

「そうだけど」

「もとから、ライトっていう名前じゃないよね。やっぱりこっちに合わせたの?」

 なんだ、突然。と思ったが、アランが身分証を作る前に改名するか聞いてたっけ。


「合わせたってわけじゃないけど、成り行き? 本名は光っていうんだ」

「光でライト……めっちゃそのままじゃん」

 ケラケラと笑いながら、ひとみちゃんはバシバシと俺の腕を叩いた。

 会って初めて笑顔見たかも。


「あのさ、ライト君は日本に帰りたいと思ってる?」

 ああ、こっちが本当に聞きたかったことか。

 朝からチラチラ僕のこと見て、何か言いたそうだとは感じてた。

 新しい職場のことで聞きずらい事でもあるのかと思ったら、日本のことか。

 当然っちゃぁ、当然だけど。


「いつかは帰りたいとは思っているよ。家族もいるし」

「アランさんは帰れないって言ってたけど、本当に帰れないと思う?」

 直球だ。


「今のままのひとみちゃんでは帰れないよ」

 新しい職場に行く前なのに、正直に言うか迷ったけれど、確率の低い希望を持たせるのもかわいそうなのではっきりと否定した。


「ちょっとまって、それって私には無理だけど、帰り方は知ってるように聞こえる」

「まあ……」そうとも言う。


「教えて!」

 ひとみちゃんは身を乗り出して僕の腕をつかんだ。

 痛いけど。


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