第二話まだ覚悟は決まらない

「ふーん、それで。」

これが精いっぱいの返事だった。紅茶はもう空っぽだ。

「『それで?』ってどういうこと?」

この動揺を悟られないようにここは質問を畳みかける

「いやいろいろあるだろ好きなやつの名前とか」

「健に話すと広まりそうだから言いたくないわね。」

「じゃあ俺にそんな話するなよ」

このメンタルでよくツッコめたと思うえらいぞ俺。と自画自賛していると

「フフフ、冗談よ。教えてあげる。飛騨君よ。」

飛騨明人、文武両道なうえ性格もよいそして顔もよいので学年に知らぬやつはいない人気者だ。ちなみに俺や琴乃と同じクラスでもある。

「飛騨か。またなんでそんな大物を?」

「・・・大事なハンカチを拾ってくれたからよ。」

琴乃は顔を赤らめながら答えた。

「は・・・何その理由。」

一瞬俺はマジでキレそうだった。危なかった。すでに半ギレくらい返答をしてしまったがこれくらい許してほしい。

「どんな理由で好きになっても私の勝手だと思うわ。」

「一目ぼれかよ」

「そうね」

俺は負けたのだ。そんな理由で。俺がその場にいたら同じことを絶対にしていた。それなのに。そんな理由で、そんな理由で俺の十年が否定された。なんでなんで・・・

「健?」

「いや・・ごめんごめん。あんなに泣き虫だった琴乃がいっちょ前に恋をするなんてね・・・お父さんうれしい。」

「気持ち悪い冗談ね」

琴乃は笑ってくれた。よかった、三十五点より高いボケで。

こんな絶望的な宣告でもボケデレの時のボケのほうが悪いボケだとわかりさらに傷ついたが琴乃の笑顔を見たおかげで少しだけ余裕の出てきた俺は

「そろそろお前の家いくぞ。おばさん待ってるんだろ?」

この話から逃げるため目空き缶をゴミ箱に投げ捨てながら言った。

「そうね。そろそろ行きましょう。くれぐれもお母さんに言わないように。」

「わかってる。そんな野暮なことはしない。」

「ならよろしい。」

今の俺はよく平然な顔をしていると思う。

十年間の片想いが俺の演技力を鍛えてくれた。

まあこんなことで使うとは思わなかったが。

今俺の頭に駆け巡っているのは『なんで・・』のこれだけだ。そんなことを考えながら俺は琴乃の家に着いた。

「ただいま。母さん。」

「おばさん。お邪魔します。」

「琴乃お帰りなさい。健もいらっしゃい。買い出しご苦労様。もうすぐ料理ができるからリビングでゆっくりしてなさい。」

とおばさんに言われ俺らはリビングでおばさんの手料理を待っていると琴乃はリビングに飾ってある写真を見ながら小声でボソッと

「姉さんにも報告しなくちゃ・・」

と儚げに笑いながらつぶやいた。その写真に写っているのは小学生の俺と琴乃そして雫の姿だ。

金沢雫。中学二年生のころ病気で亡くなった琴乃の一つ年上の姉だ。

やさしく元気で活発な女の子でありまた頭もよかったのでみんなに愛されていた。

琴乃はもちろん俺もよくなついており亡くなってからしばらく琴乃は家から出られなくなるほどだった。

そんな姉に報告するほど飛騨は琴乃にとって大事な存在になってしまったのだ。それは認めるしかないと俺は感じた。

俺にできることは・・・そんなことを考えていると

「ご飯できたから盛り付け手伝って」

おばさんの声が聞こえた。俺は一度思考を停止し俺はおばさんの手伝いをするため台所に向かった。



ご飯を食べ終え俺は

「俺そろそろ帰るわ。」

琴乃に伝えた。おばさんは洗い物中だ。

「今日は早いわね。」

「テスト一か月前だからな。」

「健は学年トップなんだし別にそこまで焦らなくてもいいじゃない。理系科目なんて一回も首位から落ちたことないじゃない。」

「そのぶん文系科目がひどいからな。帰って復習だよ。」

「ずいぶん勉強熱心なのね。昔は夏休みの宿題終えてなくて泣いてたのに。」

「人は成長するものなんだよ。恥ずかしい思い出を引っ張ってくるな。」

とやりとりをしていると琴乃は

「そういえば、日曜日・・」

俺はすぐ察したので

「いつもどおり十時でいいか?」

「ええ。よろしく。」

「わかった。それじゃあ帰るわ。また明日な。」

と琴乃に伝えおばさんに一言挨拶をして俺は帰路についた。



「ただいま。」

「おかえり。沙織のごはんおいしかった?」

迎えてくれたのは俺の母親だ。

「ああ。母さんは来なくてよかったの?」

「仕事もあったししょうがないじゃない。それに今月も女子会するし。」

俺の両親と琴乃の両親は俺と同じ春英高校出身で仲が良く母親同士で女子会をするほど仲が良かった。

「またメールするって言ってたけど今月はちょっと良いところのご飯行こうっておばさん言ってた。」

「ふーん、了解。わかってると思うけどあんたは来ちゃだめよ。男子禁制よ。」

「わかってるよ。俺と母さんとおばさんでなに話すんだよ。」

「それもそうね。」

「母さん風呂入ったの?」

「いやまだだけど。」

「じゃあ先はいって。俺部屋で勉強するから。」

「・・・あんたあの事もう決めたの?」

「・・・もう少し考えさせて。」

「・・・わかった。思う存分悩めよ少年。」

「へいへい。」

こんなやり取りをしながら俺は部屋に戻った。

部屋に戻った俺は机の引き出しから一つの手紙を引っ張り出した。

そこに書いてあるのはきれいな字で『琴乃を幸せにしろよ!!』の一言だ。

「雫・・・おれはどうすればいい」

もちろん返事などは来るわけもなく俺の悩みも晴れるわけもなく夜は更けていった。

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