5 夕餉と密談

 門に辿り着いてから早々問題が発生した。


「あ、家ないんだった」

「宿屋とかに泊まられていないのですか?」


 俺の呟きに門番の男が間髪入れずに反応した。


「ああ。宿屋に泊まるにはステータスの確認があるだろう? 王族だとバレるのは嫌なのでな」

「そうでしたか……。では、うちに来ませんか? 家内が美味しい夕飯を作って待っていますよ!」

「おお。それは助かるが……いいのか?」

「はい! 王族の御方を家に泊めるだなんて、夢のまた夢じゃないですか!」


 門番はやたらと嬉しそうである。俺としては泊めてもらえるのはありがたいので、ここは提案に乗るとしよう。


 俺は門を潜ると、門番に案内されるままに彼の家に連れられた。お世辞にも立派とは言えない家だったが、まぁ俺は王侯貴族でもないし気にしない。


「なんだか悪いですね。こんなにみすぼらしい家で」

「構わない。それより早く飯が食べたい」

「承知しました」


 家からは美味しそうな匂いが漂ってきていた。流石の俺も、一日中狩りをしていたのでお腹が減った。門番は家のドアを開けながら高らかに声を張る。


「マリア! 帰ったぞー!」


 中には一人の妙齢の女性がいた。女性は門番の男に訊く。


「あら、そちらの方は?」

「ああ。旅の方でね。とにかく高貴な御方だが、訳あって一人旅をしている。家で泊めても構わないか?」

「ええ、私は構わないわよ。ただ、リルがどう言うか……」

「そうだな。リルはもう寝てるか?」

「ええ。だから少なくとも今晩は泊めても平気よ」

「ならよかった。さぁ、シルヴァーナ様。中にどうぞ」


 門番の男からは名前はまだ聞いていない。俺は門番の男に案内されるままに家に上がると、男に尋ねる。


「そう言えばお前の名前を聞いていなかったな」

「あぁ、私はラモ・フォゼットです。この街の北門で門番をしています。そしてこちらが私の愛する妻です」

「よろしくお願いしますね。私はこの人の妻のマリア・フォゼットといいます」

「よろしくお願いする」


 どうしても王族ムーブをしなきゃなので、上から目線の話し方になってしまうのが申し訳ないが、二人は特に気にしていなさそうだしいいか。


「それよりあなた。今、シルヴァーナ様と仰ったりしてないわよね?」

「いや、マリア。確かにそう言ったぞ」


 門番のラモがマリアの質問に応えると、マリアは思考停止した。


「ま、ま、ま、まさか。シルヴァーナ様って、隣国の王家の名前じゃないの! なら、この方は! 何かあったら私……」


 慌てふためくマリアを宥めるように俺は言う。


「大丈夫だ。何かあっても全て私が責任を負う。シルヴァーナの血に誓ってな」


 自分でも何言っちゃってるんだかという寒い言葉だが、こういう言葉が妙にしっくりとキマることがあるんだよな。前世でやったら、即危ないやつ認定だよ。


「シルヴァーナ様がそう仰るのなら……」

「そうだぞ、マリア。それよりシルヴァーナ様はお腹が減っているらしい。夕餉にしてくれ」

「わ、私の料理なんか!」

「いや、庶民の飯を食べてみたいとかねてから思っていたのだ。気にするな。それにとてもいい香りがしている」


 正直俺は舌が肥えてないので、全然気にしないのだが。それに、さっきから香っているとても香ばしいスープの匂いがとても食欲を掻き立てているので、俺としては早く食べたかった。


「そうでしたか。では、準備してまいります」


 俺はラモに食卓に案内された。みすぼらしくはあったが、ハイルナー家の食卓と比べても遜色はない。本当の王族ならこういう家に入るのも拒んだりするのだろうか。


 席に着くと、すぐに食事が出てきた。質素ではあるが、美味しそうな料理だった。


「いただきましょう。シルヴァーナ様」

「ああ。……おいしいな」


 一口食べると、俺は目を見開いて言った。


「ありがとうございます」

「ああ、本当にうまい。こんなものを毎日食べられるなんてラモが羨ましい限りだ」

「そんなことはありませんよ」


 否定したラモ。少し悲しげな表情をしたマリアを見て、ラモはしまったと思ったのだろう。すぐに「いや、美味しいなぁー」とこぼした。


「ふふっ、大丈夫ですよ」


 マリアは微笑むと、「ごゆっくりどうぞ」と言い残して部屋から出て行った。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 俺はなんとなくそう言ってみた。そう。不思議なことに、ただの思いつきでその言葉が口から出たのだ。


「はい。分かっております。この家は【王位結界術師】による盗聴対策がなされています。ご安心を」

「…………」


 なんだって? 【王位結界術師】? それってBランクの【結界術師】の上のAランクの【高位結界術師】の更に上のSランクの職業だよな……。


 ラモは黙って俺を見ている。なんだ、こいつも演技派か? よし、ここはこちらも人肌脱ぐとしよう。


「……まずはそうだな。シルヴァーナの王族である私がわざわざここに来たのはなぜだか分かるか?」

「ええ。試練というのは嘘。心得ていますとも。そのための私ですから」


 ラモは真剣な眼差しで俺を見た。俺は正直なんのことかさっぱりわからない。わからないのはわからない。だから、訊くことにした。


「ほう。そのための私、とはどういうことだ?」


 俺は少し興味深げに聞き返す。


「私は国王陛下の命令でここにいます。つまり、貴方もご存知のある方を護衛するために派遣されたのです」


 ……ん。ご存知ないな。国王陛下の命令とはどういうことだ? やはりわからないので俺は訊く。


「どういうことだ? 話が違うではないか」


 俺が訊くと、ラモは続ける。


「もしかしたら国王陛下は伏せていたのでしょう。私とマリアの娘として育てているのは他でもない、この神聖サンタリア王国の第一王女リル・ラ・サンタリア様であられます。此度の旅は、要するに、二人の逢瀬のためのものなのですよ。予定よりもだいぶ早かったですがね」


 そう言うラモからは、先程までの門番の男としてのどこか抜けていそうなあの面影が消えていた。俺は冷や汗をかき始めていた。

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