第29話 勇者

「簡単な仕事だったなぁ! おい!」

「あぁ、女しかいなかったな」


 ドン、とテーブルの上にジョッキが叩きつけられる。

 そして、その周りにはである金貨が詰められた袋がおいてあった。


 小さな部屋の中にいるのは、6人の男たち。

 その内、5人が大きなテーブルを囲んで、勝利に拠っていた。


「金稼いでるって話だったからよぉ、どんなもんだと思ってみりゃ……思わぬ収穫だったな」

「まさか金貨400枚も手に入るとはなァ。しかも、これ全部俺たちのもんなんだろ!?」

「あァ、錬金術師アルケミストたちも不気味なもんだぜ。金は要らねぇなんてな」


 そういったのは、ひときわ大きな男。

 テーブルの上に置かれている酒や飯は、彼の前にやや多い。


 それが、彼がこの集団の長であることを簡潔に知らせていた。


「恨み買ったんだろうな。錬金術師アルケミストたちは、プライドが高ぇからよ」

「へへ。目立たず暮せばあんなことにゃならなかったのによ」

「違いねぇ」


 男たちはそういうと、大きく笑った。

 そして、酒を好き勝手に煽る。


 その時、長は……1人外れた場所にいる青年に怒号を飛ばした。


「おい新入りィ! てめぇもこっちきて酒飲めよ!」

「……いらん」


 陰気じみた表情。腰には一本の剣。

 彼は部屋の隅に座り込むと、剣についた血を拭き取っていた。


「あァ!?」

「まぁ、まぁ、ガザンさん。あいつだって、ここに顔見せてんだから良いってことにしてやりましょうよ」

「チッ、まぁ良いけどよ」

「それに新入りが入ってきてから、俺たちの仕事は増えたじゃないっすか。良いことですよ」

「……そうだな」


 ガザンと呼ばれた大男は、部下からそう言われて怒りを抑え込んだ。


 彼らがいるのは貧民街スラムの中にある小さな建物の中。

 

 彼らのようなものを盗賊崩れ、と呼ぶ。


 元は魔王との戦争中に口減らしとして捨てられた農家の三男や四男が徒党を組んで盗賊をやっていたものが、戦後の治安維持によって狩られたことにより……貧民街スラムの中で非合法の活動をやりはじめたのだ。


「俺たちゃ、まだ小せぇ集団だけど。これだけの金がありゃ大きくなれる。今日の事件が広がりゃ、俺たちの名前はこの街に広がる。最も勢いのあった錬金工房アトリエをぶっ潰した、俺たちの名が――!」


 そうガザンが吠えた瞬間、窓が爆ぜた。


 ドウッ!!!

 と、まるで砲弾のような音を立てて、木っ端微塵になった窓ガラスの巻き上げる粉塵の中で、その場にいた全員が人影を見た。


 見えたのは、人影だけだった。


 次の瞬間、2人の両腕がとんだ。

 斬られたことにも気が付かないまま、その二人が蹴り飛ばされると壁を突き破って遥か後方へと飛んだ。


「誰だッ!」

「用心棒だよ。錬金工房アトリエのな」

「……お前、『神聖騎士団』にいたって噂の冒険者だな」


 ガザンはそういうと地面に落ちていた大きな斧を持ち上げようとした瞬間、右腕を撃ち抜かれた。


「……づぁ!」

「戦ったことも、戦い方も知らねぇやつらを斬るのは楽しかったか?」


 人影がそう尋ねた瞬間、しゅう……と、音を立ててガザンの右腕が腐食すると、筋肉がその重みに耐えきれずに地面に落ちた。


「お、俺の腕が……!」

「死にやしねぇよ。治癒魔法や、治癒ポーションを使えば治る。まぁ、それも」


 背後から人影に斬りかかろうとしてた2人が、ドン!! と、勢いよく地面に叩き伏せられる。押さえつけられた者たちは、ミシ……という異音をあげた床の悲鳴を聞きながら、さらに深く地面に沈み込む。


「誰かが来ればの話だけどな」

「新入りィ!」


 ガザンが吠えた瞬間には、すでにその青年は地面を蹴っていた。

 手にはまだ半分ほど血のついた剣を構えており、強く踏み込んだ勢いのまま斬りかかろうとして、


「……おせぇよ」


 人影は、その刃を片手で掴んだ。

 丁寧に、五本の指で捉えられた刃を青年は引き剥がそうとして大きく引いたが……まるで、山にでも食い込んだかのようにびくともしない。


「なんだ、お前……」

「用心棒だと、俺ァ言ったぜ」


 その瞬間、人影の放った蹴りをバックステップで回避したが、


「そのまま飛んでろ」


 腹部に風の砲弾が叩きつけられると――受け身も取れないまま、壁に激突。

 そのまま突き抜けて、路地を3回跳ねて減速。停止。


「誰から依頼を受けた?」

「……なんの、話だ」


 右腕が腐っていく恐怖を抑え込んで、ガザンは目の前にいる人影を見た。

 他のやつらよりも頭1つ大きなことを自覚しているガザンだったが……眼の前にいるのは、自分と同じ背丈ほどある。


 だが、粉塵のせいで影がかろうじて見えるだけで……まったくその姿は見えない。

 その不気味と恐怖はガザンの中に巣食っていたが、急に部下をのされた怒りによってなんとか気を保っていた。


「いや、別に答えなくても良い。

「何言って……」

「へぇ、こいつの名前はリベルっていうのか。見たことあンぜ。うちの店に来てたのも覚えてる」

「……お前、何を」


 ガザンは人影の声、初めて震えた。

 その名前は確かに自分たちに依頼をしてきた錬金術師アルケミストの1人だったからだ。


「依頼をしてきたのは4人。それぞれ金貨3枚ずつで、合計12枚か」


 その言葉に、ガザンは身動きすら取れなくなった。


「……なんなんだ、お前。なんでそれを」


 確かに自分たちに依頼してきた錬金術師アルケミストたちは4人。

 だが、そこにいたのは自分と錬金術師アルケミストたちだけだったはずだ。


 他に、人間はいなかったはずだ。


「あ? 言ったろ、見たって。《精神魔法》誰でも使える、簡単な魔法だ」

「う、嘘をつくんじゃねぇ! そんな魔法、聞いたことも……」


 ガザンがそこまで言った瞬間、腹部に信じられないほどの衝撃が走って……気がつくと、自分の体が空を浮かんでいた。


 それが、目の前の人影によって蹴り上げられたのだと。

 それが、屋根を突き破るほどの勢いなのだったと。


「堕ちてろ」


 気がつくよりも前に、真上からの衝撃がガザンの身体を叩きつけた。






「……チッ。あいつら、ちょっと使ってやがったな」


 5分もかからずに、壊滅させた俺は金貨を持ち上げて……重みから金を測った。


「まァ、良い」


 それを《空間魔法》の中にしまい込んで、依頼してきた錬金術師アルケミストたちの元に行こうとした瞬間、《風魔法Ⅲ》で吹き飛ばした青年が起き上がっているのが見えた。


 その手には、ナイフが握られている。

 どうやら、先程の魔法では威力が足りなかったらしい。


 《光魔法》で姿を消しているとはいえ、窓を蹴り飛ばしたときの粉塵のせいで完全に消えきっていない俺をまっすぐ捉えて、青年は吠えた。


「死ね」


 そして地面を蹴った瞬間……彼の身体は地面に沈み込んだ。


「真正面から戦う必要もねぇのに、やらせねぇよ」


 《重力魔法》で負荷をかけてやれば、それに対する訓練を積んでいない者など簡単に意識を手放す。


 俺はそれを確認すると、今度こそちゃんと錬金術師アルケミストたちの元に足を運んだ。


 ――その夜は、とても長い夜になった。

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