24 乱れる


 黒山羊の〈外怪物アウトワルド〉が、狂ったような形相で急な坂をも駆け上り、こちらに全速力で近づいてくる。


「新種か……不気味だな」

「黒い山羊? ……なんか怖い」


 ウリとガブがギアを解放し、一足先に前線に出た。

 レールに打ち付けられる鉄の拳から、無数の鉄球が射出させ、凄まじい勢いで互いに引き寄せ合い、黒山羊のほうへ直進。


 破裂した球体から光線が解き放たれて、黒羊達を焼き払う。


 ジャンヌレインの弾丸が光線の隙間を突き抜けていき、一頭の黒山羊の頭に突き刺さる。

 轟、と爆ぜた弾丸から膨大なエネルギーが放出されて、刃の如く、黒山羊の身体を次々切り刻んでいった。



 シグナルSOBが敵を察知する。

 導き出された数字は“EROO”。測定不能。


「敵が多すぎる……」


 ノアは下を見下ろし、顔を歪める。


 この下に多くの敵が待ち構えていては、下手にここを降りることができない。

 かといって、ここに留まったままでも、何れは敵の侵入を許してしまうだろう。


「ミカ、どうする?」

「どうするもこうするもねぇ。敵は全部殺す。それが俺達、異端者傭兵の仕事だろうが」


 背負った大剣をぐるんと振り回し、ノアの問いに即答するミカ。

 彼のハイマージャッジさえあれば希望はあるのだが、不幸にもそれはもう一人の所持者のほうへ渡っている。

 そもそもラファが無事である保証もない。ハイマージャッジには固有の所有者が存在しないため、他の傭兵に使われていてもおかしくはない。

 

「うっしゃあ!! 暴れるぞオラァ!!」


 大剣を構え、全速力で駆け出した。


 坂道で飛翔し、火花を散らしながら滑り落ちてゆく。


「ミカっ!!」

「心配すんな! 狙撃班は援護をするもんだぞ!」


 顔の色を変えるガブに対し、ギザ歯を覗かせながら告げる。

 襲いかかってくる黒山羊を踏みつけ、挨拶代わりに脳天へ斬撃を叩き込み、真っ二つに斬り裂いた。


 高く舞い上がった彼は、身体をぐいんと捻って回転し、円月のような斬撃を着地と同時に叩き込み、黒山羊どもを一気に叩き潰した。


「ははっ! 弱ぇ弱ぇ!」


 懐から手榴弾を取り出し、すかさずピンを抜いて大群の中へ放り込む。


 真っ赤な灼熱のエネルギーが爆ぜて、黒山羊の皮膚を赫ヶと焼き尽くし、一気に殲滅する。


「くっ……俺も行くしか……!」


 覚悟を決めたノアが、彼と同じようにして坂道を滑り落ちていき、黒山羊の大群へ突っ込んだ。



「大丈夫かな……ミカ。また見えなくなってないかな」



「ラファが何とかするさ。あいつは、ミカの“鎖”だからな」


 

 ウリはくい、とサングラスを上げながらボソリと呟く。

 唇を繕うガブに対し、彼は更にこう告げる。


「ガブ。俺はずっとお前の事が好きだった」

「……え……やだ、何急に」


 有り得ない事を口走る彼を、ガブは驚愕と落胆が入り混じったような表情の紅潮した顔で見つめた。


「さ、集中だ」


 再び彼はサングラスをくい、と上げた。




 ◇




 黒煙昇るドクタロプ第七区の街並みがよく見渡せる、廃棄されたビルの屋上にて、背筋が凍るような集団が列を成して並んでいた。


 その全員が、顔を覆う真っ黒な仮面を付けており、蝋人形のように頭を落とし直立している。

 隊列の中心で両腕を広げ、高笑いを響かせる男がいた。


 ヤハウェである。


「素晴らしい!! 計画は順調だ!! 私の望む世界が、着々と近づいてきている!!」


 感極まっていたヤハウェは、途端に肩を落とし、虚空を見つめた。

 仮面の電子盤にノイズが走り、彼は短くため息をつく。


「だが……まだ邪魔な存在がいる」

「〈Eヘレティクト〉そして……厄介な傭兵共……」


 隊列の方を振り向いて再び両腕を広げる。


「聞け、リバース・トゥルフの同志たちよ!」


 依然として頭を落としている仮面の集団は、微かに肩を震わせる。


「母なる神が降臨する為の用意は整いつつある! ただし! 邪魔が存在する限り、ニグゴートと邂逅することは不可能である!」


 ヤハウェは、聞いてるのかそうでないのか、よく分からない仮面の集団を前にしても、身振り手振りで熱く語り続けた。


「良いか? ニグゴートは母なる神である! 〈外怪物アウトワルド〉も我々人間も救ってくださる! 双方にとって幸福な世界を創り出してくださるのだ!」

「その身を捧げてでも、ニグゴート降臨を成功させるのだ! リバース・トゥルフよ!」


 彼が言い終えても、仮面の集団は声一つ発しなかった。


「さぁ、行け……邪魔者を排除せよ」


 その言葉を皮切りに、ようやく仮面の集団は動き始める。

 ぞろぞろ、ぞろぞろと、次々に屋上から姿を消していく。その様はまるでゾンビのようであった。


「〈異端者ヘレティクト〉よ。喜べ、貴様らはようやく、その苦しみから解放されるのだ」




 ◇




 建物裏の空き地に辿り着いたアルベルトらは、トシミツが蹴り開けた鉄扉の下に広がる暗黒の空間を覗き込んでいた。


「ここがそうか?」

「あぁ。やむを得ず退散したが……その先に行って、何か分かるなら行く価値があるだろう」


 防衛隊がどこまで進めたかは疑問であるが、大して進んではいないだろう。

 異端者傭兵制度が確立されたのも、初期に結成されていた防衛隊が弱すぎたからだ。

 そんな部隊が、〈外怪物アウトワルド〉の巣窟である地下施設でどこまで戦えたか。


 トシミツが先陣を切ってその下へ降りていく。


 ラファ、スルトと続いて降りていく。


 アルベルトも着いていき、梯子をゆっくり降りていく。

 トラウマが蘇るも、それはただの杞憂で終わり、難なく下まで降りることができた。



 薄暗闇に包まれた、二度見る光景。

 ラファは初めて見る様子であった。


「前降りた時は、ここが研究施設だったのに……」

「やっぱり構造がそれぞれ違うのね」

「……なんだ、貴様ら他も当たった事があるのか?」


 トシミツの先導で、薄暗闇の中を進んでいく一行。

 いつ、どこから、どんなふうにして敵が襲ってくるのか想定できない場所だ。

 アルベルトはギアをいつでも取り出せるよう、ポケットに手を入れて歩いた。


「蜻蛉の〈外怪物アウトワルド〉がいた。奴は強い。数は少なかったが、個の戦闘力が強力だ」

「フォービデンギア使えば余裕ですよ。ねー、アベル?」

「……そうね」


 スルトがにっこり笑いながら、彼女に吸い込まれるようにしてくっついてくる。まるで鉄と磁石のような関係であった。


「……アルベルト、と言ったか?」

「はい」


 トシミツが急に話しかけてきた。若干の戸惑いを見せるも返事をする。


「お前は司令の事を――カイの事をどう思っている?」


 アルベルトは目を伏せて、少し考え込んだ。


 そしてしばらくしてから、桜の唇を微かに動かし、消えそうな声で囁いた。



「もう一度、面と向かって話がしたい……です」



 聞いておきながら、トシミツは何も答えようとしなかった。答えて損をした。


 離れたと思ったスルトが、また近寄ってきて暗い彼女の顔を覗き込んだ。


「アベル。あとで、私とゆっくりお話ししない?」

「……」

「辛いことあったら、何でも言ってよ。私、なんでと聞くからさ」


 スルトの細い指が、アルベルトの指に絡まってくる。

 指先に痺れのような感覚を覚えた。


「話したら、楽になれる?」

「うん。声に出したら、うんと楽になれるよ」


 そんな光景を見て、トシミツはラファに尋ねる。


「おい……この国では女同士で恋愛をするのか?」

「日本じゃそういうの無かったのか? 今や世界の常識だ」


 トシミツは気味悪がるように歩幅を広げた。




 

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