第6話 限度の閾値


 キーがないと、訪問者を辞さないバーなのだから、余程、セキュリティーが確保されているのだろう。


 僕の心中は限度の閾値を超えていたから、これから先、その生命が絶たれたとしても、何の苦悶を覚えなかっただろう。


 バーに入室すると、店内には誰もおらず、閑散としているように思えたら、奥のカウンターに一人の妙齢で、銀星のブローチを付けた、黒いスカーフを首に巻いた、空気を女性が陣取るように居座っていた。


 


 彼女こそ、現代の論壇において、一世を風靡している、女性論客の北崎ゆかりだった。


 昨今では、フェミニズム問題を皮切りにあらゆる社会問題について、ソーシャルメディアに向けて、発信している活動家でもあった。


 性犯罪撲滅のデモにも活発に参加している、彼女に会えるなんて光栄じゃないか、と淡い期待が収束もなく膨らむ。


 


 邪推に満ちた、期待感に胸を躍らせていると、僕は恭しく、カウンター席の目前にある、椅子に腰掛けた。


 理知的、と名声高い彼女と目が合い、彼女の眼には浮ついた、欲情が見え隠れしていた。


 女狐のような女性教授のその人は、厚化粧した頬を窪ませながら、慣れない場所に座ったばかりの、ぎこちない僕の肩に馴れ馴れしく手を回した。



「あなたみたいな男の子、好みなの」


 高飛車に見える、好み、と言い放った彼女の目線から、無一文の僕にどうやら、欲動の資金としての潤沢な施しを決行しよう、と企んでいるのが透けて見えた。


 こんな夜更けに高級クラブのバーで呼ばれた経過も、その行く末に無理を言っているわけではなかった。


「あなたは子供の頃、本当は優秀だったんでしょう」

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