第22話 モニカの帰省

 エミリア視点です。


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 学園がウィンターホリデーに入り、ブラウン公爵家には久しぶりに家族が全員揃っていた。

 私は今、兄のナイジェルと共に庭先で妹のモニカを出迎えている。


「モニカ、久しぶりね! 元気だった?」


「お帰り、モニカ」


「お兄様、お姉様! とってもお会いしたかったです!」


「お父様とお母様も中で待っているわ。寒かったでしょう、さあ、中へ入りましょう」


 私達兄妹は庭先から玄関へと向かいながら、歓談する。

 前庭では、モニカを出迎えていた使用人達が荷物を馬車から下ろしていて、皆吐く息が白くなっている。

 先週降った雪はもう残っていないが、外は身を切るような寒さである。


「先週の大雪で帰って来れなくなるんじゃないかって、エミリアは大騒ぎしてたんだぞ」


「まあ! お兄様ったらひどいわ! お兄様だって心配していらしたじゃない!」


「えへへ、心配して下さってありがとうございます」


 数ヶ月前と変わらない太陽のような笑顔で、モニカは快活に笑った。

 手紙でも知らされていた通り、隣国でも楽しく過ごしていたようだ。


 ブラウン公爵家は全員が金髪碧眼で美形一家であるが、私が母似なのに対して、モニカはどちらかというと父に似ている。

 私や母はしっとりとした大人っぽい顔立ちだが、モニカははっきりした顔立ちで目が大きい、童顔ぎみで快活な印象の美少女だ。

 ついでに兄のナイジェルもどちらかというと母似で、気品のある端正な顔をしている。


 程なくして玄関扉をくぐると、エントランスホールには父と母が待っていて、モニカを暖かく出迎えたのだった。



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「それでね、向こうの学園で舞踏会があったのだけど、王国とはまるで違うのよ! 皆伝統衣装を着て、伝統音楽に合わせて軽快なステップを踏むの。曲の途中で何度もパートナーが入れ替わるし、男性同士や女性同士でも分け隔てなく手を取り合ってダンスをするのよ」


「へぇ、初耳だわ。楽しそうね」


「とっても楽しかったわ! お姉様、私留学に行って本当に良かったと思ってるの。本で読んでいるだけでは分からないことも、肌で感じる事が出来るんだもの。その国の風、花の香り、食べ物の味、人々の考え方や大切にしている事柄も、実際に行かなくては感じられないことだったわ」


「ふふ、モニカはすっかり成長したみたいね。生き生きしていて、とっても素敵だわ」


 夕食の後、私はモニカと居間に残ってお喋りをしていた。

 私とモニカは一歳違いで、幼い頃から仲が良い。

 ただし私は内向的で、刺繍やピアノ、絵画など一人でも出来る遊びが好きだったのに対し、モニカは活発で、歌やダンス、女性ながら兄と一緒に乗馬も嗜んでいた。

 それでも話は弾むのだから、不思議なものである。


「そうだわモニカ、ホリデー中に殿下が観劇に誘って下さったのだけど、その日モニカも一緒に街に行かない? アレクと四人で」


「わぁ、楽しそう! でも、いいの? 殿下とデートなんて久しぶりなんじゃないの?」


「私はいいのよ。それに、殿下にもモニカを誘ってもいいか、ちゃんとお伺いしてあるわ。モニカだって、アレクと会うの久しぶりでしょう?」


「それじゃあお言葉に甘えようかな。えへへ、何着てこうかなぁー! 街に行ったら角のお店でジンジャークッキーを買って、きらきらに飾りつけされた大きな木の前で休憩がてらココアを飲んで……」


 モニカはその日のことを考えてウキウキしている様子で、それを見ていると私も嬉しくなってくる。

 だが、私にはまだ家族に話していない秘密がある。

 父や母や兄には今の所話すつもりがないが、モニカは別だ。

 恋人のアレクが巻き込まれているからである。

 だが、どうやって話せば、そもそもどうやって切り出せばいいのか……。


「あれ、お姉様、どうしたの? 何か悩んでる?」


「え? あ、ごめんなさい、少し考え事をしていて……」


「……そっか」


 結局、今はまだ、モニカには話せなかった。

 明日は王太子妃教育で王城に行くから、その時に殿下に会えたら相談してみようと結論づけたのだった。



 ********



 殿下やアレクと相談した結果、やはりモニカにはまだ話さなくて良いのではないかという結論になった。

 アレクはモニカを巻き込みたくない様子だったし、殿下もモニカが勘付くまでは言う必要がないと判断した。

 ……まあ、遅かれ早かれ私が泣き虫になってしまった事には気付くだろうが、プリシラの件が片付くまでは、上手く誤魔化すしかないだろう。


 その日は殿下とアレクが私を公爵邸まで送ってくれて、モニカとアレクは一時の逢瀬を楽しんだのだった。

 その間、普段なら私達も居間でのんびりお茶を楽しんでいるのだが、その日は殿下と父と兄で仕事の話があったようで、三人は父の書斎に籠ってしばらく出て来なかった。


「何のお話をされているのかしら。お父様もお兄様も普段から登城なさっているからいつでも会えるでしょうに」


「そうね……でもエミリア、城には色んな所に耳目があるものよ。もしかしたら殿下は不用意に城で接触したくないのかも知れないわね」


「成る程……」


「殿下を取られちゃって寂しい?」


「お、お母様! そんなこと……っ」


 母は悪戯な微笑みを浮かべているが、目の奥は優しく笑っている。

 母は、最近私と殿下との仲が良好なのを好ましく思っているようで、時にはからかい、時には優しく話を聞いてくれるのだ。


「……ねえ、エミリア。最近あなたに何があってそのような変化をもたらしたのかは分からないけれど、母は今のあなたをとても好ましく思いますよ。きっと、殿下もあなたのその変化に触発されたのね。以前より頼もしくなったわ」


「……お母様……」


「これまでもあなたたちは仲が良かったけれど、心の奥では繋がっていない感じがして、少し心配していたの。でも今はもう誰も付け入れない、深い絆が結ばれたみたいね。今の二人ならもう大丈夫。二人で支え合えば、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする王城でも、しっかりやっていけるでしょう」


「……はい。ありがとうございます」


 私は、深い愛を感じられる母の激励にほろりと来てしまった。

 お母様は私や殿下のことを、きちんと見てくれていたんだ……。


「あらあら、泣かないでエミリアちゃん。小さい頃も泣き虫さんだったけど、最近すっかりまた泣き虫さんに戻っちゃったわねえ」


「ふふ、嬉しくて……。というか私、泣き虫だったのですか? 全然覚えていません」


「そりゃあそうよ、まだこーんな小さい頃よ。モニカよりよく泣いていたわねぇ。ナイジェルも面白がってしょっちゅうエミリアに悪戯をしてたっけ」


「まあ、そうでしたか……! お兄様は昔から意地悪でしたのね!」


 ふふふ、と居間に二人の暖かい笑い声が満ちる。

 私は昔から泣き虫だったのか……。

 ――もしかしたら、いつか殿下が言った通り、泣き虫の私は心の奥底でずっと眠っていたのかもしれない。

 私よりずっと早くこの現実を受け入れてくれた殿下の懐の深さには、本当に感謝してもしきれない。



 ********



 今日は待ちに待ったお出掛けの日。

 殿下とアレクは、昼前に私とモニカを公爵邸に迎えに来てくれて、街に繰り出したのだった。


「ふふ、ウキウキしますね」


「この時期はホリデー特有のワクワク感があるな」


「……ねえ、アレク、あの二人いつの間にあんなに距離が縮まったの」


「……今年度が始まってから色々ありまして。最近は仲が良すぎて俺も時々困ってます」


 馬車を降りてから、私と殿下は自然と、どちらからともなく手を繋いで歩いていたのだった。

 後ろで何やらヒソヒソと話し声がするが、街のざわめきにかき消されてよく聞こえない。


「……アレク」


「……おっ、俺にはまだ早いですっ。どうぞ腕をお取り下さい」


 ちらりと後ろを見ると、モニカがアレクに手を差し出しているが、アレクは真っ赤になって、かわりに腕を差し出していた。

 モニカは一瞬不貞腐れたような表情をするが、すぐに悪戯な笑みを浮かべると、アレクの腕を両手で取ってピッタリと密着した。

 アレクは蒸気が噴き出しそうになっている。


「アレクとモニカ嬢は仲がいいな。私達もするか?」


「あ、あ、あんなに密着したらわたくし気絶してしまいます! ご容赦くださいませ!」


 私が真っ赤になってそう言うと、殿下はふっと楽しそうに笑ったのだった。

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