第9話 ヒロイン気分はすぐ終わる ひとみ視点

「シナ、プチプランのケーキがまた食べたいのよね。買ってくれない?」

 木と木の間にロープを張っただけの物干しに、洗濯物を手際よく干すシナを見つけて、私は数日前、お使いの途中に買ってもらったケーキの味が忘れられずおねだりした。


「ケーキですか? でも、ひとみさんはお金持っていないですよね」

 意外な言葉に、ちょっと首を傾ける。

 最近のみんなは私に親切で、お願いを断ったりしなかったのに、今日はなんだか断られてばかりだ。


「シナ、昨日給料日だからお金あるでしょ。私はどんなに畑の野菜を育ててもお給料もらえないから、ちょっとだけおごってくれないかしら」

 地球ではやったことのないような、甘えた調子で頼んだのに、シナの返事はそっけないものだった。


「ごめんなさい。お給料は今年の冬用のマントを買うのでおごってあげられません」

 マントか。

 こんな子供に自分で衣料品をかわせるなんてろくな世界じゃないわね。

 やっぱり早く帰りたい。


「わかった。気にしないで。誰かに頼んでみる」

 それから何人かに、頼んでみたが誰もケーキを買ってくれるという人間はいなかった。

 なんで?


「トマトの歌の恩恵が薄れた?」

 ここに来た当初は、シナくらいしか親しく話したりはしなかったし、サムだっていつも小言を言っていた。

 あれを歌いだした頃からみんな親切にしてくれるようになって、役に立ててると思ったのに。

 これくらいの見返り当然だ、美味しくない野菜が甘くなり成長も早くなるのだから。


 野菜が成長して甘くなるのが本当に歌のせいなのか検証した結果、間違いなく私の歌が関係しているとわかった。あれから何度か子供たちに「野菜に歌を歌う時は聞かせて欲しい」とせがまれたが、さりげなく断ったのが気にさったのかな?


 歌は好きだけれど、人前で歌うのは大嫌いなのだ。

 でも、もうあんな思いをするのはこりごりだ。




 *


 中学最後の合唱コンクールは10月の最後の週に予定されていた。

 楽曲、ピアノ担当、指揮者などは夏休み前からきめ選定され、早い組はパート練習まで行われる。

 私のクラスは、もともとリーダーシップをとる人間がいなくて、すべての学校行事はアンケートや推薦で決められてきた。

 今回もピアノはすんなり決まったものの、指揮や選曲は決めるのにかなり時間が掛かり、結局去年の優勝した組で歌った曲に決まった。


「じゃあ、ソロパート歌いたい人?」

 委員長が、教室を見回すも誰も手を上げる人間はいない。

 予想通り、このクラスにそんな目立つ役をかって出る陽キャなんているわけない。

 何でこの曲にしたの? という空気まで流れる。


 重い沈黙が流れ、別に委員長が決めるわけでもないのに、皆視線をそらす。

「じゃあ推薦で」

 結局いつもと同じだ。

 その役割にふさわしい人を考えて、誰かが推薦をする。

 今回はたぶん音楽関係の部活の人、吹奏楽とかだろう。

 どちらにしても私には関係ない。


 そう思っていたのに。


「吉本さんがいいです」

「は?」

 何で私?

 即座に、ななめ後ろの佐藤さんを見た。

 にっこりとほほ笑みを返される顔には、微塵も悪いと思っていないようだ。


 あんたとはカラオケも行った事無いし、嫌がらせされるようなこともしてないよね。

 とてもじゃないが、笑顔を返すことなどできずに、私は委員長に無理だからと拒否の視線をおくるも、黒板にすぐさま名前を書かれる。


 ちょっと、なに名前書いてんだよ!

 心の中でそう叫んだが、うまく言葉に出すことはできなかった。


 何て断ればいいんだろう。と考えていると「私もそう思う」とあちこちから賛同する声が上がる。


 このままでは、私に決まってしまう。


「私には無理です」

 それだけ言うのがやっとで、顔を上げることができない。


「吉本さん、歌上手いよね」

「俺もそう思ってた」

「何を根拠に……」

「ほら、一学期音楽のテストで歌っただろ。あの時ひそかに衝撃的だったんだよね」

 音楽のテスト?

 確かに歌った。

 あの時は数回の授業に分けて、先生がピアノを弾きその横で一人ずつなん小節かを歌ったのだ。

 先生には褒められたし、何人かの友達にはうまかったて言ってもらえたけど、だからといって、それを今持ち出す?


「あの時、吉本さんはピアノに向かって歌ってたから、みんなの反応に気づかなかったかもしれないけど、かなり驚いてたよね」

「でも、本格的に歌を習ったわけじゃないし、ソロは無理」

 反論してみても、誰もが謙遜としか受け取ってもらえない。


「逆に、吉本さんうますぎて他のソロの人、悪目立ちしちゃわない?」

「そうかも。吉本さん一人でいいんじゃないの?」

 いや、いや、いや。なに言ってるのソロは4人いるでしょ。

 その提案おかしいから!


 抵抗むなしく、結局ソロは私一人に決まった。


 みんなに褒められていい気分だったのもあるし、ほんの少しだけ自信もあった。

 もしかして、指揮の木村君と仲良くなれるかもという下心もわいてくる。


 でも、人間立場をわきまえないと、痛い目にあう。


 合唱コンクールは無事に準優勝した。

 練習期間を含め、4人分のソロを一人で歌ったのだ、結局最後は喉を傷め思うようなパワーある歌にはならなかったけど、この準優勝には十分貢献したといえる。


 だから集合写真を撮るとき当然、木村君の横に並べると思った。それなのにトロフィーを持ったのは木村君でその横に賞状を持ったのはピアノを弾いた田村さんだった。


 何で?

「私のおかげで準優勝できたのに、田村さんなんて2回も伴奏間違えたじゃない」

 悔しくて、思わず声に出してしまった言葉に冷たい視線が集まった。


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