第33話 彼の名前はクルルーイ


 第一キャンプ、その第二エリア側の橋は落ちていたが、エーテルを利用すれば河を渡るのは容易い。


 レーノたちは中州に降り立った。火薬の臭い残る戦場。


「クレース。大丈夫っすか」

「心配……いらないわ」


 戦場の中央に石像が一つ立っている。クレースが前に剣を構えると、像の石膜がパリパリと剥がれていき中の人間が明らかになる。石像の中から現れた男は腰を下げて両腕を構える。


「ねえレーノ」

「なに?」


 その言葉はごく自然な響きだった。


「協力してください」


 レーノはおっとクレースを見る。


「らしくないじゃーん」

「ね。かわい~」

「は? どこが可愛いのよ」

「お、ツンツンしてくれたっすね。クレースはこうでないと」


「はああ? うっさ。うっさいうっさい。ああもう……やるわよ! 行くわよアンタたち! ちょっとは強くなったところを見せてやるわ!」


 四人は洗脳されたランに武器を向ける。




**




 〝がらんどう〟は恐るべき速度でギルドランクを駆け上がっていった。レーノとメルフィイの二人には冒険者の適性があった。自分の命を顧みない無鉄砲で大胆な攻略劇は、多くの冒険者を虜にした。


 特筆すべきは〝創造〟のエーテルの過去に類を見ない運用方法。それは欠けた自分の身体を補おうと試行錯誤したために得られた技術だったが、結果として〝創造〟のエーテルの可能性を開かせることになった。


「クルル! こっち来て飲みなよ!」

「はは。僕もこっちでちびちび飲んでるから大丈夫だよ」


 夜の酒場。その日も〝がらんどう〟は大仕事をこなし、その報奨金で宴を開いていた。


 クルルーイはカウンターに腰かけて、輪になって机を囲む他のメンバーを、少し離れたところから眺めている。


「全く、保護者みたいな顔して」


 メルフィイがクルルーイの隣に座る。クルルーイは甘い酒を一杯追加で頼む。


「気に障っちゃったかい?」

「そんなことないさ。実際私とレーノにとっては保護者みたいなもんだからね」


 メルフィイは渡されたグラスに口をつける。遠くを見るように視線を上げる。


「いつの間にか、五年も経っちゃったねえ」

「嫌だった?」

「少なくともレーノにとっては、そうではなさそうだね」


 メルフィイはクルルーイと同じ様に、他のメンバーの方へ目を向ける。そこには、楽しく杯を掲げているレーノの姿がある。その笑顔には、一切の暗い影もない。少年は青年となっていたが、その顔には少年のものと見紛うほどの屈託のない笑顔が浮かんでいた。失われていた時間を取り戻しているように。


「けれどまさか、レーノよりも君の方が堅牢だとは思ってはいなかったな」

「あらあらまあまあ、相変わらず勘が良いことで」

「君たちは似たようなものだと思っていたんだ。けれど、実は違ったんだね」


「クルルのそうやってすぐに言い当ててくるところ、正直あんまり好きじゃないな。モテないよ」


「モ、モテ!? べべべつに、モテたいわけじゃないけど……!?」

「確かに。クルルにはあの人がいるもんねえ~?」

「い、いいいや別に、あの人は」

「じゃあこないだ一緒に選んであげた指輪は誰にあげたのさ。ほらほら言ってみなよ~」

「えっ、あ、いや、あのそのそれはあの」

「なに?」

「実はまだ渡せてなくて……」

「——はああ!? テメエこの、ナヨカス陰キャ野郎! あれもう二か月前だぞ! 今から渡してこい!」

「う、うぅぅ……」


 そうやってメルフィイがクルルーイを愉しく弄っていたところ、突然、酒場の扉が大きな音を立てて開かれ二人の注意はそちらに向いた。場の人間はみな彼女に注目して静かになる。


 女が一人、血相を変えて入ってきた。彼女はクルルを見つけて駆け寄ってくる。


「モッカ? どうしたんだ」


 モッカはクルルーイの前で、膝に手を付いて体を震わせている。


「市長が殺された。市長が——姉さんが。姉さんが殺された。クルル、なあクルル。姉さんが、殺されたんだ」


 クルルーイの身体が固まる。メルフィイにはかける言葉が見つからなかった。


「クルル……どうしよう。クルル……」





 ギルド管理協会、その会長の暗殺事件。二年前に起こったこの事件によって、モッカは会長の座に着くこととなった。




**




 メルフィスはサーウィアに辿り着いた。大きな三角帽子。長い杖。右目には眼帯。魔女がここに一人、その身一つでやってきた。


 固く閉ざされた城門の前に、別の女が一人いる。長い黒髪を肩に乗せた涙ぼくろの女。各所にファーをあしらった装備。いつもの事務姿ではなく、冒険者としての彼女の姿。武器らしい影は見えない。


「メルフィス、ご苦労だった。早速だが、アタラクシアの面々を引き渡してくれ」

「おお、面白いセリフだね。モッカ」


 モッカが城門前に立ちはだかっている。


「私は君の能力を買っているのだ。感覚、視野、瞬発力、思考速度。そういった、冒険者に必要とされる総合的な力が、君にはある」


 まんざらでもないメルフィス。モッカは続ける。


「『メルフィスはモッカの手引きで〝アタラクシア〟に潜伏していた』。君のために用意したストーリーだ。それで君の罪の全てを許そう」


「ふふ、私は罪を犯してなんかいないよ。私が直接手にかけた人間はひとりだっていない」

「……なるほど。それはすまな――」


「お前の姉と同じように」


 モッカが固まり、毅然としていた表情が次第に揺らいでいく。メルフィスは鼻で笑う。


「お前の姉がクルルを使ってそうしていたように、お前も私を手駒にして手を汚させようとしてるんだろ。なあ、エックスの過去を知っているか? 彼がフロンティアに来た本当の理由を」


 モッカの額に冷たい汗が浮かぶ。鼓動が早くなってくる。


「――まさか、先代の会長を――私の姉を殺したのも、お前たちなのか」


 メルフィスは杖を向ける。偽りではない自然な怒りが声に表れる。義憤。それはエックスのため、もしくは、クルルーイのためであったかもしれない。


「この事件には多くの大義名分があった。けれどその全ては、お前の姉とクルルから始まったんだ」




**




 ギルド管理協会会長の暗殺事件。サーウィアを形作る要人の一人が殺されたとあって、それは周辺国にまで伝わった。実行犯一人は捕まったが、彼一人でそれが可能だったかは疑わしいとされた。クルルーイは前会長と個人的に交流があったため、自ら実行犯の仲間を探し始めた。〝がらんどう〟のメンバーも、クルルーイのそれに付き合った。


 最初に彼らを見つけたのは、メルフィイだった。サーウィアの隣国、そこで堂々と活動していたキャラバン。


 一人、夜襲をかけてメンバーの揃っているところを捉える。ランプの灯が揺れる。全員を縛って部屋の中心に寄せ、メルフィイは重ねられた机に座って彼らを見下ろす。


「君がリーダー格? えっと、レオランさんかな?」

「え、ええ。そうよ~? この、私たちはなぜ捕まっているの? あなたはどなた?」


「私、この国の軍と個人的に契約しててさ。街の犯罪の情報とかも共有してもらえるんだ。君たち、サーウィアの会長だけじゃなく、もっといっぱい殺してるだろ」


 レオランは命をもって口封じしようとしたが、エーテルが起動しない。


「ああ、そこのランプは実はフロンティアのモンスターが擬態してるやつでね。あの光の差す部屋でエーテルは使えないよ。ま、私は例外だけど。つーかフロンティアの冒険者にエーテル戦を挑もうってのは。流石に無理あるって」


 メルフィイが嗤うのにレオランが何か言い返そうとしたが、エックスがそれを遮った。


「お前の目的は何なんだ。私たちをこの国の憲兵に差し出すのか」

「いや? どちらかというと、サーウィアに差し出そうかと思っているけれど」

「つまりお前が興味を持っているのは、会長殺しについてだけなのだな」

「それにすらあまり興味はないけど。恩人が君たちを探しているから、協力したくてさ」

「それは、クルルーイという男か?」

「そうだけど、なんで分かるんだい?」


 エックスは質問攻めで会話の主導権を奪う。


「サーウィアで我々を探しているのはお前含むクルルーイ一派だけか?」

「い、いや? 一応他にも、現会長の一派も探してるよ? ただ、それ以外では、私たちだけかな」

「なるほどありがとう。概ね話が見えてきた」

「私は見えてこないんだけど?」

「聞いてくれ。前会長を殺したのには立派な理由がある」

「人殺しの理由に立派なものとは。大きく出たね」


「私は、前会長の差し向けた男に、父親を殺された。六年前のことだ。彼女を殺したのは、その罰を与えるためだ」


「へえ。それがホントなら仇討ちってこと? でもなんで前会長はそんなことを?」


「私の父の究極的な思想は、フロンティアの存在を揺るがすことだった。危険視されてもおかしくはない。彼は、スクロール・ワールドという思想を信じていた」


 スクロール・ワールド仮説について、エックスの口から説明される。


「だが、彼はそんな大それたことが起こせるような人間ではなかった。良い親ではなかったが、私に並み以上の教育を施してくれた。妄執に取りつかれていたが、それは彼の親に思想を歪められた結果だ。不幸な人だったんだ。決して、理不尽な目に遭っていい人ではない!」


 メルフィイはエックスの話に耳を傾けながら、とある事実に気付いてしまった。


 ――ちょっと待て。私とレーノがクルルに救われたのは、五年と少し前のこと。クルルはあのとき、自分は東から来たと言っていた。六年前にクルルは、東端にいることが、有り得るんじゃないか。


「そして私たちの仇はまだ残っている。前会長の命令を受けて、私の父親を殺した、張本人。彼の名前は、クルルーイだ」

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