Chapter27. 黒煙の先

 平和な日本はすでに幻想と化しているこの世界。


 立ち昇る黒煙と火の手を見ながら、蠣崎は消防車、救急車のサイレンを聞いていた。

 

 この本社ビルは、建物丸ごとカムイガーディアンズが使っているわけではないが、事実上、隠密性を持たすために、株主がビル丸ごと買い取っていた。つまり、空き部屋が多い。

 その空き部屋をセルゲイは訓練用に利用していたが、彼がよく行くのは、地下の射撃場った。


 シャンユエは、まるで散歩にでも行くかのように、愛用のナイフを小脇に、平然と崩壊寸前の建物に入って行った。


 蠣崎が見るかぎり、あの女はある種の「化け物」だ。いや、正確には「戦場でしか生きられない」人物だろう。

 自衛隊にはあまりいないのだが、自衛隊の海外演習にも参加したことがある彼は、その手の人種を知っていた。


 「戦闘狂」。自分を死の淵に置くことで、生き甲斐を感じる奴が、この世にはいる。まるで戦国時代を生きているかのような連中で、「戦い」や「危険」に身を晒すことで、自分が「生きている」ことを実感する。


 だからだろう。シャンユエに関してはあまり心配はしていなかった。問題は、ビルの爆発に巻き込まれたセルゲイだろうが、蠣崎は彼もまた「戦闘狂」に近い人種だと思っていたから、心配はしていたが、多少の楽観視はしていた。


 まもなく消防車と救急車が到着。しかも、この非常時なのに、警察のパトカーだけがまだ来ないのが、哀れな世界を象徴していた。


「大丈夫ですか? 怪我人は?」

 問いかける救急隊員に、蠣崎はビルの残骸を見ながら口を開く。


「中に一人、取り残されていて、さっき一人が中に入った」

 なんでもないことのようにあっさりと告げる彼に、救急隊員は異様な物でも見たかのように、一瞬口を噤んだが、


「わかりました。ここは危険なので、下がって下さい」

 さすがはプロだろう。冷静に判断して、担架を持ってビルに向かう。


 同時に、消防隊員が早くも消化活動を開始すべく、急いでホースを用意している。警察組織は腐っても、真面目というよりも、クソ真面目な日本人の国民性は死んでいない。

 彼らは、優秀だった。


 しかも、間もなく、彼にとっては朗報がもたらされる。


 シャンユエだ。彼女自身はほとんど無傷だったが、その右横には彼女に肩を借りながら歩いているセルゲイが立っており、額から血を流していた。


「セルゲイ!」

 駆け寄る蠣崎は、その傷が軽傷であることを見て、安堵する。

 額に血が流れており、左腕に多少の火傷の後のようなものが目立ち、服もやぶけてはいたが、彼は無事だった。


「大丈夫です」

 意識もしっかりしているようで、彼はすぐに救急隊員に連れられて救急車に運ばれる。


 その前に、無口な彼が珍しく、足を止めて、蠣崎の方をまっすぐに見て、口を開いた。


「社長。これは戦争です。俺は、奴らを許さない」

 その瞳が、怒気に満ちており、氷のように冷たかった。彼は無口なロシア人だが、怒らせると怖いのはわかった。


 そして、この事件をきっかけに、事態はさらに泥沼の戦いへともつれこんで行くのだった。


 その頃になって、ようやく警察が来た。

 パトカーから降りてきた、刑事らしき50代くらいの男は、相変わらずというか、今のこの国を象徴するように「やる気」が感じられなかった。


「ああ。こりゃ派手にやられたなあ」

 他人事のように、というよりまるでアクション映画のワンシーンでも見ているかのように呑気な口調でビルの残骸を見ていたかと思うと、


「とりあえず社長さんだけ、署に来てくれ」

 とだけ言って、最寄の警視庁渋谷警察署を案内する。


 しかも、

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 と彼が警察署に向かっても。


 調書、と言っても、いい加減なものだった。

 こんな大それた事件があり、その被害者であるはずの蠣崎は、ほとんど「恨まれる可能性がある会社は?」くらいしか聞かれなかったが、こんな商売、恨まれる相手なんて多すぎて、見当もつかないのだった。


 だが、ここは「警視庁」であり、彼らの事情聴取は確かに適当だったが、その後、蠣崎はこの刑事に指示されたのだった。


「警察庁の刑事局組織犯罪対策第一課の連中が来てる。詳しくはそっちで話してくれ」

 と。


 そう、それはあの小山田紗希子の「古巣」に当たる。

 そこで、彼は予想外の事実を知らされることとなる。

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