第27話 もう一つの事件

 ナイジェル(エミリアの兄)視点です。


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 私は、友人にドレスを貸すというエミリアと共に登城し、ラインハルト殿下が来るのを待つ妹に付き合ってやっていた。

 エミリアは会えると思っていたようだが、殿下は私の予想通り、この部屋に来ることはなかった。

 どちらにせよ、今日に限っては公爵邸よりも多くの人の目がある城内の方が安全であるから、ドレスの貸し出しの件は渡りに船であった。



「……ではご友人の方が城に到着されましたら、こちらのお部屋にご案内の上、ドレスアップのお手伝いをさせて頂きます」


「ええ、お願いね。皆様お忙しいのに手を煩わせてしまって、ごめんなさいね」


「いえ、大丈夫でございますよ。私共の方こそ、あまりおもてなし出来ず申し訳ございません」


「いいえ、ありがとう。では、失礼するわ。……お兄様、何処で待ちましょうか?」


 こちらを振り返ったエミリアは、寂しい気持ちを隠すように、笑顔を貼り付けていた。

 殿下に会う事が出来ず、不安に思っているのだろう。


 ……殿下はエミリアを蔑ろにしている訳ではない。

 むしろ物凄く気にかけているのだが、今は殿下自身の希望により、事情を伝える訳にはいかないのだ。


「なら父上の執務室に行こう。父上は不在だが、私が合鍵を持っているから」


「ええ、わかりました」


 父は王国の宰相であり、普段は多忙である。

 手足となる部下もたくさんいるが、執務室の合鍵を持っているのは私と、もう一人の腹心だけだ。

 父の執務室なら、安全だろう。



 ********



 父の執務室で、私とエミリアは応接セットに座って、学園の話や最近の流行など当たり障りのない会話をして過ごした。

 部屋には内鍵をかけてあり、室内には私とエミリアと女官の三人だけである。

 女官は離れた場所で控えており、紅茶が無くなれば注ぎに来るが、基本的に会話には立ち入らないし聞き耳を立てたりもしない。

 それでも、他人がいる場所で込み入った話はしないのが、我々貴族の暗黙のルールだ。


「……そろそろプリシラ様は着替え終わったかしら。見に行けないのが残念ですわ」


「そうだな。デビュタント・ボールが始まるまであと四十分といったところか」


「……ふわぁ、何だか私眠くなってきてしまいましたわ……」


 エミリアは先程から欠伸を噛み殺している。

 エミリアにしては珍しい事だが、ここには身内である私と女官しかいないし、ずっと張り詰めていた気持ちが緩んだのかもしれない。


「朝早かったからな。少し休んだらどうだ」


「……ええ、そうさせて頂きますわ。はしたない真似をして、申し訳ありません……」


 そう言ってエミリアは、ソファに深くもたれかかり、すぐに寝息を立て始めたのだった。

 ……しかし私も少し疲れてしまったようだ。

 妹の暢気な寝顔を見ていると、何だか私まで眠くなってきた……。



 ********



 時は遡り、ウィンターホリデーに入ってすぐの頃。

 王太子妃教育が終わった後、殿下はエミリアを送るために公爵邸に来て、私と父に話があると告げた。

 父は邸内の執務室に殿下を案内し、お茶の用意が済んだら、殿下は使用人を下がらせた。


「ブラウン公爵、ナイジェル殿、時間を取らせてしまって済まないな」


「いえ、構いません。何かあったのですかな?」


「ああ。実は最近、城で少し不穏な動きがあってね。城で話をする訳にはいかないから、こうして急遽時間を作って貰った」


 殿下は声をひそめて、真剣な表情で話し出す。

 銀色の瞳はいつになく鋭く、ぴりりとした緊張感が伝わってくる。


「……第二王子フリードリヒが何か企んでいる。調査に動いている者達の情報を鑑みると、新年の夜会で何か動きがあると見ている。どうやら王国上層部にフリードリヒを焚きつけている者がいるようだな」


「企んでいるとは……具体的に何を?」


「クーデターだ」


「ふむ……穏やかではありませんな」


「情報も証拠もまだ充分に集まっていない。だが恐らく、狙いは次期国王の地位だろう。場合によっては、私だけでなく国王陛下をも狙う可能性がある」


「陛下はご存知なのですか?」


「ああ。父上お抱えの諜報員からの情報だ。父上とも母上とも既に話し合っている。……無論、フリードリヒには勘付かれていない」


 王太子ラインハルト殿下は人望、頭脳、カリスマ性、全てを兼ね備えたお方である。

 一方、第二王子フリードリヒ殿下は、優秀な兄を妬むばかりで努力をせず、自分に媚びへつらう者ばかりを周りに置いている、というのが私の印象だ。


 ラインハルト殿下のような方は何手も先を見据え、総合的かつ多面的に物事を判断して動く事が出来るから、狡猾な貴族共に良いようにされる事はない。

 だが、フリードリヒ殿下の様なタイプは、生まれながらの地位に胡座をかき、耳触りの良い言葉を並べ立てていれば機嫌が良くなるから、騙し、担ぎ上げ、利用するのにうってつけだ。


 大方、フリードリヒ殿下を国王に担ぎ上げ、自らの傀儡として実権を握ろうとしている者達がいるのだろう。


「……フリードリヒ殿下を操っている者については、目星は付いているのですか?」


「巧妙に隠しているが、恐らくドノバン侯爵が黒幕だ」


「ドノバン侯爵……あの狸親父め。後ろ暗い連中とも付き合いがあると聞いた事がありますぞ」


 ドノバン侯爵は、王国で侯爵位を賜っている者の中で最も有力な貴族である。

 娘のマルガリータはフリードリヒ殿下と婚約を結んでいて、陛下とラインハルト殿下を亡き者にすれば、王妃の父親という地位と強大な権力を手に入れられる。


「クーデターの方法もいくつか考えられる……私の命を狙うか、陛下の命を狙って私に濡れ衣を着せるか、もしくは情報操作か。他国との連携も考えたが、その線はない。フリードリヒもドノバン侯爵も外交ルートを持たないから、それは難しいだろう。すでに暗殺者、毒、近しい者の誘拐……色々な動きや兆候が見られるが、いずれも証拠を掴むまであと一歩だ。今、クーデターを阻止し、逆に証拠を揃えて一網打尽にするため、信頼できる者にこうして協力を依頼しに回っている所だ」


「そう言う事でしたら、私も息子も、喜んで協力させて頂きますぞ。なあ、ナイジェル」


「ええ、父上、勿論です。不敬を承知で申し上げますが、フリードリヒ殿下が天下を取るなど、考えたくもない。王国が滅亡してしまいますよ」


 想像しただけで寒気がきて、私はぶるりと身を震わせた。


「私も息子に同感です。それに、エミリアの悲しむ顔を見たくないですからな。私共は全力で陛下とラインハルト殿下をお守りする所存です」


「ブラウン公爵、ナイジェル殿……協力、感謝する。だが、お二人には特に気をつけてほしい事がある」


「分かっております。エミリアですな」


「流石、話が早くて助かる。……私は、エミリアには今回の事は話したくないのだ。話すとしても、全てが終わってからだ。優しいエミリアは、この話をしたらきっと泣いてしまう」


 殿下の表情から鋭さが和らぎ、眉を下げて心配そうにしている。

 殿下は心からエミリアを愛しているし、エミリアもまた然りだ。


「……殿下がお望みとあらば、可能な限りエミリアにはこの件は隠しましょう。新年の夜会が終わり、クーデターがひと段落するまでは必ず私か息子がエミリアの側にいるようにします。衛兵も私共の方で密かに手配し増やします。エミリアが人質として取られる危険性が高いですからな」


「……すまない。こちらから騎士を付けたい所なのだが、私が計画に気付いていると勘付かれるのも不味いんだ。一網打尽にする機会を失ってしまうからな。お二人は護身術にも長けておられると聞いた。エミリアの命を狙ってくる事はないと思うが、攫われる可能性は高い故、何かあった時に対応出来るよう充分注意して欲しい」


「承知致しました。……殿下も、充分お気をつけ下され」


「ああ。フリードリヒなどに遅れを取るものか。必ず此度の件、阻止してみせるぞ」



 ********



 ふっ、と意識が浮上した。

 どうやら少しの間、眠っていたようだ。

 今日はしっかりエミリアを護らなくてはならないのに、私とした事が眠ってしまうなんて。


 私は眠い目を擦りながら、ぼんやりと目を開ける。

 しかし、先程まで目の前のソファで眠っていた筈のエミリアの姿が見えず、私は急激に覚醒した。


「エミリア!?」


 がばっと立ち上がり、部屋中を探すが、エミリアの姿は見えない。

 一緒にいた筈の女官の姿も見えず、扉の鍵も開いていた。


「くそっ! 眠り薬か!」


 私とエミリアが同時に眠くなるなど、それ以外考えられない。

 そして犯人も自ずと絞られる。

 紅茶を淹れてくれた女官は、いつも父の執務室に出入りしている女官だったため、私は彼女が用意した紅茶を何の疑問も持たずに飲んでしまったが、彼女の顔色がいつもよりほんの少しだけ悪かった事を思い出した。


「取り急ぎ殿下に……いや、殿下には接触出来ないな。父上もまだ不在……。他に信用できるのは……」


 私は信頼できる人間の顔をいくつか思い浮かべ、急いで行動を開始したのだった。


「急がなくては……! 頼む、無事でいてくれ……!」

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