第30話 夢

 あれから、どうやって自宅に帰ったのか覚えていない。


 気が付いたら自宅のマンションに帰っており、万年床に仰向けになっていた。

 ちゃぶ台に散らばる無数の空の缶ビール。どうやら、ひとりでしこたま飲んで、そのままアルコールに身を任せて墜落したみたいだ。


 時刻は深夜二時。

 うう、頭が痛い。

 意識が朦朧とする。眠りたいのに、目がギンギンに覚めて落ちることができない。まるで無限に続く苦しみだ。何が正解だったんだろう。今でも、正解不正解の違いがよくわからない。途中までは、あんなにいい感じだったのに。

 急に『さよなら』。

 全く理解できない。一体どういうことなんだ。


 枕元に置かれたスマホに目をやる。先ほど、木掛さんに『もう一度、会えませんか?』と送信したのだが、当然の如く彼女から返信は入っていない。もう既に彼女の中では蹴りのついた問題であり、俺と取り合うつもりもないのか。ため息まじりに画面を伏せて脇に置いた。


 もう、木掛さんのことは諦めた方がいいのだろうか。

 まさか、あんな形で終わるなんて思ってもみなかった。

 彼女から告げられた通り、要するに合わなかった。

 これなんだろうか。

 まあ、よくあることだ。俺なんてそんなもんだ。恋愛経験なんて0だし、駆け引きなんて理解不能だし、告白してもないのに勝手にフラれたことだってある。


 てゆうか。


 だいたい、木掛さんもよくわからないよな。こう言っちゃなんだけど、はっきり言って意味不明だし。いきなり態度を急変させたら、こっちだってどうすることもできないじゃないか。


 ああ、もういいや。

 木掛さんは高嶺の花だったんだ。

 そう思うことにしよう。

 俺には合わなかったんだ。

 そうだよ。

 合わなかっただけ――


 ――なんだけど。


 さっきから全然、彼女の笑顔が離れてくれない。


 フラれたのにはきっと何か理由がある。

 その理由を知りたい。

 付きまとったりしたら彼女に迷惑かな。

 でも、なんだろう。

 彼女は何か深い闇みたいなものを抱えているのではないか。彼女自身もどこか諦めたように言っていた。


――私がこんな性格なんで、きっとうまくいきません。


 こんな性格って、きっと心配性のことだよね。そりゃあ、最初は戸惑ったけど、段々とそのリズムに慣れてきたし、次第にかみ合ってきたし。


――私と営治さんが合わないってことが、よくわかりました。


 多分これって嘘だよな。

 だって、水族館で木掛さん、めちゃ楽しそうだったよ。ずっと笑顔だった気がする。

 だから尚更。何でこんな急に。

 彼女が本当に伝えたかったことは何だろう。

 それを聞いたうえでなら納得も……。


 いや違うな。何聞いても納得なんてしないだろ。


 それに――『彼女』がじゃなくて、『俺』だろう。


 自分が何をしたいかだろう。


 フラれてるんだけど、このまま流されるままに終わるなんて出来ない。

 木掛さんに会って真意を確かめたい。

 こんなことを飽きるぐらい延々と考えていたら、いつの間にか深い眠りについていた――。


 ◆◇◆◇


 その夜、夢を見た。


 変な夢だ。やけにはっきりと覚えている。その夢の中で、俺は仰向けになって青い空を眺めていた。


 ああ、良い天気だな。雲一つないや。

 暫し、その光景に見惚れていたが、どうにもこうにも体が動かない。

 おかしいぞ。

 力の限り右往左往するが、うんともすんともいわない。視界に映る俺の手足はやけに細長く、ところどころに矢じりのような棘が生えており、六本あった。


 なぜか、俺は虫になっていた。


 一匹の虫となり、ひっくり返って身動きがとれずにいた。


 なんだこりゃ。やばくないか。おまけに全身強く打ったように痛い。

 焦りが更なる絶望感を生む。どうすることもできない。まさに絶体絶命。


 誰か助けてくれ……! 


 すると、俺の声なき叫びが天に届いたのか、見上げた空を覆い隠すように人影が現れた。


 その人はにこりと笑うと、俺に優しく手を差し伸べた。その手は温かく、柔らかく、触れられるだけで、先ほどまでの不安が嘘のように心が穏やかになった。太陽の光に照らされた、金色に染めた髪。その子は俺に向かって、何かをつぶやいた。


 そして、はっと目が覚める。


 まだ夜は明けていない。

 背中が汗でびっしょり濡れており、未だアルコールが抜けきっておらず、うううと呻く。


 朦朧とする頭で考えた。


 この夢の続きはどうなるんだろうか。

 虫になった俺が彼女に助けられて――。


 いや待てよ。


 これって、どこかで似たような光景を見たことがある。

 確か――。

 

 ずきんと痛みが襲う。まだ飲みすぎて頭も痛い。

 何かが引っかかるのだが。

 

 再び、墜落する。


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