第11話 実行の有無

 結局、ダンジョンは20階層付近まで降りて他の冒険者たちを相手にポーションを販売して回った。最終的に売れたポーションは合計64本。手に入った金額は金貨12枚と銀貨80枚である。


「ごくろうだったな、ハザル。どうだった?」

「売れ行きはそこそこ。でも……楽しかった」

「ほう?」

「ポーションの値段は2倍なのによ。買うやつはみんな、喜んでくれるんだ。あれは気持ちいいぜ」

「商売とはそういうものだよ。困っている人から、金という対価を貰って価値を提供する。その楽しさも分かってきたんじゃないか?」

「あぁ、そうだな」


 そんなことを言いながら俺たちが座っているのは、ココットちゃんの錬金工房アトリエの住居部分。俺たちが宿無しだという話をしたら「だったら、家を使ってください!」と提案されたのだ。


 せっかくなので甘えさせてもらったし、良い子だとは思うのだが……今日あったばかりの俺たちを泊めてしまう彼女のこれからが心配になる。


 ちなみに今は夕食を作ってくれるということで、それも好意に甘えているのだ。


「で、今日の俺たちの今日の報酬は?」

「2人合わせて金貨7枚と銀貨60枚だ」

「一気に金貨10枚まで近づいたな……」


 通常のポーション額分を全部ココットちゃんに渡し、俺たちが売りつけた差異の差額をそれぞれ三分の一にして手に入れるという契約になったのだが、既に目標のファーストステップである『金貨10枚を貯める』に届きそうで俺は息を飲んだ。


「で、だ。私たちの利益についてだが」

「あぁ」

「私が全額管理する。とは言っても、明細は君に打ちあけるし、君にもちゃんと自由に使える金を手渡す。まず、君がするべきなのは収入に見合った支出を手に入れることだ」

「……難しいな。つまり、ソフィアが俺の金を管理するってこと?」

「半分正解で、半分間違いだ。とにかく、まず君がするべきなのは身の丈にあった生活を送る術を身につけることがあるということだ」

「はぁ……」


 俺が煮え切らない返事を返すと、ソフィアは肩をすくめた。


「借金を作るやつというのは、を使うやつだ。君もそうだろう」

「全くもって返す言葉もねぇ」

「だから、まず君がするべきなのは入ってくる額と使う額を揃えるところからだ。こればかりは慣れてもらうぞ、ハザル」

「……なら、俺が使える額は金貨4枚いかないくらいか?」


 俺たちの利益は次のように計算している。

 まず、ポーション本来の値段である1本銀貨10枚はココットちゃんのものである。

 

 さらに、ダンジョンや治療院におろした時の差額をココットちゃんと俺たちで半分にしている。


 だから、今日の利益は俺とソフィアで金貨7枚と銀貨60枚。

 これを半分にしたら、1人あたり金貨3枚と銀貨80枚だ。


「違う」

「おい、手に入れた報酬は50-50じゃねぇのかよ」

「聞け。もちろん、理由がある」


 ソフィアはそういうと、目の前にある銀貨を取り崩し始めた。


「良いか、ハザル。支出は収入に肥大する……つまり、『使う金は手に入れた額まで膨らむ』という法則がある。どれだけ節制しようとしても、この法則は変えられない。故に、金を貯めようと思えば手に入った段階で先に避けておくしか無いんだ」

「……ふむ?」

「簡単に言うとだな、金貨10枚を手にしたら私たちはなんだかんだ理由をつけてそれを全部使ってしまうということだ」

「ふむ…………」


 覚えがありすぎて俺は唸った。


「私たちが手に入れた金の内、まず2割を避ける。これは君の借金返済と、私が商会を立ち上げるときに使う資金だ。『目標達成資金』と呼ぶ」

「『目標達成資金』か。かっこいいな」

「貯金は自分のモチベーションを高めるところからスタートする。かっこよくいこう」


 え、そんな理由で名前つけたの?


「今日だと、利益が金貨7枚と銀貨60枚分だから……きりよく銀貨160枚を貯めるぞ」

「計算早いな」

「私は商人だぞ」


 そういって、ソフィアは金貨1枚と60枚の銀貨を避けた。


「無論、ここでの160枚は1人あたり80枚の貯金だ。安心しろ、ハザル」

「あー。なら、残った金貨6枚を半分か?」

「いいや。さらにここから、『短期目標資金』を分ける」

「『短期目標資金』」

「そうだ。私たちは一応、冒険者になるという目標を掲げている。これから先のことを考えて登録しておくのは悪くないだろう。それに加えてお前の武器を買う必要もある。それを達成する資金だ。これは、残された額の1割を取り除く。というわけで、銀貨60枚がここから無くなって残りは何枚だ? ハザル」

「金貨5枚と銀貨40枚」

「そうだ。そして、これを半分に分けたのが1人あたりの取り分となる」

「うむ……。なるほど……」


 ということは金貨2枚と銀貨70枚が1人の取り分だ。

 これじゃあ、1日酒場で贅沢しただけで全部消えてしまう。


 俺は取り分けられた貨幣を見ながら、ふと聞いた。


「……なぁ、ソフィア」

「どうした」

「これ、意味あんのかよ」

「どういう意味だ?」

「確かにお前の言うことは……金稼ぎに関しては道理が通ってると思うよ。でも、これって意味あるのか? こんな小さい額を貯めて、本当に目標まで……金貨100万枚なんて額、貯まるのか?」

「あぁ、そういうことか」


 俺の言いたいことを理解したのか、ソフィアはこくりと頷いた。


「つまり、ハザル。君はこんな小さな額を貯めるのではなく、もっと大きな額になってから金を貯めれば良い……。そう言いたいわけだ」

「おお、それだ! そういうことが言いてぇんだ」

「では私の答えは決まっている。もちろん、『意味がある』だ」

「……何でだ?」

「良いか、ハザル。貯金は金額じゃない。それをというところに意味がある」


 そこまでソフィアはいうと、「そうだな……」と言いながら人差し指をまっすぐ俺に向けてきた。


「例えばだ。銀貨1枚も貯金できない人間が、金貨100枚を得たときに『せっかくだから1枚くらい貯金しよう』と思って実行できると思うか? いや、答えなくても良い。その答えは君が一番よく知っているはずだ」

「…………」


 ソフィアの言う通りなので、俺は黙り込む。

 金貨10万枚を手にした俺は、それをすぐに0にしてしまっているのだ。


 いや、0どころじゃない。借金までしている。

 反論のしようもない。


「つまりだな、ハザル。これは習慣なんだよ。手にした報酬の内、一定割合を貯める。これは額がどれだけ小さくても……大きくなっても実行する。そして、残された額で生活する。これを繰り返す限り、0

「……そうだな。そりゃそうだ。お前の言う通りだ」

「地味なようだが地味なものほど効くんだ。大事なのはやりぬくということだよ、ハザル」

「勉強になるよ」


 俺がそう返すと、ちょうど部屋に大きな鍋を手にしたココットちゃんが入ってきた。


「なんのお話ですか?」

「貯金の話だよ、ココットさん」

「貯金は大切ですよねぇ。お母さんから口酸っぱく言われました」


 ソフィアに頷くと、ココットちゃんは机の上に鍋を置いた。


「今日はシチューです。たくさん食べてください!」

「ごちそうになる」

「美味しいですよ!」


 ココットちゃんは自信満々にそう頷くと、椅子に腰掛けた。

 俺が器に取り寄せると、ソフィアがそれを配膳する。


「いただきます」


 俺は木のスプーンで、シチューをすくい上げると口に運んだ。


「うま……」

「これは中々……」


 この街に来るまでは魚を川で取ったり、大して美味くもない木の実をかじって生活していたせいで、久しぶりに食べる人の料理に思わず二人してそう呟いた。


「えへへ。私、錬金術師アルケミストになる前は料理人になろうと思ってたんですよ?」

「そうなのか? なんでまた、錬金術師アルケミストに」

錬金術師アルケミストの方が早くお金を稼げるって聞いたからです!」


 そういって、にこにこしながらシチューを口に運ぶココットちゃん。


「実はお店を出してから初めて黒字になったんです。もし、ソフィアさんとハザルさんに出会わなかったから……ずっと赤字のままだと思うんです」

「……そうだろうな」


 嬉しそうに微笑むココットちゃんと対象に、何か言いたげに顔をしかめるソフィア。


「だから、お二人には感謝してもしきれないんです」

「いや、そりゃ違うだろ。感謝したいのは俺たちだよ」

「ど、どうしてですか!?」

「だって、こんな怪しい俺たちを信用して大事なポーションを売っても良いって言ってくれたんだぜ」

「それに、ココットさんのポーションの質が良いから高く売れたんだ。私たちの力は微力なもんだよ」


 俺たちはそういうと、笑いあった。


「さて、明日からはより忙しくなるぞ。ハザル、ココットさん」

「忙しく?」

「今日のは、あくまでも布石さ。さぁ、明日に備えて早く寝ようじゃないか」


 そういって意味深に微笑むソフィアの言っている意味が理解できたのは、本当に次の日になってからだった。





【目標達成資金】

 1.8/2000000

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