6 闇に包まれて

 巨大人狼は激しく吼える。

 ここまで巨大な〈外怪物アウトワルド〉を外に出せば、甚大な被害が出るだろう。


 ――そもそも、何故ワルドが地下施設に潜んでいるのか。



 疑問ばかりであったが、ルルワが見せたかったというのは、この事らしい。

 わざわざ連れて来たということは、「倒せ」とでも言っているのだろう。



 フォービデンギアを解き放ち、真紅の矛先を敵へ向けた。


 揺らめいていた炎がふっ、と消えて、崩れ落ちるレンガの隙間から差し込む光が、淡く人狼を照らした。


 血に飢えた、乾いた咆哮が再び轟く。


 二本の腕で瓦礫を掴み、粉々にしてから投擲。


 迫りくる無数の岩石を、加速ブラストによる斬撃を駆使して全て砕き落とす。

 しかし、どれだけ砕こうと、奴の四つの腕から絶え間なく放たれ続ける岩石に押され気味になっていった。


 何とか奴の猛攻を耐え凌ぎ、しばしの好機が訪れる。


 トリガーを引いて加速ブラスト


 空気を焼き払いながら、瞬時に間合いを詰め、再び加速して強烈な斬撃を叩き込む。


 いくら強固な肉体であろうと、至近距離での高火力の攻撃は防ぎようがないらしく、どす黒い血液が吹き出て、彼女の頬を汚した。 


 滑るように後退し、再度加速ブラスト


 赤き閃光が走り、人狼の腹を切り裂く。


 巨大な手に掴まれる前に、岩のような身体を駆け上がり、空中へ飛翔し、脳天へ斬撃を叩き込む。


 しかし、どこを斬ってもいまいち傷が浅い。最初に叩き込んだ傷跡は、既に回復しているようだった。これでは焼け石に水である。


 部屋に飛び入ってきたスルトが、直立するルルワを庇うようにして射撃を行う。


 レンガ造りの壁や床を反射しながら、蒼き光線が、人狼の皮膚を焼き貫く。されど奴の体皮は強固で、目立った損傷は与えられているように思えなかった。


 その〈外怪物アウトワルド〉は、再び激しく吼える。鼓膜が爪で引き裂かれるような衝撃が伝わってきて、思わず足が竦んだ。


 すると、奴が降ってきた穴から、二頭の人狼と三頭の狼が救援に駆けつけた。こちらとしては、極めて厄介だったが、奴からすれば強力な助っ人だろう。


「セト! ルルワ! 下がってて!」


 スルトが二人を下がらせると、腰のベルトに取り付けられたポーチから、小さな鉄球を取り出して折れた銃身の中へと装填する。


 鳴り響く電子音と共に、レーヴァガンの銃身が粒子となって溶ける。

 粒子化した散弾銃は、彼女の両掌へ均等に分けて集中し、やがて二丁の蒼き拳銃を形作っていった。


「アベル、周りは私がやる。あなたはおっきいの倒して。あれはあなたじゃなきゃ無理だと思う」

「うん。分かった」


 アルベルトが踏み込み、炎がスルトの側を掠め、飢える獣らの隙間を一瞬のうちに駆け抜けた。



 二丁拳銃を構え、トリガーを引く。


 射出され続けるエネルギーの密集線は、狼の身体を貫くと飛沫のように弾け、奴の組織という組織を焼き尽くしていった。


 二体の人狼が立ち塞がり、弾丸の通りが悪くなる。

 されど、銃身を合わせ、標準を密集させてから撃ちまくる。止まることは無い。マガジンがすっからかんになれば、空の容器を叩き落とし、新たに装填して再び撃ち続ける。


 気づけば、二体の人狼は攻撃する隙もなく塵と化していた。


 飛びかかる狼の腹へ足裏を食い込ませ、動きが止まった所へ肘を落とす。


 背後から奇襲を仕掛ける狼へ一発撃ち込んでから、暴れる狼の身体を、銃口でなぞるようにしてエネルギーを照射した。


 すかさず振り向き、こちらに牙を向ける狼へ躊躇なく弾丸を解き放つ。


 最後の狼が塵になった。残るは、巨大な人狼あと一体。

 

 再度腿のベルトから取り出した球体を装填すると、解放されし赤い鎖が轟音を立てる。

 リレアチェインは放たれ、二対の先端が円を描きながらぐんぐんと伸び、人狼の身体に巻き付こうとした。


 しかし――、その四本の腕を封じる事は不可能であり、何とか腰に巻き付いた鎖は、あっさりと破壊されてしまう。


 鎖の欠片が床に転がり――刹那、恐ろしい巨体が空気を押し上げて高速移動。息を呑む暇もなく、アルベルトの前へ立ち塞がった。


(不味ッ――!!)


 回避は間に合わないと悟り、刀身を咄嗟に前へ構えた。


 その瞬間、一撃、ものすごく重たく、全身が奮い立つ一撃が、刃に叩き込まれる。踏みしめる両足は、折れてしまいそうだった。


 続いて二撃、三撃と人狼は容赦なく重攻撃を叩き込んだ。

 最後の重い一撃が炸裂した途端、彼女の防御態勢を崩され、反動で背後へと吹き飛ぶ。


 受け身を取る暇も与えられず、華奢な身体が石造りの壁に叩きつけられる。


「かはっッ……!?!」


 口から赤い飛沫を散らしたアルベルトは、よろよろと床へ倒れ込み、のたうち回りたい思いを必死に抑えた。


「アベル!!」


 分断させたギアを散弾銃のフォルムへ戻し、全エネルギーを銃口へと集中させた。

 薄目でそれを見たが、彼女は激昂するとすぐああする癖がある。――それも、自分がこうなったせいなのだが。


 エネルギー弾は人狼の腹を貫く。


 赤い液体が味気のない魔法陣を彩り、滝のように下へ零れ落ちていく。


 人狼は自身にできた大きな風穴を見て、呆然と立ち尽くす。しかし、その風穴はやがて肉に覆われ、塞がり始めた。あれだけ損傷を与えても、まだ駄目だとはスルトも思ってなかったようで目を見開いた。


 人狼が踏み込み、ワープでもしたかのように、突然彼女の目の前へ現れる。

 腕を交差させるように振るい、防御の間に合わない彼女の胴体を激しく切り裂いた。



 ギアを手放し、傷口を抑えて絶叫した。人狼は、トドメを刺そうとしている。されど、彼女は死ねない。奴が殺す為の一手を叩き込んだとしても、彼女に降りかかるのはあり得ない苦痛だけである。



 アルベルトは起き上がり、次なる攻撃が繰り出せる前に加速ブラストし、人狼を吹き飛ばす程の斬撃を叩き込んだ。


「スルト……」


 横たわるスルトの顔を覗けば、瞳が虚ろになり、口も聞けない状態だった。彼女を囲む赤い池を見れば、答えはすぐに分かる。


 レーヴァガンの横に転がる、小さな鉄球を手に取る。

 基本は彼女が使う物だが、致し方ない。


「借りるよ……」


 球体を装填すると、刃が粒子化し、彼女を取り囲むように浮遊する。

 やがて元の位置へ戻ると、五枚の巨大な刃を形作り、それは実物となる。


 カッ、と光れば、刃が重なり合ってグリップと連結し、五連に連なる噴出孔から炎が吹き出た。


 人狼はふらつきながらも立ち上がり、仕留めた筈の獲物が目の前にいる事に驚きながらも、牙を向けて戦闘態勢を取った。


 しばらく睨み合いが続き、僅かな静寂が辺りを支配した。



 人狼が吠え、膨大な筋肉を最大限に活用した高速移動を繰り出し、彼女へ急接近。


 同時に、加速ブラスト。交差された鋭利な爪の軌跡が、空中を虚しく斬り裂いた。


 冷静に見れば、奴の動きは極めてワンパターン。決して焦らず、平然さを――己を保つ。

 自暴自棄にならない、我を見失わない。戦いにとっては、それが重要だということを、彼女はようやく思い出す。



 またワンパターンな攻撃が彼女に降りかかるも、炎の残像を残して回避。

 アルベルトは腿のベルトから、インパクト用の球体を取り出し、ギアへ装填する。


 グリップから刃までを駆け抜ける、紅の稲妻が唸ると、五枚の重なった刃が分断され、各々で加速ブラストしながら、人狼の周りを取り囲んだ。


 自分が置かれている状況を理解する間もなく、人狼の身体を、暴れ狂う五枚の刃が鎌鼬かまいたちのように乱雑に斬りつけた。



 剣を構えるアルベルト。滲み出る炎が、晴天の空のように、蒼く光り輝いている。


 一昔前存在した、大地を疾走するバイクのエンジン音のように、空気を勇ましい音が振動させた。


 空気を唸らせる轟音より先に、蒼き閃光が走り、人狼の身体を貫く。



 刹那の静寂が訪れ、凄まじい衝撃波と轟音共に、人狼の身体は斬り刻まれ、空中に塵となって溶けていった。



 ギアを球体へ戻すと、アルベルトはすぐさま血の海に倒れるスルトの元へ駆け寄った。


 意識を失ってはいたが、傷の再生が始まっており、大きな爪痕が残されている胴体は、非常にグロテスクな状態であった。眉間にしわがより、時折苦しそうに声を上げる。


「……ごめんなさい。あなたをこんな目に遭わせてばかりで」


 スルトの白い頬を、優しく撫でる。すると、彼女の表情が、僅かながらに和らいだ。

 心配を掛けすぎたあまりに、こんな苦しみを味合わせてしまっている。心臓が締め付けられるようで、罪悪感で溺死できそうだった。


「行こっか」


 服が血塗れになるのも顧みず、スルトを抱きかかえ、その謎の空間を後にした。


(……この部屋は、一体……)


 魔法陣の中央で、微かに立ち昇る細々とした黒煙。

 じっ、と眺めていると、無性に喉が渇いて、ミルクが飲みたくなってきた。




 ◇




 暗闇の中でカイは、沢山のホログラムに映し出されたお偉い方々の視線を浴びながら、堂々と足を組んで椅子に座っていた。


『カイ・エヴィプティ総司令。君はいい加減、兵士の育成や一般兵器開発にもっと重きを置くべきではないか?』

「ほう……捨て駒は沢山あったほうが良いと?」


 バン、という台を叩く音と共に、中央のモニターに映る毛むくじゃらの男へ被さるようにして、ヒストグラムが展開される。


『これは、一般兵士と異端者傭兵の平均出撃回数をまとめたグラフだ。

明らかに、一般の兵士の活躍する枠が少ないとは思わないか?』

「実際そうなのです。不公平ではありません」


 カイはあっさりとそう言い切ってみせる。〈外怪物アウトワルド〉を倒すには、奴らの身体を軽々木っ端微塵にできる程度の武力が必要だ。

 しかし、一般兵士にフォービデンギアは扱えない。かといって爆弾を市街地で使わせる訳にもいかないため、ギアを扱っても問題ない〈異端者ヘレティクト〉が討伐任務に当たる機会が多いのは当然の事と言える。


『私が言いたいのは、公平さなどと、そんなチンケな物ではないのだよ。

君は〈異端者ヘレティクト〉を知っているのか? 数年後には化け物に、我々の敵となる存在なのだぞ? いくら薬があると言えど、いずれは供給が間に合わなくなる。

そうなった時、今までのようにいくかね?』


「どうでしょう……それは、なってみなければ分かりません。

兎にも角にも長官殿。そんな不確かな未来の問題より、明らかな現在の問題に目を向けませんか?」

『何?』

 

 カイは大きく両腕を広げて、手に持ったボタンを押す。

 彼の背後に映し出されたホログラムには、謎のシンボルが映っている。

 それはマインド・トゥルフの物に酷似しており、相違点はと言えば、三体の化け物を縛る鎖が無い点か。


「我々、治安維持組織に反旗を翻す者たち……その名も〈リバース・トゥルフ〉。

どうです? こちらの方が、問題だとは思われませんか?」 


 そう言うとカイは、暗闇の中で、とても正義の味方とは思えない邪悪な笑みを浮かべた。




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