第25話 白のボールガウン

 エミリア視点です。


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 ホリデーの王都で、四人でデートしてからしばらく経ったある日。

 王城でも仕事納めが済み、父も兄も、私の妃教育もしばらくお休みである。

 ブラウン公爵家では一家総出で、古くなった調度や不要になった美術品を整理していた。

 年が明けたら商人を呼び、不用品を売却して新しい物を購入するのがブラウン公爵家の毎年の習わしなのだ。

 私は、モニカと一緒にクローゼットの中のドレスやアクセサリーを検めていた。



「まあ、懐かしいわ! このドレス」


「ん? なになに? あ、本当だ! お姉様がこのドレスを着て行ったお茶会で、会場に犬が乱入してきたのよね。それでお姉様の足元に犬が入り込んじゃって、大変だったよね」


「そうそう、本当にびっくりしたんだから! しかも丁度カップを手に持っている時で。お茶会でお茶をこぼしたのなんて、後にも先にもその時だけだわ」


 そういえば、プリシラはドレスの染み抜きをしたのかしら。

 白っぽいドレスはすぐに染み抜きしないと色が残――


「あっ」


「お姉様、どうしたの?」


「白のボールガウン、どこかしら」


「それなら、もう着ないから一番奥にしまったと思うよ」


 すっかり忘れていたが、プリシラはデビュタントのドレスを用意出来なくて、デビュタント・ボールの当日に城に用意されていたドレスを着るのだ。

 小説では殿下が用意していたようだったが、この現実の世界では殿下がプリシラのためにドレスを用意しているとは思えない。


「あった、これね」


「それがどうしたの?」


「ちょっとね。……モニカ、悪いのだけど、少し手伝って貰えないかしら?」


「……?」



 ********



「うん、今のモニカにはちょっと短いわね。……という事は、プリシラには丈は丁度良いぐらいかしら? 胸回りは少し絞った方がいいかもしれないわね……でも正確なサイズが分からないから、リボンで調整できるようにリメイクしてしまおうかしら」


 私は、一昨年と昨年に自分とモニカが着用した白のボールガウンを、サイズ調整してプリシラに貸し出すことにした。

 どうせもう着る機会もないし、社交界デビューが近い女の子の親戚もいない。

 そして時間が経てば流行も変わるから、数年後には着れなくなってしまう。

 お父様もお母様も、きっと許可して下さるだろう。


 今はモニカに白のボールガウンを着用してもらい、サイズを確認している所である。

 プリシラはモニカと比較して、少し背が低くて細身だ。


「大丈夫だとは思うけれど、一応お父様とお母様に許可をいただかないといけないわね。後は殿下にお手紙をしたためないと……。モニカ、手伝ってくれてありがとう」


「いいえ、お役に立てたなら良かったわ。お友達には、いつお渡しするの?」


「デビュタント・ボール当日になってしまうわね。早めに登城して、直接届けるわ」


「それなら、お友達にも早めに登城するようお手紙を出さないとね」


「ええ、そうね。……あ、でも住所が分からないわ……。彼女のバイト先にお手紙を出せばいいかしら」


「……貴族のご令嬢なのに、バイトしてるの? ドレスも用意出来ないっていうし、ずいぶん苦労されている方なのね」


「ええ……」


 私がどうしてもプリシラを憎めない理由の一つが、そこにある。

 日本人だった頃、私は一度小説を読んでいる。

 その時は、主人公であるプリシラと同じ目線で、プリシラの気持ちになって小説を読んだのだ。


 プリシラは苦労人で、田舎暮らしだったため貴族のルールも分からないまま王都の貴族学園に放り込まれ、碌な仕送りもなく、バイトをして何とか生計を立てている。

 遊ぶ時間どころか、勉強をする時間も殆ど取れないはずだ。

 その事は、先の中間テストの結果を見ても明らかである。


 そのプリシラの努力を思うと、物語云々は関係なく、私にはどうしても見放す事が出来ないのだ。


「……さて、中断してしまったけれど、ドレスの整理を続けましょうか」


「はい、お姉様」



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 その夜、父と母にドレスの件を相談したところ、是非貸して上げなさいと快く許可してくれた。

 それもノブレス・オブリージュであり、下位貴族を助ける事も高位貴族の務めなのだそうだ。



 殿下には相談したい事があると知らせ、また、時間が取れなければ、デビュタント・ボールの日に早めに登城するつもりであると手紙に書き記した。

 手紙の内容は検閲されてしまう可能性があるので、自分や家族から直接渡せる時以外は、詳しいことは書けないのである。


 殿下からの返事には、今は事情があってどうしても城を離れる事が出来ず、私を城に呼ぶ事も出来ないため、相談に乗る事が出来ない、と非常に申し訳なさそうな文面で書かれていた。

 また、デビュタント・ボールの日に時間を作るから、一人ではなく、必ず父か兄と共に登城するようにと書かれていたのだった。


 私は忙しい殿下に時間を取らせてしまって申し訳ない気持ちになり、謝罪と感謝の意と、会うのを楽しみにしている旨を手紙にしたためた。

 殿下はよほど忙しいのだろう、普段ならメッセージカードの一枚ぐらいは贈って下さるのだが、今回はその手紙に対する返事は来なかった。



 ドレスの直しは、ブラウン公爵家の繕い物を担当している使用人が、丁寧に仕上げてくれた。

 背中は要望通りリボンでサイズ調整出来るようにリメイクされていて、これならプリシラでも問題なく着られるだろう。

 急な無茶振りにも早急に対応してくれる使用人達には、御の字である。



 プリシラには、結局手紙は出さなかった。

 彼女のバイト先であるパティスリー『さん爺のおやつ』が年末年始休暇に入ってしまったからである。

 まあ、プリシラの事だから自前でドレスが用意出来なくてもちゃんと予定通り登城するだろう。



 ********



 そして年が明け、デビュタント・ボールの開催される日。


 デビュタント・ボールは今年社交界デビューするデビュタントが登城し、陛下や王族に挨拶をする式典だ。

 他の国では分からないが、王国では挨拶が済んだ後、デビュタント達の特権で王族とダンスを踊る事が許されている。


 デビュタント・ボールは昼過ぎに始まるので、私は白いボールガウンとグローブを馬車に積み、兄と一緒に午前中から登城していた。


「お兄様、付き合わせてしまって申し訳ありません。本来でしたら新年の夜会までゆっくり出来る予定でしたのに」


 この王国では、デビュタント・ボールの後、少しの休憩を挟んで新年を祝う夜会が開かれる。

 国内の殆どの貴族が一堂に会し、陛下に新年の挨拶をするのだ。


 私や兄はデビュタント・ボールには参加しないので、ドレスを届けた後は夜会まで時間が空いてしまう。

 一度帰っても良かったのだが、夕方には馬車が混雑して入城に時間がかかるし、私は他の招待客を気にせず安心して待機できる王太子妃教育用の部屋も賜っているので、そのまま城で待つ事にしたのだ。


「いや、大丈夫だ。それよりもエミリアを一人にするのは心配だし、殿下に何を言われるか分からないからな」


「お兄様も殿下も心配性ですわ。もう子供ではありませんのに」


「心配なものは心配なんだ。今日は色々な人間が集まるから、私や殿下から離れずに過ごせ。絶対に一人では行動するなよ」


「……わかりましたわ」


 普段から兄は私やモニカに対して過保護である。

 その度合いは父以上で、モニカの留学を最後まで反対していたのも兄だった。

 それにしても、今日はいつもより更に強めの口調だ。

 地方からも沢山の貴族が来るから、声を掛けられたり失礼があったりしないか心配なのだろう。



 城内にある王太子妃教育用の部屋に到着すると、馬車に積んでいた白いボールガウンと、後で着替える自分用のイブニングドレスをクローゼットに仕舞った。

 兄は椅子に腰掛けて、優雅な所作で紅茶を飲みながら書物を読んでいる。

 私も兄に倣って紅茶を飲んで殿下を待った。


「……殿下、遅いですわね」


「ああ、そうだな。手が離せないのかもしれないな」


「ええ……」



 結局、いくら待っても殿下は現れなかった。

 普段の殿下だったら、どれだけ忙しくても手紙の返事を疎かにしたり、伝言もなく私を待たせることはしないのに。

 何かあったのではないかと心配になり、兄に尋ねてみたが、エミリアは知らなくていい、という予想外の返答が返ってきて私は益々心配になったのだった。



 私は顔見知りの女官に、ピンクの髪色で制服を着ている女子がデビュタント・ボールのために登城するはずだから、登城したらここに呼んでデビュタント用の衣装に着替えさせてほしいと頼んだ。

 また、私の名は出さず、友人からの厚意だと伝えてほしいとも。

 プリシラは、それが殿下からの贈り物だと勘違いするだろう。



 そうして私は兄と共に別室に移動し、不安と胸騒ぎとほんの少しの寂しさを感じながら、プリシラが登城するのを落ち着かない気分のまま待ったのだった。

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