第2話 砂と催眠

・ケース3 ザントマン


「敵か……?」

「違います聖騎士団長! チートスキルで私が呼び出した魔物、ザントマンです! 剣を構えなくていいですから」

「ということは魔王の復活を阻止するのか、異界の勇者よ! どうして今なのだ? なぜ? 今この場で?」

「あの、魔王とかそういうのは一旦置いといてですね。私が寝るために魔物の力を借りれないかなーと思ったんです。妖精が魔物に分類されるかどうかが不安でしたが、杞憂でしたね」


 説明を聞いてなお、聖騎士団長は首を傾げている。戦闘以外でこの魔物召喚のチートスキルを使うことは、彼女の中では想定されていなかったらしい。

 復活前の魔王を倒すためにはまずは睡眠時間を確保したいこと、そのためにチートスキルを応用的に使っていることを聖騎士団長によく説明して、納得してもらった。ついでに呼び出したザントマンにも同じことを説明しておいた。

 ザントマンはこちらの言葉に、うんうんと頷いていた。話は通じてるのかな。

 というわけで私はパジャマに着替えてもう一度ベッドに戻ってきた。お付きの聖騎士団長と、もちろんザントマンも一緒だ。


「じゃあ、お願いします!」


 私の呼びかけに応じて、ザントマンが砂袋から眠りの砂をつかんで、浴びせかけてくる。これで眠れるって本で読んだはずなんだけど……。

 なお聖騎士団長は、ザントマンという魔物に会ったことはないそうだ。名前も特徴も知らないとのこと。

 魔女のおばあさんを含むこの神殿の関係者は、魔物に対する知識が薄く、なるべく魔物について詳しい存在を異界から召喚し、勇者として迎え入れたい。そういった理由で私が呼ばれたらしい。

 どうしよう私も詳しくないんだけどな。ライターのお仕事やってる関係で、雑学程度に魔物のお話を知っている程度なんだけど……。なんだけ……ど……?


「待ってこれ! ザントマンの砂、眠くなるっていうか……。物理的に目つぶしして目を閉じさせてるだけじゃないですか?」


 気づけば顔中が砂まみれになっていた。もちろん目を開けてはいられない。そんな状態でも執拗にザントマンは私の顔に砂を浴びせてくる。ザパー。


「ザントマンの伝承はたしか、『夜になると人々の目に砂を投げ込み瞼を閉じさせる』だったはず……。伝承の通りですけど、こんなんじゃ眠れないですよ! しゃべると口に砂が入るぅ……ぺっぺっ」

「スヤァ……」

「え? 聖騎士団長は寝てますこれもしかして?」


 隣で寝息が聞こえるので、砂まみれの瞼を開けて確認しようとすると、何かが顔に乗ってきた。

 ザントマンが小さな体で瞼に乗り、強引に瞳を閉じさせようとしている。


「思い出したこれも伝承にあった! この妖精、やること物理的過ぎる!」

「スヤァ……」


 あまりの衝撃に私の目は余計に冴えてしまった。

 眠いのに眠れない……! 交感神経が無駄に活性化している……!


・ケース4 バンパイアロード


「成る程。面白い話を聞かせてもらったぞ、人間よ」


 私に向かってバンパイアロードがそう言った。

 ザントマンで眠れなかった私は、続けて新たな魔物を呼び出して眠ろうと試みた。しかしこのチートスキルには「午前と午後に一度ずつ」の制限がある。なのでザントマンを追い返した後も、しばらく能力を使うことは出来なかった。

 深夜0時を回るのを待った。眠い。眠いなら寝ればいいのに横になると寝付けないという、不眠あるあるに悩まされる私。明日からもこれが続くと思うと、頭がごにょごにょしてうがーっとなって、余計に眠れなくなった。

 結局日付が変わるまで待って次に呼び出したのは、バンパイア。その中でも上位種の、バンパイアロードを呼んでみた。


「ということで、バンパイアロードを呼んでみたわけです……」

「ふむ。ザントマンの次手番というわけか。些か納得のいかぬ順だが」

「ザントマンに眠らせる力が全くないって知ってれば、呼び出す順番も違いましたよ!」

「あの砂に眠らせる力がないわけではないぞ? 実際にそこの女はザントマンの砂で寝たのだろう?」


 バンパイアロードが聖騎士団長を指し示す。座ったまますやすや寝ている。


「えっ? これは……なんとなく雰囲気で寝ちゃった感じなんじゃ、ないんですか……?」

「いや、ザントマンの砂には眠らせる力がある。但しその力は微量のものだ。疲れていて眠いものには効果覿面、更には瞼を閉じさせ強引に眠りにつかせる。ヤツはそういう妖精なのだ」

「砂にも眠らせる力がゼロではなかったんだ……! なるほど、聖騎士団長は私に付き合って昨夜もあまり眠れてなかったから、ザントマンの砂が効いてるんですね。私はツッコミに回って目が冴えちゃったから効果を実感できなかったのかな……?」

「今はお前もだいぶ眠そうに見えるぞ。ザントマンの砂で眠りにつくことも可能なのではないか?」

「そうですね……今ならそうかもしれないですけど……。午前と午後に魔物を一人ずつの制限があるので、今呼び出しているあなたに頼るしか……」

「どうして欲しい、人間よ」

「催眠術をお願いします……」

「よかろう」


 切れ長の瞳が私を見つめる。

 そのまま吸い込まれるように、私は眠った――。


 ――翌朝。私は眠りから覚めた。

 傍らには既に目覚めた聖騎士団長と、彼女とにらみ合いを続けるバンパイアロードがいた。


「お、おはようございます……」

「おお、目が覚めたか、異界の勇者よ!」

「あの……聖騎士団長はどうしてバンパイアロードとケンカしてるんですか……?」

「ケンカをしているわけではない。こいつはあくまで魔物だからな。睡眠中の勇者に手を出さぬよう、見張っていただけだ」

「手を出すも出さぬもない。この人間の命令に従うしか出来ぬ我が身だ。正午を過ぎて召喚の時が終わるまではな」


 ずっとにらみ合っている聖騎士団長とバンパイアロード。絵になる。かっこいい。


「それはそうと異界の勇者よ。どうだったのだ? 眠れたのか?」

「えっと、それが……実はなんというか微妙で……」

「はっはっはっはっは」


 私の言葉を聞いて、バンパイアロードが語らかに笑った。


「魔物め……異界の勇者に何か仕組んだか!?」

「あ、慌てないでください聖騎士団長! 私は別に何もされていません! 何もされていないのが、良かったというか……悪かったというか……。うまく説明できないんですが……」

「催眠と睡眠は違う、ということだろう?」


 バンパイアロードが放った言葉に私は、「そう! それです!」と食いついた。

 そのままバンパイアロードは話を続ける。


「催眠状態というのは、意識が残った上で暗示をかけられている状態だ。眠りに落ちて外界からの情報が遮断されている状態とはわけが違う。催眠をかけられても眠ってしまうわけではない」

「本当それなんですよ……! 催眠と睡眠が同じもののわけがないのに。昨夜は寝不足で、そこまで考えが回ってなかったんです、私……」

「ということは異界の勇者よ、貴方は先程まで眠っていなかったのか? ベッドでよく寝ていたように見えたが」

「寝たか寝てないかで言うと、寝てました! ただそれはバンパイアロードの催眠で眠っていたというよりは、催眠をかけられたままで次の暗示の指示が来なかったので、目を閉じたまま何もやることがなくて……そこに寝不足が重なっていたので……。一応眠れたというか……」

「眠れたのであればよかったじゃないか! 問題解決なのではないか、異界の勇者よ」

「それがそう簡単なものでもなくてですね」


 さしあたって今は眠れた。しかしそれは、寝不足と、強力な催眠と、催眠暗示待ちで何もしていなかったという特殊な条件が重なって成立したものだ。こんなことめったにない。

 睡眠と催眠の区別がつかなくなって、なんとなくバンパイアロードを呼んでいるのもよくない傾向。判断力が低下している。

 徹夜明けの翌日、昼間はずっとボーっとしていて判断力が落ちていて、その日の夜には多少は眠れたけれどまだ寝たりず、次の夜にもまた不眠が襲ってきて……眠れないとまた徹夜明けのような状態で日中を過ごすことになり……ボンヤリしっぱなしの昼と夜がローテーションされる……という、危険なループに近づきかけている!

 これを抜け出すために薬を処方してもらっていたのに! だってその薬が手元にないんだもの異世界だから。


「今夜はもう、同じ催眠では眠れそうにないですし……何か他の手段で眠る方法を探さないといけない……。あーこの不安が、今夜も眠れない予感を増幅させる!」

「異界の勇者はナイーブだな」

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