第2話 ミミックさんの一日 ②

 僕は今、ミミック先輩と共に、石ころとなってそこに転がっている。


 何故そんな事になったのかと言うと、ダンジョンに居たミミックが冒険者と交戦し始めたからだ。


 僕の仕事ぶりに間違いは無かったと思う。

 部屋に誰もいない事は確認したし、周辺の部屋の気配も気にかけた。

 

 マニュアル通りに事を成して常駐していたダンジョンミミックに魔石を配り、任務完了と胸を撫でおろすはずだったのに、部屋を後にようとした時、事件が起きたのだ。


「お、こっちに部屋があるじゃん。行ってみようぜ!」


 と、何処からか聞こえた声。

 どうやら冒険者がこの部屋に来てしまったらしいのだ。


 徐々に近づいてくる足音。

 部屋の入り口は一つ。

 僕らに逃げ場は無く、焦った僕はミミック先輩に助けを求めた。


「ミ、ミミック先輩、こ、こういう時はどうすれば!?」

「戦闘はダンジョンミミックの仕事、俺たちは見学だ。講義で教えただろうが。」


 呆れた声と共にミミック先輩の姿が石ころに変わる。


「え………あ、石?」

「何でもいいから早くしろ新人。後、くれぐれも喋るなよ?」

「は、はい…」


 自信ないなぁ…と思いつつ、ミミック先輩に続いて僕も石ころになった所で男女二人組の冒険者(冒険者A(男)と冒険者B(女))が部屋に姿を現した。


「おい、宝箱だ。開けてみようぜ。」

「待ちなさい! こんな小部屋にこれ見よがしに置いてある宝箱なんて罠があるに決まっています」

「罠? 大丈夫だって。本当にお前は心配性だなって、―――うわぁっ!」


 冒険者Aが宝箱を開ける。


 ――― 宝箱はミミックだった ―――


 こうして、ミミック対冒険者の戦いが目の前で開始されたのだった。



 □□□



 ダンジョンに配属される事が決まると、ミミックは専用施設にてみっちり戦闘訓練をうける事になる。

 それまでは正式な戦闘訓練が行われる事は無い為、当たり前だが僕も戦闘訓練は受けていない。


 だから、話には聞いていたが、戦闘を見るのはこれが初めてだった。


「クソッ、何でこいつ……刃が全く入らねぇ」

「だから言ったでしょうに………私の魔法も全く効いていません。どうするのです?」

「―――っ。あの野郎、スライムくらいしかいないダンジョンって言ってたじゃねぇか、話がちげぇ!!」


 喚く冒険者AとBに、ダンジョンミミックが容赦なく噛みつく。


 ミミックは貴重な品を報酬とするだけあって、同じダンジョンに配属されるエネミーよりも倒すのが難しくなっている場合が多い。

 特殊な能力を持つ場合だってあるし、言い方は悪いがスライムなんかよりずっと強いのだ。


(うわぁ! やっぱりいいな。 いつか僕もダンジョンで宝箱になりたい!)


 ここでは噛みつく程度の攻撃しか許されてはいないから、ダンジョンミミックは魔法攻撃も状態異常攻撃もしないが、それでも冒険者を確実にやり込めている見事な立ち回りに僕が感激している間に、苦戦した冒険者は逃げる事を選択して居なくなった。


「新人……」

「はい!? 何ですかミミック先輩?」

「初めて間近で戦闘見て興奮する気持ちは分かるが、石がウキウキするな。お前独りでに弾んでたぞ。」

「あ………」

「まぁ、喋らなかっただけ成長したな。んじゃ、次行くか?」

「……はい。」


 反省しつつ、僕は再びスライムの姿に擬態する。

 それでも興奮は冷めずにいて、心はワクワクしっぱなしだ。


 そんな僕に、ダンジョンミミックが「配給人」と声をかけて来た。


「俺、明日の朝までココなんだ。今の戦闘で魔力結構使っちまって……出来たら魔石くれないか?」

「あぁ、そうだな。新人、やってやれ。」

「いいんですか?」

「あぁ。ミミックにとって、一番きついのは冒険者に逃げられた後だからな。魔力は中途半端に削られるし、倒される訳でも無いから帰れねぇ。魔力の少ない状況で擬態しつづけるのは、下手すると死ぬ。」

「それは……覚えておきます。」

「あぁ、だから見回り中にそういう奴が居たら助けてやるのもお前の仕事だぞ。もちろん、大した魔力を消費してない奴にゃやらなくていい。時々ズルする奴もいるから気をつけろ。」

「分かりました。」


 予備の魔石をダンジョンミミックに与えると、ダンジョンミミックは「サンキュー」と一言、再び立派な宝箱の形に姿を変えた。


 それを見届け、僕たちも移動を開始する。


 先程逃げ帰った冒険者達に合わないように細心の注意を払ってダンジョン入り口まで戻ると、入り口付近にいたスライム達は見事に全滅していた。


(なむなむー)



 □□□



 その後は順調に魔石の配給を終え、就業時間前に職場へ戻ってきた。


 今日は魔石を予定より多く使ったので、その報告書を作成しなければならない。

 様々な残務を終えたところで、丁度終業のチャイムが鳴った。


「っし、じゃぁ今日はここまでだな。お疲れ新人! ゆっくり休めよ!!」

「ご機嫌ですね。」

「へへっ、分かるか? 実は臨時収入があってよ、これからキャバクラサキュバスの館へ行くのさ。」

「サキュバスの……あぁ、明日の仕事に差し支えない程度に帰って下さいよ?」

「かーっ、アンだよ連れねぇなぁ。ま、お子様のお前にゃまだちと早いか。っし、一人前になったら連れて行ってやるよ! 俺の行きつけの店は可愛い子ちゃんしかいねぇからな。楽しみにしとけな!!」


 そう言って僕の肩を二回ほど叩いたミミック先輩が、男風を吹かせて帰っていくのを白い目で見送り、片づけをしようと目を落とすと、そこには小さな魔石が置かれていた。


 僕を労う、ミミック先輩のさりげない優しさだ。


(こういう所は、格好いいんだけどなぁ………)


 女関係で痛い目に会いたくはないけれど、こういうところは見習いたい。

 僕は魔石を口に入れ、飴玉の様に転がしながら、帰路へとついたのだった。



 □□□



 忙しない一日の終わり。

 家についた瞬間に無気力になる僕は、疲れを認識してしまった身体を引きずって布団へ潜り込む。

 無機質な天井を見上げながら、思い起こすのは仕事の事ばかり。

 僕はそうして、しばし今日と言う一日を振り返るのだ。


 ミミック先輩の下について色々な仕事を経験させて貰ってはいたけれど、現場仕事では常に新しい状況が発生するという事を改めて知れた一日だった今日。

 まだまだ一人で仕事をこなすのは不安だし、課題も沢山残っているなと実感した。


(早く一人前になりたいな………)


 どんな状況にもドンと構えて、臨機応変な対応が出来るミミック先輩の背中が遠く眩しい。

 経験に雲泥の差があるのだから、追いつきたいなど烏滸がましいおこがましい事ではあるが、もっと食らいついて行きたいと思える背中。


「よし、明日も頑張るぞ!!」


 気合を入れて目蓋を閉じれば、次の瞬間には意識を手放し眠りについている。


 こうして僕の何気ない、新人ミミックの一日は終わりを迎えるのだった。

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