第29話

「俺がタァサスの球場を使ってしまったからですか?」


 俺はアキオード次兄夫婦を追い出すような状況に納得できていない。


「フユルーシにこの屋敷を譲るのは偶々だ。球場が他の屋敷の近くであったとしてその屋敷をフユルーシに譲ったとしよう。

それでも、アキオードはここを離れフォーニック伯爵位を継ぐことになった」


「フユ。私のことは気にするな。私はフユのようなアイディアは浮かばないから堅実な領地経営が合っているんだよ」


「ガルフのこと、メッセスから聞いたのですか?」


「いや。メッセスは十年計画書を提出すると言ったのだが、ワシが断った。楽しみはとっておきたいからな」


 三人が嬉しそうに笑った。


 アキオード次兄夫婦の引っ越しはすぐにという話ではなかった。まずはアキオード次兄が管理人をしている三地区の新たな管理人を雇い引き継ぎをする。

 引き継ぎが終わればアキオード次兄夫婦はまずは王都に引っ越しをしてハルベルト長兄の元で領主としての仕事を学びその後爵位の譲渡となる。


 ガルフ事業について父上もハルベルト長兄もいくらでも金を出すと言ってくれたが、俺はこれまでの小遣い以上の分は全て借金にしてもらうことにした。


「確かに、その方がフユも遠慮なく金を使えそうだな。もしもがあっても、商会を引き継いでから返してくれればいいしな」


 ハルベルト長兄はすぐに納得してくれたが、俺に甘い父上は「気にする必要はないのにのぉ」とブツブツ言っていた。


「タァサス湖周辺はフユに任せた。十年、いや、まだ学生だから十二年か。十二年は税金も取らないから好きにしてみろ」


「それより早く税金を払えるようにしたいと思っているよ」


「我が領地の税収が増えるのは大歓迎だ」


 ハルベルト長兄が豪快に笑った。


 そして翌日、ハルベルト長兄夫妻、アキオード次兄夫婦、ナツシェリア姉夫妻は午前中からガルフセンターへ行った。そちらはウルトとメッセスに任せた。


 俺に行くことを止められた父上は不機嫌を隠すことなくサロンのソファにふんぞり返っていた。


「なぜワシは行けないのだっ! ナツに見せたかったのにっ!」


「昨日はそのためにセンターにいたのですか?」


「うふふ。旦那様はガルフに夢中で、毎日午前中二時間午後二時間はセンターへいらっしやっていたわよ」


 母上は父上のいたずらを報告するように楽しげだ。


「そ、そんなにっ! だからですね……」


「何がだっ!?」


「父上。嘘はつかないでくださいね。今、右手の小指のつけ根辺りが痛いのではないですか?」


「っ!!」


「まあ!! 貴方、お怪我をなさっていらっしゃるの?」


「怪我というほどではないっ!」


「ですが、痛みはありますよね?」


「…………少しだけだ……」


 父上はサポーターにボールをセットされているのを待つ時、頻繁に患部を擦っていた。


「それを放置するとドライバーが握れなくなりますよ」


 父上は眉を寄せたが、わかったとは言わない。


「わかりました」


 結局は俺が折れた。


「父上。午前中は本当におやすみください。昼食後、ご案内いたしますから」


「どこへだ?」


「それはお楽しみにしてくださいよ。俺の十二年計画はお楽しみになさってくださるのでしょう?」


「っ!!! わ、わかった」


「うふふ。では、貴方。わたくしと温室でお茶をいたしましょう」


 母上が父上の気を紛らわせてくれるようだ。俺はニーデズとネンソンたちを連れて急いで庭へと向かった。

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