第7話 教育立村


 §1 無法教室

 小学校が再開された。

 一年生が四個体、二年生が二個体だった。

 もともとは、三月末まで七個体が通学する予定だったが、父親の勤め先が根来村にあり、根来の近くの動物小学校に入学することになったものがいた。


 複式学級だった。

 ネコ先生が一匹で担当した。教員の経験はあったが、ネコ先生は改めて教育の難しさを痛感した。

 イスに坐ることをしない。めいめいが勝手なことをしている。横になったり、しゃがんだり。飽きると教室内を歩き回る。果ては、取っ組み合いが始まる始末。おとなしいのは給食の時間だけだった。


 あまりに騒々しいので、イヌ校長が見に来た。

 校長も都会の学校で教えていただけに、この教室のありさまには愕然がくぜんとした。

 一週間が過ぎたが、事態は一向に改善しなかった。職員会議を開いた。

「あれだけ種類が多いのだから、ひとつの教室で同時に教えるのは難しいですよ。人間だけ集めて教育していても、問題が山積していると聞きますよ」

 校長は、人間の学校で飼育されているウサギからの情報を、思い出していた。


「そうですね。算数の時間に花壇に水をやったり、小刀で木工細工したりしている子がいたりして。都会の学校では考えられないことです」

 ネコ先生はぼやいた。

「先生! それですよ。いっそ、好きなことやらせてみては? その延長線上で、個々にどう伸ばしていくか考えればいい。豊かな個性の上にしか豊かな才能は花開きません。農業も同じでしょ。土壌がいかに肥えているかですよ」

「私、相変わらず、育てるのじゃなく、教え込もうとしていたのですね」


 §2 個性集団

 子供たちを自由に遊ばせてみた。

 ベルは始業と終業、それに給食時間を知らせるだけにした。


 野放しにして、よくよく観察すると、次のようなことが分かった。

 ▽ネコ子(母親がネコ先生)人形で遊ぶのが好き。ミルクを飲ませたり、オムツを代えたりして一日、実習している。

 ▽シカ也 木を削り、お猪口ちょこを作るのに夢中。図面まで描いている。お爺ちゃん用だと言っているが、一応警戒を怠っていない。

 ▽サル江 ネコ先生のアシスタント的存在。なんでもうまく真似まねる。

 ▽キツ男 木の葉を拾って来ては、呪文を唱えている。行く末が案じられる子の筆頭。

 ▽ウサ美 花壇でニンジンを育てている。見ただけで味がわかる、という。給食のニンジンはウサ子が選定する。

 ▽イノ太 やっと伸び始めたキバで校庭を掘り返している。父親の土建業を継ぐのが夢と日頃から語っている。


 §3 役割分担

「おっ。みんな元気よく勉強しているじゃないですか」

 校長が表情をくずした。

「ウサ先生。大変でしょうが、教育を学校だけでやろうとしてはいけません。限界があります」

「じゃ、どうすればいいのですか?」


 ウサ先生はかつて、担任していたクラスで深刻なイジメがあり、責任を取る形で離職した。あれは自分が至らなかったせいだと、今でも反省している。

「家庭と社会、それに学校の三者で分担するのですよ。それぞれ、出来ることと出来ないことがあります。補い合うのですよ。人間の社会が反面教師です。教育を学校に任せっきりにし、何かといえば学校の責任にする。先生だって、たまったものではないですよね」


「言葉が適切でないかもしれませんが、私、とても気が楽になりました」

 ウサ先生の声が明るくなった。

「生きがいをもって、仕事をすることですね。生きがいが感じられなければ、教員は止めるべきです。自戒をこめて申し上げました」


 校長とウサ先生は子供たちを集め、村の散歩に連れ出した。


 §4 国際化

 一行が村のはずれに差し掛かった時、長身のヤギに、声をかけられた。日本の動物離れした顔をしている。

「ちょっと、すみません。そこの古民家はどなたの住まいでしたか?」


 海の向こうから来たらしい。ロレックス・カーと名乗った。古民家のたたずまいに感動した、という。

「ボクも棲みますが、いつも日本にいるわけではありません。留守の時は、民宿にしたい。この村の方に管理をお願いできればいいのですが」


 校長は考え込んだ。

「だけど、カーさん。この村には電気は引けてない。観光客が来られても、テレビは見えないし、スマホの充電だってできませんよ。それに、料理はこの村で獲れた野菜や山菜、穀物くらいしかお出しできないのじゃないですかねえ」

「それがグーなのですよ」

 カーは親指を立てた。


 校長は村長室に、カーを案内した。

 村長は一も二もなく話に乗った。

「ありがとうございます。この村は、日本の桃源郷ですよ。永遠に護って行くべき遺産ですよ」

 カーは感激している。岩屋の天井に頭がつかえるのか、窮屈きゅうくつそうだ。


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