第23話 寿司と幼馴染み~唯人~


 「だぁ~、つっかれた~」


 ソファーにどっかりと腰を下ろした俺はネクタイを緩めて首元を寛げた。


 椿の店のプレオープンイベントは大成功と言えるだろう。


 谷岡も疲れたのか、ダイニングテーブルに突っ伏した状態からぴくりとも動かない。


 かく言う俺もかなり疲れている。夕メシ、外で済ませてくればよかったか?疲れ過ぎてて、思考能力が低下してたな。今夜はデリバリーでも頼むか。


 「谷岡、夕メシ何か頼むけど何か食うか?それとも、いらないか?」


 それまで微動だにしなかった谷岡が緩慢な動きで顔を上げる。


 「ご飯、食べる…」


 本当に、メシには反応すんのな。


 「疲れたからこってりしたのはキツいな。あっさりとしたのでいいか?」


 「異議なし…」


 やっぱり和食がいいな。疲れてる時にこってり油物は胃がもたれるしな。


 「谷岡、寿司とかどうだ?」


 あっさりしてるし、食べる量も自分で決められるから、ちょうどいいと思ったんだが、俺の言葉に谷岡が勢いよく体を起こす。


 「お寿司っ!」


 …異論はないみたいだな。反応がわかりやす過ぎる。


 「じゃあ、二人分注文するぞ」


 スマホでネット注文しようとしている俺に谷岡はブンブンと力強く首を縦に振る。


 寿司以外にもサイドメニューの汁物とデザートを付けてやる。今日は頑張ってくれたしな。


 「頼んだから、先にシャワーでも浴びてこい」


 「了解!」


 さっきまでぐんにゃりしてたのとは思えないくらい俊敏な動きで、谷岡は風呂場に向かう。しかも、寿司が食べられると聞いたからか、素直に動く。


 俺もジャケットとネクタイくらいは脱いどくか。


 一旦、部屋に引っ込むとジャケットとネクタイをまとめてハンガーに掛けておく。ついでにクローゼットから部屋着と下着を取り出すと、それらを持って部屋を出た。


 すると、ちょうど風呂から上がった谷岡がタオルで髪を拭きながら洗面所から出て来た。


 「早いな」


 まだ、数分程度しか経ってないぞ。


 「お寿司の為ならばっ!」


 カラスの行水かっ!それ、小学生並みの理由だな。


 ツッコミたくなるのをなんとかスルーして、俺は谷岡と入れ替わるように洗面所に入る。


 「寿司が来たら受け取っといてくれ。支払いはしてあるから」


 「おまかせあれ」


 俺の頼みを快く引き受けた谷岡は鼻歌でも歌いそうな足取りでリビングに入っていった。


 本当にゲンキンな奴。俺はさっとシャワーを浴びる事にした。


 俺がシャワーを浴びている間に届いたらしく、寿司桶と汁椀をテーブルに並べていた。


 「アイスは冷凍庫に入れておきました。今、お茶を淹れます」


 谷岡が自分から進んで俺に飲み物を用意してくれるのは珍しい。普段は頼んでも、いかにも渋々って感じで淹れる。寿司の威力、すげぇな。


 機嫌のよさそうな今の谷岡なら、昼間湧いた疑問に答えてくれるかもしれない。


 「なあ」


 「はい?」


 声をかけると盆にお茶を乗せた谷岡がこちらに歩いて来た。


 「どうして、最初から藤ノ院さんに頼まなかったんだ?」


 「藤ノ院さんに仕事をお願いするなら、少なくとも一年前に依頼しなければ無理です」


 お茶を俺の前に置きながら、谷岡は「本来なら彼はスケジュールがぎっしりなんです。今回はたまたま運がよかっただけで、こんな事はもうないと思って下さい」と今回の事はあくまで特例だと俺に釘を刺す。つまり、あの時点ではすでに仕事を依頼するには遅いと判断したから、頼まなかったと。


 「お前と藤ノ院さんはどう言う関係だ?」


 「幼馴染みです」


 椅子に座って、寿司を口に入れる前に谷岡は藤ノ院との関係を簡潔に述べた。


 「ただの幼馴染みにしてはかなり親しくないか?」


 谷岡は口に入れた寿司を充分咀嚼して飲み込んでから俺の質問に答えた。


 「のではないです。璃桜君は…は私にとっても家族だと思ってます」


 はっきりと、そう言い切る谷岡はどこか誇らしげだ。


 以前聞いた妹は仲がよくなさそうだから、あまり話したくなさそうだったが、今回の藤ノ院は自分から進んで話しをする。


 『本来の家族よりも家族だと思ってます』


 その言葉の裏に本当の家族との確執が見え隠れする。


 水面に薄く張った氷の上を歩くような、そんな緊張感があった。


 『本来の家族の事はどう思ってるんだ?』


 …なんて、直前の谷岡の台詞を聞いた後でそんな無神経な事を聞ける訳がない。


 まして無理矢理結婚して、強引に同居させている俺が聞いていい事じゃない気がする。


 だから俺は聞きたい事をぐっと飲み込んで、代わりの言葉を吐き出した。


 「藤ノ院さんはすごいな。機会があったら次は正式に仕事を頼みたい」


 「はい。璃桜君はすごいですよ。なんせ自慢の幼馴染みですから」


 表情は普段とあまり変わらないように見えるが、よく見ると口角が若干上がっている。


 俺がその場凌ぎで口にした言葉でわずかでもコイツが喜んでいると思うと、少しだけ罪悪感で胸が痛くなる。


 こんな気持ちになるのは、家族の話題になった時にコイツが見せる寂しそうな表情の中に、羨望の視線を感じるからだ。


 コイツが見せる表情の意味を知りたいと…思っていいのか?けれど、俺がそんな事を思っていると知ったら、迷惑そうにされるだけなんじゃ…


 いくら自問自答しても、答えは出てきてくれそうにない。

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