ここは都合のいい世界

 ある時ふと、この世界は私の思い通りになっているのだということを、知った。


 私が「今日の体育の授業ダルイ。なくならないかな」って言ったら、体育の先生が交通事故に遭って長期入院に入り、自習になった。

 あのオシャレなカフェの新作、イチゴがいいなって言ったら、本当にイチゴがどっさり乗ったやつになった。

 教科書をパラパラめくって、ここがテストに出ないかなと言ったら、そこしか出なかった。100点取ってみたいな、と言ったら、100点の答案用紙が返って来た。


 何がきっかけだったかは、分からない。前まではこうじゃなかったはずだ。少し前までは理不尽なことも少なからずあって、それで泣いたこともある。でも今は、そんなことは全くない。間違いない。断言できる。

 だから私はそれがどこまで許してくれるか、試してみることにした。


 自分の手の届かないところにあるものが欲しいと思ったら、どうなるのか。

 他の誰かが持ってきてくれたり、風で飛んできたりした。ご丁寧にも私の手の上に着地して。

 あの政治家にどっか行ってほしいと思ったら、どうなるのか。

 紛争の地域に訪問に行った。一応帰ってくる予定があるらしいので、私が願ったこととは少し違う。たぶん、具体的に考えなかったのだろう。だから、そのまま帰って来るな、と言っておいた。政治家はそこでの暮らしが気に入ったらしい。

 渋谷のスクランブル交差点で1人になってみたいと思ったら、どうなるのか。

 原宿で皆大好きな俳優の撮影があるとかで、人がごっそりいなくなった。まあ興味無い人もいると思うが、そんな人たちもきっと色んな理由を持っていなくなったのだろう。私は交差点の真ん中で踊ってみた。楽しかった。俳優を見るよりずっと楽しい。ご丁寧にも、私の興味のない俳優の撮影だったみたいだし。


 いくつか試してみて、分かったことがある。

 具体的に願わないと、思ってもみなかった方向に事態が転がってしまうこと。

 心の中で呟くだけではなく、実際に言葉にしないと効力を発揮しないということ。

 異能力だとか魔法だとかそういう類ではなく、あくまで現実が私に都合よく働いてくれるだけだということ。

 やはりこの世界は、私の発する願望に対して都合よく出来ているということ。


 人混みの中、私は足を止める。

 本当に、この世界が私の都合よく出来ているのなら──。


 ♡


「私と付き合ってください」

 ずっと目で追っているだけだった、憧れの千賀せんがくんに、私はそう告白した。


 千賀くんが、私のことを好きになってくれますように。


「ありがとう。俺もずっと、君のことが好きだったんだ」

 千賀くんはとても優しい笑みを浮かべて、そう言ってくれた。その拍子に出来たえくぼが可愛くて、思わず私も笑ってしまった。

 千賀くんはかっこよくて、誰にでも優しい、皆の人気者。そんな千賀くんと私は、付き合うことが出来た。疎まれたりもしただろうけど、「私にも千賀くんにも、誰の邪魔も入りませんように」。そう言ってしまえば、私たちは平穏に過ごすことが出来た。

 今日は千賀くんとのデートだった。待ち合わせ場所に行くと、千賀くんはもういた。爽やかな服とその佇まいで、周りからの視線を集めている。やっぱり私の恋人は、世界一カッコいい!

「お待たせ、待った?」

「全然、待ってないよ」

 定番の台詞を言い合ってから、私たちは映画館まで向かう。今日観るのは、私がずっと見たかったラブロマンスだった。これが見たい、と言ったら、快く頷いてくれた。

 お昼は可愛いパンケーキのお店。どうやら私がこの前、「ここのパンケーキ、食べたいんだよね」ってぼやいたのを、覚えてくれていたらしい。千賀くんはあまり甘いものが好きじゃないみたいだけど、私のために来てくれた、という事実が嬉しかった。

 映画はとても面白かった。最後、主人公とヒロインが苦労の末に結ばれたシーンは、泣くことを抑えられなかった。お陰でハンカチがびしょびしょになってしまった。

 帰りは、取り留めのない話をして帰った。小さく、手を繋ぎたいな、なんて言うと千賀くんは同じく小さな声で、うん、と呟き、手を繋いでくれた。彼の手は、とても暖かかった。


 ♡


 帰って来てから私は、無抵抗にベッドに倒れこんだ。着替えることも、メイクを落とすことすら、面倒で。


 


 こんなにつまらないデートがあるか。私の言うことばかり、千賀くんは従って。これじゃ恋人じゃなくて召使だ。私からしたいことを言ってばかりで、千賀くんの意思は、どこにあったの? 今日の千賀くんに、自我はなかった。

 ……本当は、分かってるんだ。

 千賀くんは、私のことなんて好きでも何でもない。ここが私にとって都合のいい世界だから、千賀くんは私のことを好きだと言ってくれただけだ。

 ああ、つまらない。今日のこともそうだけど。

 私の存在が、つまらない。


 ため息を吐く。口を開いて。


 今まで唯一試してみなかったことを。


 具体的には、言わない。どう転がるか、それは私の意思の外でやってくれ。






「こんな世界、なくなりますように」





【終】

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