第3話 学校集金の督促

「まぁ、集金の督促は河田さんに任せて、クラス運営に集中したらいいって。今年は高校入試もあるんだしさ。大倉さんは、たまに家庭訪問に行った際に、フリースクールでも勧めたら?」

四月当初の学年会の席で、学年主任の鎌田はにこやかに言ってのけ、自分は一番手のかからないクラスを、さっとかっさらって行った。

        

「三年所属の先生方、大倉さん親子と工藤さん親子が来られました。今、待機場所の図書室に入ってもらいました。」

河田が入れてくれたあったかいお茶を飲んでいるとき、事務員が声をかけてきた。開始時刻四〇分も前である。

「まだ校長先生と教頭先生が校長室で、PTAの役員の皆さんとご歓談中だから、開始時刻まで待ってもらうよう、声をかけてくるわ。」

鎌田はウエットティッシでさっと手を拭いた後、図書室に向かった。

「大倉親子は来ないかと思っていたけれど、来たねぇ。親父がひっぱたいて連れてきたのかなぁ。」

「さぁ。やはり中卒資格だけは、欲しいんだろうね。」

弁当を食べ終わった職員は空き箱を片付けながら、職員室向かいにある図書室に視線を向けていた。

「河田先生、集金の件は卒業式あとでもいいですよね。」

「ええ。私は構いません。一年の学納金担当の坂東先生も大倉さんのお父さんに用があるみたいなので、式が終わったら一緒に図書室に行きます。」

「一年が?何かあったんですか?」

「大倉さつきさんには、一年生に弟がいるんです。お姉さんの卒業と同時に、今度、弟さんが転校することになったんですよ。でも弟さんもお姉さんと同じように不登校気味で、お父さんはほとんど集金を払ってくれなかったため、未納金があるんですよ。督促の電話をしても出なかったそうで。きっと中学校の電話番号を登録してあって、出ないようにしているんでしょうね。」

督促電話をかけても出なかった父親。私は先ほど河田からもらった、最終請求書をもう一度見た。

「卒業証書ホルダー、五百円。河田先生、本当にこれしか未納はないの?」

河田はお茶を一口飲んでから私の方を見た。

「ええ。」

「受験に向けてのセミナー代とか、学校集金とかは?」

「ありません。給食は二年次から止められていますし、視聴覚費やPTA会費、生徒会費とかは、不登校になって家庭ともあんまり連絡がつかなくなってきたときから、学校長が請求せんでいい、って言ってくれたんです。何を言っても払うつもりは向こうにはないんだろうからって。学年集金は学校に来ていない、さつきさんの分を抜かして注文をするようにしていました。でも業者さんには、いつさつきさんが登校してくるかわからないから、登校してきたらすぐに下さいね、って声をかけておいたんです。」

さつきの分まで注文していた頃、業者とのやり取りの中で、返品手続きが一番大変だったのだという。だから途中からさつきの分を入れないで注文をすることにしたそうだ。

「河田先生、大変でしたね。」

「そんなことないですよ。森川さんが何度も電話の協力をしてくれたから、今日こうやって親子そろって来てくれたじゃないですか。ほとんどの学年職員が、主任の鎌田さんの意思に逆らわず担任業務のみを行なっているのに、森川さんは私が学納金を任された二年前から、他の滞納者に対しても一緒に督促電話をかけてくれたじゃないですか。本当に感謝しているんです。」

人間的に鎌田が嫌いだから、鎌田の意向に背いただけであって、好き好んで督促の電話をかけたわけじゃない。この仕事を初めて十年以上になるが、やはり保護者対応は苦手だ。

 河田はもう一口お茶を飲みながら、大倉さつきの弟の方が、集金業務が大変だったことを教えてくれた。

「一年の学納金担当の坂東先生と、弟の担任の松下先生は、ほとほと疲れておられましたよ。」

 弟の方は四月当初は順調に通ってきていた。しかし六月ごろから徐々に足が遠のくようになり、夏休み後は一度も登校をしなかったのだという。

「やっぱり体が臭いだの、指摘されたみたいで。あと、お弁当が変とか。これは難しいですよね。お母さんの母国にはお弁当の習慣があってないようなもんだから。」

冬休みに入る前に、担任の松下が家庭訪問した際、父親に奇跡的に会えたのはよかったのだが、

「こんなもん返すから、今までの集金未納分をこれでチャラにしてくれ。」

と子どもの教科書やワークブック、体操服を束にして突き付けられ、

「もう二度と家庭訪問に来るな!」

と言い放たれ、玄関から外に突き飛ばされたという。

終業式の日、松下が手首に包帯を巻いていたのは、突き飛ばされた時に手首をひねったのが原因らしい。生徒達にはリストカットした~とはやし立てられていたが・・・。

「私は自分の携帯電話から掛けたから、大倉の父親が携帯に登録していない番号だったし、何だろうと思ってうっかり電話を取ってくれたんですよ。学校からの電話は取ってくれないですもんね。さつきは、結局卒業はしますが、進路は決まっていません。父親は、どうでもいいみたいで、フィリピンに戻すなど言い出してね。七年程担任業務を経験してきて、進路が決まらなかった生徒は初めてで、自分の力不足を感じます。」

「あの子は誰が担任しても進路は決まりませんでしたよ。主任の鎌田さんが担任でも決まらなかったと思います。そんな予測が彼女の中に立っていたから、大倉をあなたのクラスに押し付けたんじゃないですか。進路指導は学年職員のチームプレーです。一人で背負っちゃいけない。気にしちゃダメです。」

そう言うと河田は、ウィダインゼリーを私によこしてきた。

「楓ちゃん、袴はいて来るって言っていたから、きっとお昼ごはん食べられないだろうなぁって思って、昨日スーパーに買い物に行ったときに、ついでに買ったんですよ。卒業式の後は保護者との話し合いです。長くかかるかもしれないから、おなかに入れておかないと。」

「おー、ありがとうございます!」

「これ、私が担任していた時代は、よく重宝していました。こういう時以外も、胃が痛い時とか、食欲がない時とかね。」

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