第6話 あやかし?

 薄桃色に紅梅柄の着物を着ていた。

 長い髪は後ろでひとつに結い上げられ、髪にさした銀のかんざしがよく似合う。

 きれいな人だった。

  ただ、いかにも濃いお化粧で、真っ赤な口紅がつくりものめいている。

 何かのお芝居の役者さんのよう。

 ああっ、そうか。

 これからまさに映画かテレビドラマの撮影なのだろう。

 なのにタイミング 悪く声をかけてしまったのだ。

 自分はその撮影の邪魔をしているのだ。と茜はそう思った。


「あの、すみません。お邪魔してしまって。

 わたし道に迷ったみたいで、それで、ここがどこなのか教えてほしくて、

 あと、男の子を探してるんですけど・・・」

 女性は伏し目がちにうなずいた。

「そうですか。それは、大変でしたね。さぞご心配でしょう。

 それに、なんだかお疲れのようですね。

 よかったら、少しここで休んで行きませんか」

「い、いえ、教えていただけたら、すぐ失礼します」

  撮影するところなんか、ちょっと覗いてみたい気もするけれど。

「そうですか。それでは、せめてお茶でも、召し上がってください」

 

 女性の様子は奇妙だった。まったく声に抑揚がなく、無表情でぼんやりしている。 どこかに書いてあるものをただ読んでいるだけの機械的な話し方だった。目も合わせようとしない。

「いえ、あの、ここはどのあたり、ですか」

 こちらの問いかけには一切答えず、戸棚から急須と湯呑を取り出しお茶の用意を始めている。

 板の間に座布団まで出してくれた。 仕方なく茜はそこへ腰を下ろした。

 すぐに「どうぞ」とお茶を差し出された。

  ところが、湯呑を手にしたそのとき、開け放してあった戸口からノリが走り寄り叫んだ。

「だめ、おねえちゃん、それ、のんじゃだめ」

そして 思い切り茜の手をは らった。

「ガッチャーン」

 

 土間に湯呑の割れる音が響いたのを合図に、ふっと、あたりの景色が消えた 。

 気づくと森の中の狭い空き地の、ぽんと置かれたような木の切り株に、茜は腰かけていた。

 薄桃色の着物がふわりと浮かんで、ゆっくり宙を舞い、上へ上へとのぼって消えた。

  昼間の明るさは消え、まあるい月が高いところから覗いていた。

「今のは、なんだったの」あとは声にならず息だけがもれた。

 一瞬にしてかき消えた目の前の光景は、茜に大きな衝撃を与えた。

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 茜の肩に手を置いたノリは、いつの間にか小さな木の枝を持っていた。

「それはなに、なに持ってるの」

 ノリの手を取ると、

「おにいちゃんにもらった、ヒイラギ。 おまもりだって」

「お守り。

 ノリはなんで、あのお茶飲んじゃだめって思ったの?

 初めからあの家がへんってわかってたの?」

「うんとね、 まえにおにいちゃんがしてくれた、もりのこわいはなしを、おもいだしたんだ。

 だれもいないおうちに、おいしそうなたべものがあったりするんだけど、

 それ、たべたり、のんだりしちゃだめだって。

 それからオニもいるんだ。ひとをだましてたべちゃうオニが。

 ぼく、みたんだ。あのおねえちゃん、かげがなかった。

 あやかしのなかには、かげがないやつもいるんだって。

 これは、そんなあやかしのきらう、おまもりなんだ。

 おにいちゃんがくれたんだよ」

 ノリは、小さな袋にそのヒイラギの枝を入れ、大事そうにズボンのポケットにしまいこんだ。


「あやかし?妖怪とか、お化けとかいうやつ?

 そんなの昔話の中だけだと思ってた。

 あのお茶、飲んでたら、いったいどうなってたんだろう」

 ぞっとする。

「わたし、ノリに助けてもらったんだね。ありがと」

 ノリが初めて笑った。

 あの人は、人ではないもの、あやかし、だったのだろうか。

  わからない。わからないことだらけだ。

 それでもなぜかこのノリが、謎を解く鍵のような気がした。

「鍵」、その言葉は、一瞬何かを思い出させたような気がした。


 これからまた何が出てくるのかわからない。

 でも、どっちへ行ったらいいんだろう。

 ただ、この子に弱音は吐けないと茜は思った。

「よし、行こう。ここでグズグズしててもしょうがない。

 ノリのお兄ちゃんを探しにいこう」

 つとめて元気よく、笑顔で立ち上がった。

 

  ところがそこからいくらも行かないうちに、後ろから近付いてくる足音がした。

「待って、待ってください」

  か細い声も聞こえてくる。

 振り向いて駆けてくるその顔を見たら。

「きゃあっ、」茜は思わず叫んでしまった。

  叫びながら、ノリの手を握りしめ走り出した。

 お茶を差し出したあの女性だ。

 ノリのお守りで一瞬にして消えてしまった、この世のものではないもの?だったのだ。  



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