第4話:ランチタイムミーティング

 その辺の食堂に入って、適当にパスタを頼んでから一時間。

 食後のコーヒーまで飲み終えた俺は、財布の中身を確認して死ぬほど焦っていた。


「あ、次は獣人風パスタの大盛りくださぁい」


「お、おい、食いすぎだろ!? こういう時は上司と同じものを食えって言われなかったか!?」


わたし人間かかりちょうの胃の大きさ考えてくださいよぉ。同じのじゃ全然足りないんですもん」


 学生時代ムキムキマッチョな鬼の友人もいたし、人間の数十倍は食べる食欲のことは知っているが。

 俺よりずっと背が低く、ほっそりしたアンナも同じだとは全く考えていなかった。


「俺より小さいのに……」


「いくら係長でも、次小さいって言ったら食いちぎりますよ」


「ひぃっ!! ごめんなさい!!」


 おいしいおいしいと喋りながらもひたすらに皿を積み上げる彼女が、俺のボヤキに怒り出す。

 コンプレックスを刺激してしまったようで、昔話で聞いた人食い鬼のようにギラつく紅い目に平謝りすると、彼女は穏やかに笑った。


「冗談ですよぉ。でも係長、給料結構貰ってますよねぇ。痛くないでしょぉ?」


 まぁ給料高いのは事実だけど。公務員の頂点だし役職持ちだし。

 ただ、お嬢様には平民の家計はわからないだろうなぁ。


「実家に仕送りしてんだよ。平民だし、大学まで通わせてくれた家族養わないとな」


「……ごめんなさい」


 くるくるとパスタを絡めるアンナのフォークが止まる。


「悪かった、気にすんな。まぁ手加減してくれると助かるのは事実だけど」


 今日気づいたけど、こいつ意外と良識あるよな。なんて申し訳なくなって笑って誤魔化すと、彼女は適当にポケットに手を突っ込む。

 ぬっと出てきた紙幣の束をテーブルにドサッと置くと、再び食事を始めた。


「やっぱり、自分で払いますぅ。デザートも食べたいですしぃ」


「……え……まだ食べんの?」


 鬼の食事はまだ続く。

 儀典局との打ち合わせの時間がそろそろ気になり始めたところで、アンナは最後のパフェに手をかけていた。


「なあアンナ。その……豆乳パフェだっけ?」


 コーヒーをひたすらにおかわりしながら、ひたすらに運ばれてくる料理の名前を聞いていた。

 最後に運ばれてきた、豆から作られたホイップクリームと、冷凍庫が普及していつでも食べられるようになったアイスクリームとか言う冷たいデザートにコーンフレークを組み合わせた、比較的健康的な甘味。

 それがなんとなく気になって聞くと、彼女は眉をひそめた。


「なんですかぁ? あげませんよぉ?」


「そうじゃない。豆乳クリームだよな」


 小首を傾げながらパフェを吸い込んでいく彼女の前で。

 俺はメニュー表を開き、書かれている材料を調べた。


「牛乳とか入ってないのか。エルフも食えるな」


 実際に何度もエルフの森で滞在したことはあるし、エルフの食文化については一応調べている。

 見たところ、肉や卵に乳製品を極端に嫌い、甘いものは果物くらいしか食べない菜食主義の森のエルフでも食べられるはずだ。

 他にもいくつか、従来の帝国料理を菜食に置き換えたメニューがあって、それも一緒にメモっていく。


「なるほどぉ! 出してみたらいいと思いますよぉ」


「そうだな……儀典局が用意するメシと見比べてみるか……」


「こういう式典って相手に合わせた伝統的なご飯だと思うんでぇ。目新しいものはいいかもしれませんねぇ」


「あぁ。アンナと飯食いに来てよかったよ」


 アンナもそれに気付いて目を丸くして。

 膨れ上がった腹を軽く撫でると上品に口元を拭い、満足そうに頬を緩めた。


「あたしもそろそろ満腹なんで幸せですぅ」


「それは何より。行くぞ」


「あっ! あたしが払いますよぉ!!」


 結局俺のぶんまで全額払うと言い張るアンナをなだめて年長者おっさんの見栄で半分払うと、俺の財布はほとんど革だけになっていた。

 乗合馬車の運賃だけはなんとか残っていたけど、帰りは歩きだなぁ。

 悲しみつつ外務省の門をくぐり儀典局に向かうと、見知った顔が迎えてくれた。

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