第39話 コスプレ衣装と計良先輩の真の顔


「もういいぞ」


 固い声色で呼ばれて部室の扉をおそるおそる開けると、着替え終わったえびすさんが腰に手を当てて僕を睨み付けてきた。


「で、なんか言うことは?」


「すびばせんでしたああああああああああっ!」


 初手、土下座。

 日本男児たるもの謝罪の姿とはこうあるべし。

 とまでは言わないけど、僕に出来る精一杯の誠意をこめてリノリウムの床に頭を擦りつけていると、えびすさんは深いため息をついた。


「……はぁ。まあ秋良だから許すけどさぁ。でもお前さ、わたしじゃなかったらただじゃ済んでないんだからな?」


「心しときます、、ところでえびすさんその格好って」


「ん? おお、どうよこれ」


 さっきから気になってたことを聞いてみると、えびすさんは得意気な顔でその場でくるっと回った。つられて彼女が着ている真っ黒なドレスの裾がふんわりとはためく。

 背中がぱっくりと開いて、ところどころ銀色の糸で刺繍がされているシンプルなデザイン。

 だからこそ逆に着る人を選びそうではあるけど、メリハリが効いたスタイルで派手め美人のえびすさんにはよく似合っている。

 素直に感想を伝えるとえびすさんは恥ずかしそうにスカートをきゅっと握りしめた。


「えへへ、あんま誉めんなって。秋良に言われるとちょっと恥ずかしいからさぁ」


 んー、そういう感じで来られるとちょっと反応しづらいんだよなぁ。


「……意識し過ぎだって。それよりさ、その服ってコミマの?」


「おうっ。コスプレ衣装出来たから試しに着てみて~って計良先輩が。秋良の分も出来てるってよ? いま北先輩と取りに行ってるからもうすぐ戻ってくるんじゃねーかな」


 やっぱりそうか。道理で見覚えがあるような気がしたわけだ。

 前に計良先輩が見せてくれた衣装設定とそっくりーーというかそのものと言っていいくらいの再現度。

 えびすさんが着ているのは『キリンジ』のヒロインである天使マリアのコスプレ衣装だった。

 てことは僕の分ってのは救世青刺郎のコスプレ衣装なんだろうけど。


「だから遅れて来いって言ってたのかぁ。それも書いといてくれれば良かったのに。そしたら僕もさぁ」


 狭い部室の中じゃ間仕切りをしたって僕とえびすさんが一緒に着替えられるスペースはないから、配慮してくれるのは分かるんだけど……それならもうちょっと詳しくお願いしたかった。

 おかげさまで僕の右頬は現在進行形でヒリヒリしてるし。


「そんなの秋良がノックすれば良かっただけの話だろ。このすけべ」


 だから思わず愚痴を溢したら、えびすさんにド正論でぶった切られた。

 それはそうだけどさ、わざと見たわけじゃないのに僕が変態みたいに扱われるとちょっとムっと来るっていうか。


「……それを言うなら鍵かけてなかったえびすさんにも責任ない?」


「はぁっ!? わたしが悪いってのか? お気にの下着まで見といてこいつぅ!」


「やそこまでは僕言ってな、うわっ暴力反対! 暴力はんたーいっ!」


 やば、余計だったか。

 両手を掲げて飛びかかってくるえびすさん。

 逃げようにも部室の中には逃げ場なんてなく、結局すぐに捕まってしまった。


「こいつめ、これでどうだっ! このこのっ」


「あ痛い痛い痛痛痛痛痛って、あれ。そうでもない?」


 僕の頭を腕で抱え込むと、えびすさんはそのままヘッドロックをキメてきた。

 でもあんまり強く締め付けてはこなくて、本気で怒ってるわけじゃなくてじゃれてるだけみたいだ。


 ……でもですね?


 僕の頭になんか柔らかーいモノが当たってるんですけど。

 さっき着替え中の姿を見ちゃったのもあって余計生々しく感じる。

 しかもえびすさんがくるっと回った時にドレスの背中が見えたけど、その時に下着の紐が見えなかったようなーーいやまさかまさか。


「ちょっと、えびすさん離れてって! 当たってるからっ」


「当たってるって何がだよ?」


「それは……なんていうか」


 つい数分前に下着姿まで見られてるくせに、えびすさんと来たら無防備もいいところなんだから。いい加減もう少し恥じらいを持ってもいいんじゃないかなって。

 けど下手に指摘しようもんなら今度は左頬にビンタを食らうか、もしくは気が済むまで揶揄われそうだ。


 理性をガリガリ削って来るおっぱい攻撃に耐えつつどうしようかと悩んでいたら、部室の扉がガラっと開いた。


「二人ともおっ待たせ〜! って、なにしてるの?」


「……………?」


 おっ、ナイスタイミング!

 扉を開けて入ってきたのは手にしているダンボール箱で上半身がすっぽり隠れてしまうほど小柄な計良先輩と、同じ物を両脇に一箱ずつ抱えた巨人のような北先輩だった。


「計良先輩お帰りなさいっす。北先輩も」


「う、うん。ただいま。それより湊ちゃん、新戸くん苦しそうだけど大丈夫? 頬っぺた紅葉みたいになってるけど」


「見た目ほど力入れてないんで平気っすよ。秋良のやつがふざけこと言ってきたんでお仕置き中です」


 ありがたいことに計良先輩は一目で僕の置かれている状況を察してくれたようだ。


「そっかぁ。……ん~、でもそろそろ離してあげた方がいいと思うなぁ。新戸くんも反省しただろうし、困ってるみたいだから」


「? 計良先輩がそう言うなら」


 えびすさんも計良先輩の言うことなら素直に聞くので、その鶴の一声で振りほどこうにも振りほどけなかったヘッドロックが緩まった。


「けほっ。助かりました計良先輩、危ないところだったんで」


 自由の身になったお礼を言うと、計良先輩は全部分かってますよとばかりに鷹揚に頷く。


「いいよいいよ〜。それにしても新戸くんも大変だね、湊ちゃんみたいな娘が友達にいると」


「ちょっとー、なんすか計良先輩その言い方。わたしのこと乱暴者みたいに」


 うん、それは間違ってないよね。そう唇を尖らせてるえびすさんに言いそうになったけどやめておく。

 僕は学習する男なのだ。


「違う違う、そうじゃないって。湊ちゃん美人さんだから新戸くんもどきどきしちゃって大変だろうなってこと」


「それって……」


 ちょっ、なに言ってくれてるんだこの先輩!?


「新戸くんも男の子だからね~。湊ちゃんのこと見る目がちょっと怪しいな~って前々から思ってたんだよ。湊ちゃんも女の子なんだから襲われちゃわないように気を付けるんだよ?」


「……そ、そんな。秋良が本当に私のこと……?」


「ちょっと先輩、適当なこと吹き込まないでくださいよ! えびすさん僕そんなことしないからね!?」


 まったくもうこの先輩は。

 顔を赤らめてちらちらこっちを伺ってきてるえびすさんは正直可愛いけれども、僕のついた嘘に気付いちゃったらどうしてくれるのさ。


「あはは~ごめんごめん。……でもね新戸くん、女の子に期待させるだけ期待させて放置しちゃダメだよ? そのうちちゃんと答えを出さないとね」


「っ!」


「どうしたんだよ秋良? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」


 僕にだけ聞こえるように先輩がそっと囁いた一言。その言葉に僕は動揺を隠せなかった。

 えびすさんとの複雑な関係について僕は計良先輩に話したことはない。

 だけど今の口振りはまるでそのことを知っているみたいじゃないか?


「先輩今のってどういう」


「さあて、どういう意味でしょう? それより新戸くん。私からプレゼントがありま〜す」


「ちょ、誤魔化さないで教えてくださーーうぶっ」


 計良先輩がどこまで気付いているのか問いただそうとしたけれど、彼女は白々しくはぐらかして僕の顔になにかを押し付けてきた。

 な、なんだこれ。

 先輩が持ってたダンボール箱?


「ほらほら開けてみて、自信作だって言ってたから。凄いんだよぉ~本家さながらって感じでね」


「いや、あの。それよりさっきの話を」


「いいから。開・け・て・み・て、新戸くん♪」


「……………はい」


 いつもはハムスターみたいに無害な小動物って雰囲気の先輩なのに、その笑顔の裏に有無を言わせないプレッシャーがあるような気がして思わず頷いていた。

 まあえびすさんに黙っていてくれるならいいんだけど……なんか北先輩がいつも計良先輩の尻に敷かれている理由がちょっとだけ分かった気がする。

 

 くわばらくわばら、この先なにがあっても計良先輩だけは怒らせないようにしようっと。

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