1.2 部活動とは?

金曜日の放課後。俺は体育館のギャラリーからバスケ部とバレー部の練習風景を眺めていた。


  今ここに居ると言うことでもうお気づきだろう。決まらなかったのだ。そもそも初めから俺が部活を始めるなど間違った考えだった。


  ギャラリーの鉄柵にだらりともたれていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「入りたい部活は決まったか?」


  田辺先生だ。1つに縛った長い茶髪を揺らしながら俺の隣へ立ち、鉄柵に体を預ける。


「どう思います?」


「その様子じゃ決まってないな。でも本当に毎日色んな部活見て回ってたんだな色んな人から聞いたぞ」


「色んな人……?」


  なに?いつの間にそんな知名度が上がったんだ?もしかして俺には知り合いというものが存在していたのか?俺が気付かないだけで既に出来ていたのか?


「ああ、どんよりとした顔の男が戸の隙間から見ていたとか、練習中ずっと不気味な男が睨み付けていたとかな。お前のことだろ?」


  なんだ、いたのは友達でも知り合いでもなく、ただのアンチか。期待して損した。


「完全不審者扱いじゃないっすか」


「気にするな。誰でもそう思うだろう」


  この人は俺を学校から追い出したいのかよ。残念!卒業証明書貰うまでは意地でも残り続けるからな!


「それで、なんなんすか?取って置きの部活ってのは。パンフレット見た感じ特別目を引くような珍部活ありませんでしたけど」


  田辺先生はフッと口角を上げ笑うと胸を張り階段の方へ歩き出した。


「まあついてこい」



 ***


 

  歩き慣れた薄暗い廊下を進む。体育館の方向からはダムダムと叩きつけられるボールの音、音楽室からは吹奏楽部の演奏が響き渡っていた。


  うちの学校の校舎は少し特殊な構造をしている。1階から最上階の4階までが吹き抜けになっているのだ。その為、体育館以外棟は別れておらず、各クラスの教室と特別教室とが中央の吹き抜け構造を境に隔てられた海外の刑務所のような造りだ。


「どこに向かってるんですか?」


「もうすぐ着く」


  質問と返答が合っていない。


  そんなことも気にせず田辺先生は姿勢よくスタスタと歩みを進める。


  こう見るとこの人意外にスタイルいいんだな。ジャージでここまで足を長く見せられる人はそういない。顔も誰もが目を引く美人というわけではないが美形ではある。なぜモテなかったのだろう。


  ………性格か。

 

  階段を下りて一階に到着。黙ってついては来たものの、この階には部活として使う部屋などない。強いて言うなら……


「着いたぞ」


「……は?」


  嫌な予感は当たってしまったようだ。教室から溢れ出る光は俺には最もそぐわない文字を照らし出していた。


「生徒会執行部だ。来週からはここの一員として活動して貰う」


  田辺先生は不気味な笑みを俺に向けた。もうその顔やめてくれ。明らかに貶めようとしてんのバレバレだから。


「いやいやいや、無理ですよ。生徒会なんて生徒の見本でしょ?自分で言うのもなんですが俺は教員の求める優等生ではないですよ」


  勉学に励み部活でも成績を残した上で口答えせず黙って教師に従う。だいたいの教師がこんな生徒を望んでいるだろう。が、俺は違う。成績のみ優秀な一番扱いづらいであろう生徒である。


「そもそも君は優等生じゃないだろ。それにこんな晴れやかな場に君は相応しくないことくらい私も分かっている」


  他人から言われるとなんかキツいな……このまま帰ろうかとも思ったが目の前に仁王立ちする女教師から降り注ぐ眼光が俺の脚を食い止める。


  これぞまさしく“蛇に睨まれた蛙”改め“田辺に睨まれた柳橋”。


「そうっすか……。じゃあなんでここに俺を?」


  俺の質問を聞くと田辺先生は顎をさすりながら答えた。


「最近は生徒会人気なくて、入る人少ないんだよ。そのせいで仕事が追い付いていないらしい。それで使いやすい労働力を探していたって訳だ」


「なるほど……要は雑用が欲しかったってことですか」


「そんなことはないぞ!ちゃんと条件があったんだ」


  先生は手をブンブン振ると、ポケットからメモの一枚を取り出し俺に見せつけた。それを俺は口に出して読む。


「えーと……真面目そうで、頭が良くて、扱いやすそうな人……」


「な?お前にぴったりだろう?」


  嬉しそうにニカッと笑いそう言うとメモを再びポケットに押し込む。


  本当にただの雑用じゃねぇか。俺は小さくため息を溢し先生へと向き直る。


「それで俺は具体的に何をするんですか?」


「ああ、生徒の相談役だよ。ここ最近生徒会が行ってる活動の一つに生徒の悩み相談があるんだ。学校ホームページで相談に乗って内容によってはその後本人に来てもらう。その活動に当てる人員が不足しているらしくてな。勿論、誰のどんな相談にも乗り、出来る限りの協力はしてもらう」


「無理ですよ。第一、俺に相談したがる奴なんていないでしょ?」


「確かにそうかもな。でも相談の殆どは匿名だ。相手が誰だろうと分からない。あと、言い忘れていたが、この仕事は生徒会の補佐であって正式な生徒会役員じゃない。もっと言えば正式な部活ですらない」


「それはぶっちゃけどうでもいいですけど……」


  あんな腑抜けた陽キャ集団に入れられてたまるか。あいつらとの壁を表面上で作ってくれるのならばむしろありがたい。精神的な壁は何年も前から既に仕上がっているんだから。


  俺はふと生徒会室を覗く。中には一群と呼ばれるような活発な男女がわちゃわちゃとしている。確かに、こんな集団に質問するのに、実は俺みたいな奴が答えているなど誰も疑わないだろう。けどな……、


「さすがにタダ働きってのはどうかと……」


  楽な仕事と言えど無報酬でやるほど俺もお人好しではない。生徒の悩みなどたかが知れてる。引き受ける以上どんなくだらんアホな相談にも乗らなきゃならないってことだろ?


「全く……お前はそういう奴だったな」


  田辺先生は呆れ顔でおもむろに自販機へと歩きだした。ゴトと飲み物が落ちる音がしたあと片手に缶のブラックコーヒーを一つ持って戻ってきた。

  そしてそのまま俺へ手渡す。


「ほら、これでいいか?気が向いたらまた買ってやる」


「分かりました。やりますよ。でも俺ブラック飲めないんで次からは別のにしてもらっても良いですか?」


  はいはいと適当な返事をしながら田辺先生は生徒会室の前を通りすぎ奥の暗がりへと進んでいく。


「どこ行くんですか?俺はもう帰ってもいいんですか?」


「まさか。これから君の部室を案内するから着いてこい」


  振り向きながらそういうと、生徒会室の一つ奥の薄暗い部屋に明かりをつけた。


「ここは第2生徒会室。今は教材置き場になっているが昨日私が掃除しておいたから十分綺麗だ」


  人差し指で近くの棚をスゥッとなぞりうんうんと頷いて見せた。


  この人俺がどの部活にも入らないの確信してたのかよ。


「それは有難うございます。わざわざ俺専用の部屋とその掃除までしてもらって……」


  これであの気まずいランチタイムも乗りきれそうだ。嫌なんだよな、自分の席で食べてるのに席開けてくれないかなみたいな目で見られるの。こちとら逃げ場がないんだよ。

 

「専用?それは違うな。お前以外にももう一人頼んである。おっ、噂をすれば……」


  軽く背伸びして俺の後ろへ視線をずらす。直後、


「すいませーん!遅くなりました!」


  背後から高く透き通った声が俺の鼓膜を揺さぶった。


  振り返るとそこには赤茶色のショートヘアーの女子生徒がやや息を切らしながら立っていた。茶色身を帯びた瞳にシルクのような肌。急いで来たのか、頬はやや紅く染まっている。

 

  そして、彼女は俺を見るや否や、にこりと微笑んだ。


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