第8話 山じじ様
「はははっ、長い間やっていればな」
「百年、だったかのう」
「いや、三百年には、なっているだろうて」
「精進精進、精進にまさるものなしじゃのう」
二人で話しているようなのだが全部同じ声に聞こえる。
そっと茜のそばにきて聞いていた千代が、ハッとして目を見張った。口に手をやっている。何か心当たりがあるのだろう。
ノリも気になって仕方なかったらしく、草むらからのぞいてみようとしている。
ゆっくり草をかきわけようとして草の束をつかんだら、簡単に抜けて前に転がり出てしまった。
「だめ、」千代が思わず声を上げた。
「ん、なんじゃ、だれか、のぞいておったのか」
「邪魔をするのはいったいだれじゃ」
千代の体が小刻みに震え始めた。
オニが出たのだと茜は思った。
ズボンのポケットを探っているノリに茜は駆け寄った。
お守り。
取り出すのに手間取っている。
茜はノリの姿を後ろにかくし声をはり上げた。
「ごめんなさい。わたしたち、お邪魔してしまって。
知らなかった、んです。ん?」
その声の主たちが見当たらない。どこだろう。
どこから声がしていたのか。淡い光のほかはなにも見えない。
もっとよく見ようと近づくと、次第に、淡い光が球体になり回転した。
その中に、お爺さんがふたりいた。
ふたりの間には碁盤のようなものがあった。ふたつの顔がこちらを向いている。
長い髪、長いひげ、長い眉、そして身に着けている衣、そのすべてが真っ白だ。
双子のようによく似ている、というよりまったく同じ姿で、そして小さい。
球体は、茜が両手で抱えられるほどの大きさだった。
明かりの球体が宙に浮かび、茜の胸の高さになった。
「これはこれは、三人も客がおったとは」
「勝負に熱中しておったので、気が付かなかったのう。」
「もっともここいらには、わしらに気付いても、声をかけようと思うものはおらんが
な」
「恐れ知らずの奴らじゃのう」
面白がっているような口ぶりだった。異様な光景ではあるのだが、不思議と茜は恐怖を感じなかった。
「ごめん、なさい。ほんとに、・・・・
わたし、たち、さがしもの・・・・」
話しかけているのに口がだんだんもつれて、思うように声が出てこなくなった。
どうしたのか体の自由もきかなくなって動けなくなってきた。何かで全身を縛られてでもいるかのようだった。
後ろのノリも地面にうずくまり、固まっている。ポケットに手をいれたままだ。
「どうか、どうか、お許し、ください。山じじ様」
千代だけは違った。恐怖に顔を引きつらせてはいるが、茜のそばに進んで膝を折り、必死に頭を下げている。
「山、じじ、さま?」
茜とノリが目を見張った。
「おや、お前はいつぞやの」
「おおそうじゃ、どこかで見た顔だとおもったが、」
「思いのほか元気そうじゃの」
「そうかまだここにおったのか」
千代の知り合いだったのか。山仕事の千代をみかけたのか。
ふたつの顔がふっと笑ったように見えた。長い眉毛やひげのせいでまったく表情がつかめないが、頬がかすかにゆるんだように見えた。
するとまるで魔法でもとけたように茜とノリの縛りが消えて自由になった。
ノリはようやくポケットからお守りを取り出した。
「ほほう、ぼうず、なかなかいいものを持っておるじゃないか」
「しかし、わしらには、それは効かぬよ。はっはっは、」
「こんなとろこで、お前さんたちは、いったいなにをしておるんじゃ」
「いったい、なにをしておる」
興味がわいたのだろう。球体のまま近寄ってくる。
ほっと息をついて茜が口を開いた。
「えっと、この子、ノリは森の中でお兄ちゃんとはぐれて、多分今、ノリを探しているはずのお兄ちゃんを。
千代さんは、鬼にさらわれていたんだけど、家に帰る道を、さがしているんです」
「人というものは、常に、なにかを、探し求めておるものじゃな」
「生者も、死者も、常に、探しておるのだな」
三人を見回してそういうと、ふたりはまた碁盤に向きあった。
勝負の続きでも始めるのかと思いきや、ゆっくり顔を上げ互いにうなずきあっている。
「わしらも、探していたものがあったんじゃなかったか」
と同時にいい出した。
「なんじゃったかの」「うううむ、なんじゃったかの」
「思い出せん。お前はどうじゃ」「いやわしも、やっぱり思い出せんのう」
頭を傾げ考えている。
茜はさっきからずっと気になっていたことをそっと千代にささやいた。
「ねえ、山じじ様って、なに?」
「昔からわたしたちの村で、語り継がれてきたお話しの中に、
『山仕事に行くとき気をつけるもの、一番は、山じじさま』
というのがあるの。
人が入ってはいけないところに現れる。
そしてそれは、いつも碁を打っている姿だというの。
出会ったら決して目を合わせてはいけない。声をかけてはいけない。
邪魔をしてはいけない。それを破ると二度と帰ってはこれないといわれているの。
山の奥に入って、本当に帰ってこれなくなった人たちもいるのよ。
ある人は死ぬまでこき使われるといい、ある人は森の奥の奥、この世を支えているという大樹の養分にされると。そんな言い伝えなの。
それがこの山じじさま。」
「やまのかみさま、みたいな?」とノリもきく。
「そうね、山の神様のようなものね」
千代もその正体はわからないようだ。
それは怖いものなのではないのか。神様というよりは、やはりあやかし、もののけといわれるものなのでは。
ただ、今目の前のこの姿はどこにでもいるお爺さんたちだ。夜遅くまで碁の勝負に夢中になっている、近所のただのお爺さんたちにしか見えない。
「よしよし、それじゃあ、なにかはわからんが、わしらも、探しに行こうか」
「そうじゃのう、わしらも探しに行くとしよう。そのうち、探しているものが、みつかるじゃろうて」
山じじ様たちはどうやら話しがまとまったらしい。
球体が上へ上へと昇っていく。
見上げた球体はおぼろでまるで夜空のお月さまのようだ。
とそう思った次の瞬間、また茜の目の前に閃光がきらめいた。
そのまま、意識を失っていった。
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