第12話 茶会のその後

 ラインハルト視点です。


 ********



 茶会の会場設営を終えて、私とアレクは学園の校庭に来ていた。

 女子が茶会をしている間、男子は剣術の訓練である。

 王太子である私は身の安全のため、騎士のアレクは教師よりも強いためという理由で、剣術訓練の不参加が認められている。

 アレクは、プリシラ嬢に指定されたこの場所に私を案内すると、校舎の陰に姿を隠した。

 私はベンチに座って、ひと月かけて準備した仕掛けは上手く作動しただろうか、エミリアは泣いていないだろうか、と想いを馳せていた。



 私達が茶会のテーブルに施した仕掛けは、単純な物だ。

 エミリアが座る席を決め、そこにテーブルを設置し、エミリアは、一度座ったら動かないようにする。

 プリシラ嬢は確実にエミリアに話しかけに来るから、エミリアは他の令嬢に被害が及ばないよう、上手いこと誘導してプリシラ嬢から距離を取らせる。

 他の令嬢達がある程度プリシラ嬢の側から離れた所で、エミリアの足下に巧妙に隠してある、テーブルに繋がった紐を踏む。

 そうすると、テーブルが突然壊れて傾き、上に置いてあった物がプリシラ嬢に倒れかかる。

 紐は細くて見えにくい物を使うから、踏めば切れて、テーブルに引っ張られて場所が変わる。

 エミリアの関与は疑われない、はず。



 この仕掛けを用意する上で大変だったのは、踏めば切れるほどの細い紐で、どうやってテーブルを傾かせるのかという点だった。

 学園のテーブルを一つ拝借し、放課後に三人で隠れて集まっては角度や強度を緻密に計算し、何本もの紐をテーブルに這わせて、テーブルクロスのサイズやテーブル上の備品の重さまで計算し尽くした。

 エミリアは可能な限り小さな動きで紐を切るコツを習得した。

 まさに努力の結晶、数学と物理学を駆使した王太子謹製の自信作なのである。えっへん。


 後はエミリアの演技力と誘導力の問題だが、それは正直心配していない。

 彼女は公爵令嬢、茶会での振る舞いや令嬢達の扱いについては百戦錬磨だ。

 私が心配なのは、彼女がプリシラ嬢に何か言われて辛い思いをしていないかということだけである。




 私がそうしてしばしベンチに座っていると、校舎の中から誰かが出てきた。

 ピンクの髪、ピンクの瞳、クリーム色のドレスを身に纏ったプリシラ嬢である。

 彼女はすぐに私に気がついて、近寄ってきた。

 当然である、この場所に私を連れてくるようアレクに指示したのはプリシラ嬢なのだ。


「殿下ぁ……!」


 プリシラ嬢は、わざとらしく眉を下げ、泣きそうな表情を作る。

 ……エミリアが同じ表情をするとすごく心配になって、私も泣きたいような気持ちになるほど心を掻き乱されるのに、プリシラ嬢のこの表情を見ても、何も感じない。


「プリシラ嬢、今は茶会の最中ではないのか?」


 プリシラ嬢に呼びかけられたので、私は仕方なく話しかけた。


「はい、でも……私、出てきちゃったんですぅ。エミリア様が、ひどい事をするんですぅ……」


「エミリアが?」


「……はい。私のドレスを馬鹿にして、とっても悔しくって……。それで抗議したらぁ、テーブルにあった紅茶で私のドレスを汚したんですぅ」


 そう言って、プリシラ嬢は私にドレスのシミを見せる。

 エミリアは上手くやったようだ。


「そうか……可哀想に、汚れてしまったな」


「……私ぃ、恥ずかしながらドレスはこの一着しか持っていなくて……。今の流行りのドレスも分からないし、買うお金もなかったんですぅ。やっぱり、貧乏な男爵令嬢にはこの学園に通う資格なんて、なかったんでしょうか……」


「……それは、違うぞ。学びたいと思う気持ちに爵位も貧富も関係ない。君には何か目標があって、それに向けて勉強するために学園に入学したのだろう? ならば、周りの目など気にせず邁進すれば良い」


 私は本心からそう言った。

 プリシラ嬢は、その言葉に何か感銘を受けたようで、先程までのしおらしい演技はやめて、目を輝かせていた。


「やっぱり、ラインハルト殿下は最高に素敵な方ですぅ。ありがとうございます、私、元気が出てきましたぁ! 頑張りますっ」


「ああ、頑張れよ」


 そうして、プリシラ嬢はぺこりと元気に挨拶をして、走り去っていった。

 裾がほつれていて踏んづけそうだが、大丈夫だろうか。

 ……あ、転んだ。



 ********



 プリシラ嬢がいなくなると、アレクが姿を現した。

 アレクは私に一言断ると、そのままプリシラ嬢を追った。

 話を聞きに行くようだ。


 それからまたしばらくして、校舎から令嬢達が出てくるのが見えた。

 エミリア達三年生の令嬢もいる。

 エミリアは――目にハンカチを当てていて、周りの令嬢達が慰めている。

 私は思わずエミリアに駆け寄った。



「エミリア……! 茶会は終わったのかい? 何故泣いているんだい?」


「あ、殿下……何でもないのです」


「……何があった?」


 エミリアは何も言わなかったが、周りの令嬢達が説明をしてくれて、私は事の次第を聞いたのだった。



「……それで、プリシラ嬢は自分で紅茶をこぼしたのに、それをエミリアのせいにして出て行ったと」


「はい。エミリア様は、裾がほつれていて危ないとご指摘なさったのですよ? エミリア様はプリシラ様を馬鹿になんてしていませんし、ずっと座っておられましたから誓って何もしていませんわ」


「ええ、あの令嬢は注目を集めていましたから、会場の殆どのご令嬢が一部始終を見ていたと思いますわ」


「……それなのに! エミリア様はお優しいのですわ! あの令嬢が恥ずかしい思いをした上に、大切なドレスにシミを作ってしまい、可哀想だと涙を流しておられるのです」



 なんと、エミリアはプリシラ嬢に同情して泣いているというのか。

 濡れ衣を着せられたというのに、なんと健気な……。



「だって……ドレスを手縫いで直すのは、とても根気のいる大変な作業なのですよ? しかもプリシラ様はお裁縫、苦手ですのに……。それを、ひと月かけて一生懸命直されたのだろうなと思うと……私、涙が……」


「そうだったのだな……。御令嬢方、話してくれてありがとう。エミリア、さあ、こっちにおいで……」


 私がエミリアを呼ぶと、エミリアはおずおずと前に出てきて、潤んだ瞳で私を見つめた。

 私は、いつものようにエミリアをそっと抱きしめ、頭を撫でてやった。

 私がこうすると安心する、とエミリアは言っていたが、私もこうするとエミリアの体温を感じられて落ち着くのだ。

 だが、今日は違ったようだ。


「で、殿下、皆様が見ておいでですから……」


 エミリアは恥ずかしそうに頬を染め、私をやんわりと押し返した。

 周りの令嬢からはきゃあきゃあと黄色い歓声が上がっている。


「いいじゃないか、エミリアは私の大切な恋人だ」


「殿下……」


 これ以上エミリアを困らせてもいけないので、私はエミリアからそっと手を離した。

 エミリアの友人の令嬢達は、一言断って先に校舎へと戻っていった。


「エミリア……よく頑張ったな」


「……はい」


 エミリアの目から、また一筋の涙が流れた。

 私はそれを指で拭うと、先程より少しだけ強い力で、再びエミリアを抱きしめたのだった。



 ********



「あれ、テーブル壊れてないですね」


「そうだな」


 私はアレクと共に茶会の会場の後片付けをしながら、小声で話していた。

 真っ先にエミリアの座っていたテーブルに向かい、仕掛け付きテーブルの証拠隠め……もとい、後片付けをする。


「御令嬢方に聞いたが、プリシラ嬢は自分で転んで紅茶を被ったらしい。トラップを作動する必要が無かったのだろう」


「そうですか……まあ、それはそれで良かったんじゃないですか」


「ああ、そうだな。この仕掛けを使っていたらかなり盛大に散らかるから、紅茶どころじゃなくクリームやフルーツまみれになっていただろうしな」


 御令嬢方が一生懸命焼いたお菓子や、エミリアが活けた芸術的な花や、学園の安い茶器が無駄にならなくて良かった。


「それで、プリシラ嬢の様子はどうだった?」


「非常に満足そうにしてましたよ。気味が悪いほどご機嫌でした。転んで草まみれでしたけど」


「そうか、なら上手くいったと考えていいな」


「ええ、そう思います」


「次の予定は聞いたのか?」


「はい。次は……」


 それを聞いて、私は自分の顔がぱあっと明るくなるのを感じた。


「殿下、なんだかんだ楽しんでますね」


 アレクの呆れるような言葉を聞き流し、私はウキウキしながらせっせと後片付けをするのだった。

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