11 リル

 俺は帰途をライオットとともに歩いていた。


「ほう。自分でスキルや魔法を選べるのだな」

「そういうことですね」


 自分の職業について俺はライオットに話す。ライオットは終始とても興味深そうにしている。本当に俺の職業ツリーマスターはライオットも知らないみたいだ。


「しかし、そんな貴重な情報を私に教えてよかったのか?」

「ええ。構いませんよ。それに、ライオットさんには指輪の恩がありますから」

「あの程度大したことではないのだが……」


 ライオットが謙遜して言う。謙虚なんだと俺は意外だった。最初、正体がバレたときは恐怖の対象でしかなかったが、今は親しみも覚える。しばらく話しながら歩いていると、門が近づいてきた。門の方から一人の妙齢の女性が歩いてくる。その女性はこちらに気づくと挨拶をするように手を上げた。


「よう! おはよう」

「おお、リリアか。早いんだな」


 ライオットが挨拶に応じた。どうやら彼女はライオットの知り合いらしい。リリアと呼ばれた女性は20代後半くらいだろうか。美しい金色の髪は肩口まで伸び、スタイルもいい。胸元が大きく開いた服を着ているせいで目のやり場に困る。リリアは俺の方を好奇な目で見てくる。


「そちらは?」

「ああ。こちらはハンスくんといって、昨日知り合ったばかりなんだが……」

「ふーん」


 ライオットが俺のことを紹介すると、リリアは忽ち俺に近づいて値踏みするかのように俺をジロジロ見てきた。


「よ、よろしくお願いします」

「ふーん……。あんたがねぇ。私はリリア。この町でラモの正体を知るのは私だけよ」


 やはり、リリアもラモが偽名であることを知っているようだ。ということはこの女性もただの町人という訳ではなさそうだ。


「ところで……ハンスくんって、男の子よね?」

「はい。そうですけど……」


 リリアに男か質問されたが、隠すことでもないので俺は正直に答える。だが、その返答にリリアは何故か頬をニヤッと崩した。


「へぇー。ならその格好はわざと?」

「いえ、これが普段着です」

「へぇ~」


 リリアの目つきが変わる。別に普通の子ども向けの動きやすい服なんだが……。


「ねえ、ちょっとこっちに来て」

「嫌です」


 俺は反射的に断る。本能がこの人は危ない人だと告げていた。リリアは頬を膨らませている。初見なら可愛いとでも思ったのだろうが、今はその笑みに恐怖さえも感じる。


「なんでよー」

「理由がないからです」

「あるわよ!」

「どんな理由ですか?」

「それは……」


 リリアが口ごもると、ライオットが助け舟を出す。


「まあまあ、落ち着けリリア。ハンスはまだ子どもなんだし、お前の性的嗜好はまだ分からないのだ」


 え? 今、性的嗜好って言いました? やっぱこのリリアって女、怖いんだけど。


「別にそんなんじゃないわよ! ただ、こんな綺麗な顔立ちをした男の子なんて見たことなかったから……」

「ほぉ……。それで?」

「それでじゃないでしょ!?」


 リリアが顔を赤くする。なんか普通に美人だし、可愛い人なのに好きになれないなぁ。


「はぁ……もういいわ。私は仕事してくる!」

「魔族の偵察か?」

「ええ、そうよ。あなたも来る?」

「いや、私は門番くらいが丁度いい」

「そう。あなたらしいわね。じゃあね、また!」


 リリアは手を振りながら門とは反対方向に歩いていった。俺は手を振りつつも安堵のため息を吐いた。


「変わったやつですまんな。だが、実力は私が保証しよう」


 そう語るライオットも苦笑いをしていた。








 それから門を潜り、しばらく歩いてようやく家にたどり着く。家に着くとまた美味しそうな香りがした。マリアが朝食を用意していたのだ。


「おかえりなさい」

「うん。ただいま、マリア」


 ライオットはまたラモの演技を始めたみたいだ。マリアに向ける顔に厳かな面はなかった。


「あなたもお帰りなさい、ハンス」


 面倒だから記憶を修正しておいた、とライオットは耳打ちする。俺は頷くと、そのまま食卓につく。四人分の朝食が机には並べられていた。


「今、リルを呼んできますわね……。リル! ご飯よ!」


 しばらくして、一人の少女が眠そうな目を擦りながら現れる。思わずはっとした。俺は彼女の容姿に見とれてしまった。こんなに美しい少女、前世でも見たことがない。その瞳は吸い込まれそうなほど澄み切っていて、晴れた冬の日の青空ように麗しい空色をしている。また、純白の髪は、艶々でとてもいい香りがしそうだ。この娘が成長したら前世でのモデルとか女優になることら間違いないだろう。


「ふぁ〜……。おはよう、みんな」

「おはよう、リル。さぁ、食べて」

「はい……。ん、なあに?」


 俺の視線に気付いたのか、少女が眠たげに首を傾げた。


「いやっ、何でもない」


 俺は誤魔化すようにそう言いながらも、思わずまた少女のことを凝視してしまう。すると、少女も再び不思議そうな顔でこちらを見た。


「変なハンス」


 これが王女。やはり高貴な血筋だと美しくなるのか。そんなことを考える俺の隣にリルが座り、食事が始まる。俺は自己紹介とかないのか? といささか変に思う。


「どうした?」


 ラモが首を傾げて訊いてきた。もしかして。いや、そうなのだろう。俺は納得した。恐らくは俺を息子だと認識させたのだろう。昨日は俺のことをシルヴァーナの王侯貴族と勘違いして畏怖していたマリアの表情が、今は和らいでいる。


「いや、なんでもないですよ」

「なら良いが」


 俺は気を取り直して食事を始める。メニューは昨晩と同じでパンとスープだった。質素だが、とても美味しい。


 俺らは黙々と朝食を食べた。食事が終わるとマリアは仕事に行く時間になり、俺たちは見送る。マリアは週に三度、町が営む図書館にて司書をやっているそうだ。


「じゃあ行ってきますね」

「ああ」

「いってらっしゃい」


 ライオットと俺の二人でマリアを見送る。そして、家には三人だけになった。


「では、まず説明をしようか」


 ライオットが口火を切る。


「今のところ、君のことはリルの弟としている。だよな、リル」

「何をおかしなことを言っているの、お父さん。ハンスは私の愛しい弟よ」


 ライオットは確認するように俺の方を見た。つまりはそういうことだ。記憶を変えたんだ。それ、チート過ぎないか? ライオットが耳打ちして話す。


「ハンス。一つ覚えておけ。記憶の改竄は永続しない。いずれ綻びが生まれて元の記憶が呼び起こされることもある。特に生命に危機を感じるときなどはな」

「そうですか……」


 リルは首を傾げている。そんなリルにライオットが尋ねた。


「リル。今日は何をする?」

「私は家で本を読んでいます」

「そうか。ならいい。私も直ぐに仕事に出る。ハンスは?」


 ライオットに聞かれて考える。流石に終夜戦闘していたからか、とても疲れている。今は寝たいな。


「俺は、少し寝るよ」

「そうか。なら、二人で留守番を頼む。机の上に置いてあるお金で昼はどこかで食べてきなさい」


 俺らが頷くとライオットは外に出た。きっと門番の仕事だろう。ライオットの後ろ姿がドアの向こうに消えると、リルが話しかけてきた。


「ねぇ、ハンス。あなたも違和感を感じるの?」

「え?」


 突然のことに俺は驚いた。ライオットのした記憶の改竄に気づいているみたいな口ぶりだったからだ。


「記憶は変えられる。ステータスだって変えられる。本を通して知ったわ。でもね、一つだけ変えられないものがあるの」


 確かにリルの言うとおりだ。幻術で記憶は書き変えられるし、ステータスだって隠蔽で偽ることができる。なら、何を信じていいのだろうか。


「変わらないものか。それって……」

「魂だよ」

「魂……」

「私は気づいていない振りをしているの。でも、魂がここじゃないって言ってるの。もう限界なの。私達でこの望まぬ牢から逃げ出さない?」


 俺は考える。ライオットは本当に信用してもいいのかと。だが、わざわざ俺の記憶を今俺が持つような記憶に変えたとは思えない。それ故に俺はリルに賛同しかねた。


「旅立つってこと?」

「そう! 冒険者になるのよ!」


 リルは目を輝かせている。どうやら彼女も、この世界の冒険に憧れていたらしい。しかし、俺には気がかりな事があった。


「もし旅立つとして、ライオットが許さないよ」

「ライオット……? それって、ラモの本当の名前なの?」

「あぁ。ライオット・リードロット。伝承によく出てくる大賢者その人だ」

「そうなんだ……。それは手厳しいな。でも大丈夫よ、きっと」


 自信満々に答えるリルを見て、俺はため息をつくしかなかった。彼女は本当に行く気なのだ。


「止めても無駄?」

「ええ。無駄よ」


 リルの瞳は決意の光に満ちていた。


「仕方ない。じゃあ俺も一緒に行こう」

「本当? ありがとう!」


 嬉しそうに飛び跳ねる彼女を横目に、俺は考える。今の彼女の様子だと、一人で行かせると間違いなく死ぬ。それに俺だって冒険するのは楽しみだ。ライオットとの約束はあるけど、俺だっていつまでもこの町にとどまりたくはない。


「で、いつ行くんだ?」

「次の新月の日よ。暗いから逃げやすいわ」

「了解。今、リルはレベルいくつだ?」

「私? 私はレベル7よ。だって箱入り娘だったから」


 自慢げにそう言うリルはどこかおかしかった。


「なら、レベル上げておいたほうがいいな。今日とかこれから町の外出ないか?」

「いいよ。でも、ちょっと怖いね」

「あのライオット相手に逃げ込もうとしてる君が言うか」

「それもそうだね」


 リルがはにかんで同意するのを確認すると、俺とリルは家を後にして、北門へ向かうことにした。

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