第6話 ミミックさんダンジョンへ行く

 ( ……もう、眠れそうにない )


 早く休めと言われて、いつもより早めに布団に入った昨晩。

 おかげでぐっすりと眠ったのはいいが、その分いつもより早く起きてしまった僕。


 仕方なく体を起こして泉へと向かい、夜明け前の空を見上げながら水浴びして部屋に戻って来る。

 泉はこの時間、日によってはまだ混み合う事もあるが、空いていたのは幸いだった。


 ドリンクにする魔石を選んでいると、ふとミミック先輩の事を思い出す。


 ミミックパイセンの話によると、あれでミミック先輩はかなり強いらしい。

 だから、そう簡単に冒険者に倒されはしない。


 一番キツイ状況で放置されているであろうミミック先輩を思うと、悪い事をしているわけでも無いのに何だか飯がマズイ。


( ………様子だけ、見に行ってみようかな )



 □□□



 友好的なエネミーが多い周辺のダンジョンの中を進む時に気を付けるのはただ一点。

 冒険者に見つからない事だ。


 なのになぜか今、僕は冒険者と一緒にダンジョンを探索していた。


「この間のミミックは散々だったからなぁ・・・」


 しかもその冒険者は、以前に出会った冒険者AとBの二人組。


 ミミック先輩の様子を見にやってきたダンジョンの入り口で、突然聞こえて来た人の声に驚いて咄嗟に野ウサギになった僕は、現れた冒険者Bに気に入られてしまい、抱きかかえられてここまで連れてこられてしまったのである。


 このダンジョンは周辺で最も手ごわいダンジョン。

 初心者丸出しの二人には手に余るダンジョンであるのだが、報酬目的に背伸びをしているのだとか。

 絶対に止めておいた方が良いと思うが、伝える術は無いので話に聞き耳だけ立てておくに止まった。


「このダンジョンにもミミックが居るかもしれないわ。気を付けましょう。」

「はいはい。けど、そうそうミミックなんて出ないだろ?」


 そう言って冒険者Aは鼻で笑うが、向かった先にはミミック先輩が居る。

 突き当りの部屋にこれ見よがしに置いてある宝箱がミミック先輩なのだ。


( ……これ、絶対怒られるよなぁ…… )


 ダンジョン常駐でないエネミーは、基本不用意にダンジョンに立ち入ってはいけない事になっている。

 とはいっても、これには罰則があるわけではないし、ミミック先輩の様子見くらいなら問題は無かったと思う。


 しかし、エネミーとの戦闘が関わってくれば話は別だ。

 同種・他種に関わらず、手続きなくエネミー同士で争う事は、エネミー法で禁じられているのだ。

 つまり、冒険者の仲間としてミミック先輩と対峙するというのは法律に違反する行為である。

 かといって、ダンジョン常駐でもない存在がミミック先輩に加勢して人間と戦う事はもっと許されない。


 まぁ、僕は野ウサギなので戦闘には参加しなければいいのだけれど、それでも軽率な行動を咎められる事だろう。


「あ、ラッキー。こんなとこに宝箱。」


 部屋に着き、全く学習しない冒険者Aが冒険者Bの止める声を聞かずにさっさとミミック先輩に駆け寄っていく。


「目的の物、ここに入ってたらラッキーだな!」

「だから、罠かもしれないでしょう!? もっと慎重に……」

「無い無いって、このダンジョンで初めての宝箱だぜっ ――――うぁっ!!」


 ――― 宝箱は ミミックだった―――


 何処かで見た光景。

 ミミック先輩が冒険者Aに嚙みついた。


「ひ、この間より痛ぇ!!」

「だから言ったでしょうに……」


 冒険者Bが抱いていた僕を地面に降ろし、魔法の詠唱を始める。

 それの隙に、僕は部屋から逃げ出した。


 部屋の入り口でそこに転がる小石にになっていると、しばらくして冒険者AとBが逃げるように部屋から出て行った。


 静まり返った部屋に、僕は戻る。


「…………ったく、次から次へと人間が。キリねぇな……」


 ミミック先輩は息を切らせながら、僕に向かって噛みつこうとして来た。

 恐らく魔力が底をつきかけて、冷静な判断が出来なくなっているのだろう。


 僕は近づいてきたミミック先輩が開いた口に、持って来ていたお手製ドリンクを流し込んでみる事にした。


「うぐぉっふ!! てめぇ、何を……っと……!? 魔力だ! 魔力が回復したぞ! っしゃー!!!」


 調子よくクルクルと踊り出すミミック先輩。


「お元気そうで何よりです。ミミック先輩。」

「新人!! やっぱりなぁ。お前なら来てくれると信じてたぜ!」

「噛みつく練習してですか?」

「いやっはっは。さっきのはほんの冗談じゃねぇか。って事は嬢ちゃんに抱かれてたのはお前か!?」

「あ、気づいていたんですね。そうなんですよ。ここに来た時に、見つかって。ウサギに成ったら気に入られてしまって………やっぱりこれって法に触れますか?」

「法!? 気にするところはそこじゃねぇだろうが。」

「…と、言いますと?」

「どうだったんだ?」

「え、何がですか?」

「だから、嬢ちゃんのたわわなメロンはどうだったんだ!? 柔らかかったか? それともハリがあっ―――ッ」


 僕はその口に鋭く尖った魔石を投げ込んだ。

 ガッっと鈍い音がした後に、ミミック先輩はガリガリと魔石を砕いてのみ込む。


「イッテェ…とんだ粗悪品だなぁおい。新人はいつもこんなの喰ってんのか?」

「お金ないですからね。ツルツルの魔石なんて高くて買えませんよ。ま、僕はドリンクにして飲むので尖っていようと関係ありませんし。」

「あぁ。最初に流し込まれたヤツな。ありゃいい。疲れた体に染みわたったぜ。上に掛け合って配給品をアレにするのもいいな。」

「手間がかかりますし、持ち運びの管理も大変ですよ。」

「そりゃ残念だ。」

「そんなわけでミミック先輩。後で魔石代、手間賃つけて返してくださいよ?」

「おいおい、金取るのかよ。」

「当たり前です。配給品じゃないんですから。それとも、魔力枯渇した方が良かったですか?」

「わぁったよ。んじゃ、ダンジョン勤め終わったら、お前をキャバクラサキュバスの館へ連れてってやる。もちろん、俺の奢りだ。ってなわけで、また助けに来てくれな!」

「………もう来ません。見回りの際に魔力が枯渇していたら、その屍は回収してあげますね。」


 本当に懲りないな。

 と、僕は呆れながら、ミミック先輩の隣に座り込む。


 変わらないミミック先輩の調子に安心してしまうのは内緒だ。


「んで? 調子はどうだ新人。」

「ミミックパイセンの直接指導が受けられて嬉しく思ってますよ。」

「らしいな。実務内容も変わるんだろ? 気張れよ。」

「勿論です! って、何で知ってるんですか?」

「そりゃ……あれだ。お前の教育係は俺なんだから、情報は入って来るに決まってるだろ。」

「そういうものですか………」

「おう! 戻ったらまたビシバシ鍛えてやっからな。」

「(ミミックパイセンの指導が良いなぁ………なんてね)」

「おい、聞こえてんぞ新人。」

「あ、ははは……。」

「ったく。ま、お前は配属されてからずっとミミックパイセンの事ばかり話してたからな。はしゃぐ気持ちは分かる。良かったな。」

「あ、ありがとうございます。」


 確かにミミックパイセンと同じ支部に配属された事を僕はウッキウキで語っていた自覚があるけれど、静かに真面目に祝福されると、なんだかとてもこそばゆい。


「んじゃ、戻るわ。」

 ミミック先輩は、そんな僕には気にも留めずに持ち場に戻り、これ見よがしな立派な宝箱に擬態した。

 その姿には覇気が戻っている。

 良かった良かった。


 目的も果たしたことだし、僕もそろそろ出勤しよう。


「ではミミック先輩。どうぞご無事で。」

「おう。あ、そうだ新人、一個頼まれてくんねぇか?」


 そういったミミック先輩は、宝箱の蓋を開いて小さな宝石を一つ吐き出した。


「もしもまだその辺にあの嬢ちゃんたちがいたら、そいつを渡してくれ。」

「いいんですか? 倒されてもいないのに宝を渡しちゃって。」

「違ぇよ。それは他の冒険者が落としていったガラクタ、俺の戦利品だから構わねぇのさ。渡せなかったら、収集課で換金するから返してくれな。」

「了解しました。」


 ダンジョン常駐のミミックは総じて動くことが出来ないので、こういった雑用も僕の仕事だ。

 頼まれ事の理由は聞いてはいけない。

 ミミックといえどもプライベートは尊重されるべきなのである。


 今は仕事中ではないけれど、ミミック先輩の頼みならばと僕は快く引き受け、僕は宝箱に成り切ったミミック先輩に別れを告げたのだった。



□□□



 来た道を戻ってダンジョンを脱出すると、冒険者AとBはまだダンジョンの入り口に居た。


「もう、あなたと組むのは止めます。」

「俺だってお前の面倒を見るのはごめんだ。」


 どうやら喧嘩しているらしい。


( 面倒を見てもらっているのは冒険者Aの方ではないのか……? )


 なんて疑問がわいたけれど、そんな事より頼まれごとをと、僕は罵倒しあっている二人の横に滑り込んで、預かった宝石をその場に落とした。


「だったらもう―――って、ウサ子!! よかった。無事だったんですね!!」


 そのまま姿を隠すつもりだったのに、冒険者Bに見つかってしまった。

 ウサ子と呼ばれた僕は、一目散でその場を立ち去り木陰に隠れる。


「あぁ、待ってウサ子、私の旅のお供になってください!!」

「おい、待てよ、コレ!!」


 僕を追いかけようとする冒険者Bの服を、冒険者Aが引っ張った。

 足元に光る宝石を拾い上げて、2人は息を飲む。


「依頼の品じゃないか?」

「え、えぇ……本当ですね。」

「っしゃぁ、ラッキー!! これで報酬が手に入る。よかったな。これでひとまず、親父さんの薬が買える。」



 ミミック先輩に託された宝石。

 どうやら、二人の目的はその宝石だった様子。

 戸惑う冒険者Bを引っ張って、はしゃぐ冒険者Aがウキウキしながら帰っていった。


( ミミック先輩はこの事を知っていて…………? ずるいなぁ……… )



 口を開けば残念な感じなのに、こうやって仕事の合間にもサラッと人間の役に立っているミミック先輩の事を見直し、改めて尊敬の念を抱くのだった。

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