第11話 お仕事紹介します。

 午前8時30分。

 商会の運営する店舗前で、足を止め店構えをじっくりと観察する。


 王都の中心にあり、宝石店や衣装店など、貴族御用達ごようたしの店ばかりが軒をそろえる一角に位置し、建物はガラスタイルが一面に張られ、小さな美術館のようだった。

 このタイルを作る職人を探すのに苦労したが、この世界の住人には技術的に創り出せず、ガラス職人だった安藤さんを説得して作ってもらったのだ。

 彼は、15年前に召喚され、こちらでもガラス職人を目指したが、気泡だらけのもろい硝子しか作ることができない工房に絶望。自分で工房を立ち上げるほどのお金もなく、大工をしていたところをスカウトした。

 その後、彼の理想の工房を支援し、商会の硝子商品を一手に引き受けてもらっている。


 苦労したかいがあったな。


 そして表通りの看板の横には、日本語で異世界案内所と書いてある。

 それを見つけた人だけが訊ねる権利を持っているかのように。実に勿体ぶった案内所がアリスの宝物だ。


「アラン会長おはようございます」

 店の前を掃除しに出てきたエレナが嬉しそうに挨拶しくれる。


「会長って呼ぶなっていってるだろ」

「え? 何でですか?」

「会長って響きがおじさんだろ」

 これでもまだ19歳なのだ。


「そうですか、かっこいいと思いますけど」とエレナは掃除し始めた。


 もうすでにお店の裏の倉庫は開いていて、従業員が働いているので耳を澄ますとざわざわと音がする。

 表通りには雑貨など使い勝手のよさそうなものが置かれ、昼間は若い子でにぎわっているから、音も気にならないが、「静かだとちょっと五月蠅うるさいな」思わず漏れた言葉に、エレナも「そうなんです。最近、荷を積む馬車や忍足が足りないみたいで搬入時間に間に合わない時が多いんです」と頷く。


 目の前と両隣は流行りのカフェやレストランがずらりと並んでいて、ここが流行の中心でもあることは間違いない。そういう店は雰囲気を売り物にしているので、騒音は大敵である。

 ちなみに左横はうちの商会の経営するカフェだ。


 あちこちから輸入した見本品が置かれ、買い付けなどの取引は、倉庫で直接おこなうので場所を移動するわけにもいかないし、そもそも、荷馬車が足りなくなっているなんて商業ギルトから話は聞いていない。


 確認が必要だな。


 俺はもう一度、異世界案内所の看板を見る。

 これからまたあのぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる少女と面談しなければならないと思うと、面倒だ。


「まあ、何とかなるだろ」

 俺は、執務室で試作品のコーヒーを飲みながら待つことにした。


「ここも手狭になったな」

 まさかこんなに需要があるとは想像もしなかった。

 日本の観光案内所の様にオープンになっているわけではなく、案内所とは名ばかりでただの執務室で十分だったはずなのに。


 地球から来る人間がそんなにたくさんいるわけないし、堂々と異世界から来たと名乗っている人もいないだろうと。

 だから案内所は、ひっそりと存在する予定が、思いのほか客が多い。




 *


小間使こまづかいの仕事はシナ一人で十分だから、君には違う仕事を紹介しよう」

 今日は機嫌よく座っているなと思ったら、俺の言葉であからさまに驚き大声を上げる。


「え、うそでしょ」

「なんで俺が嘘を言う必要がある」

 ちょっと、冷たく突き放してしまったが、ライト以上にこの娘は人の話を聞かない。


「だって、あそこで雇ってくれるって言ったじゃない」

「都合の悪い事は忘れているようだが、3カ月間といったはずだし、改めて契約するか考えろとも言った」

「嘘つき!」

 やっぱりぎゃあぎゃあ五月蠅い娘だな。


「うそだというなら証拠は?」

「はぁ? 何言ってるのよ嘘つき。証拠なんてあるわけないでしょ」

「俺の方にはある」

 正式なものではないが、あのとき、シナと同じ条件だと書いて説明し、最後に3か月後に契約をし直すと同意したむねサインをしてもらったのだ。


「これは、宿泊所で使用期間は無給で働くって意味でサインしただけでしょ」

「そうだ。期間は3カ月と書いてあるし、再度契約をするか考えるとも書いてある」

「だましたわね」

 ひとみは俺が手渡した書類をびりびりに破り捨てて怒っている。


「どちらにしろ、アルバイトだって解雇するときは30日前に言わないとならないって聞いたことがある。あと一か月はあそこでタダですまわしてもらうから」

 そういい捨てると、ソファーから立ち上がり部屋を出て行こうとドアにどすどす音を立てながら歩いて行った。


 3カ月、ちっとも成長してないようだな。

 ため息を吐くのを同時に扉の前に音もなくライトが現れて、選手交代とばかりに俺に片手をあげた。


 また、立ち聞きしてたな。


「久しぶりだねひとみちゃん」





















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