第25話 共同戦線

 荒野に枯れ草が転がる。


「よーし! まずはカスカル、君からだ」


 カスカルがメルフィスの方を見ると、目前に一体のモンスターが迫ってきていた。


 大きさは一メートルほどで宙に浮かぶ。霞の様に輪郭の曖昧な存在。下半身に行くにつれ姿が濃くなる。おとぎ話の精霊のような上半身だが、下半身は複雑に分かれ、絡まって、木の根の様に広がっている。その全ての先端が、うねうねと軟体生物の手足のように蠢く。


 モンスターは右手でカスカルの額に触れようとする。しかし当然、カスカルは後ずさってその手から逃れた。


「話が違うっすよ」

「違わないとも。事が済んだらみんな洗脳からは解放してあげるさ」


 モルガナはカスカルに背後から忍び寄ってくるツルヘビたちに気付いた。慌てて蹴散らす。


「おや、君は知らない顔だね。誰だい?」

「あなたこそ誰かしら!」

「わお! びっくりだ。私のこの三角帽子を知らないの?」


 メルフィスは帽子のつばを上げる。


「私は〝アタラクシア〟のメルフィスさ。人は私を〝魔女〟と呼ぶ」


 続けて、緑髪のたれ目の女がメルフィスの隣に虚空から現れる。


「私も自己紹介しちゃお~。レオランっていうの。よろしくね~」


 レーノは茫然自失。何の反応もない。


 カスカルはメルフィスに改めて右手を向ける。


「その態度を貫くなら俺はもう協力できないっすけど?」

「あっはっは、そうかそうか。いやー全くざんね……」


 勿体ぶった言い回しのメルフィスを遮ってレオランが答えた。


「カスカルちゃん、ごめんなさいね」


 メルフィスは不満そうに頬を膨らませる。カスカルはエーテルに意識を向ける。


「じゃあもうやるだけやるっすよ!」


 メルフィスとレオランの足元から激しい竜巻が起きる。二人の姿が歪んで景色に消える。二人の見せていた姿は幻影だった。


「これも本物じゃないか。でもこんなに細かい操作、近くにいるはず! ブレっち!」

「分かりました!」


 傷を回復したブレイズが杖を構えて細かい火球を大量に浮かべる。


「ウォっち! !」

「わざわざ言うな!」


 こちらもダメージから復帰したジェンウォがブレイズの脇に控えている。ブレイズが杖を振り、細かい火球を周囲一帯に無作為に飛ばす。敵に当たる可能性はかなり低いが、しかし有り得なくはない。その可能性が一割もあるならば、ジェンウォには十分だ。


 火球の一つが爆ぜ、姿を隠していた二人が姿を現した。しかしメルフィスはレオランを盾にして火球の爆発から逃れている。モルガナが射撃するが、これもまたメルフィスはレオランを引っ張ってきて盾にした。


 レオランが背後を睨む。


「ちょっ……と……」

「傷はすぐに〝創造〟で補うから大丈夫だよ?」

「火傷も……治してよ……!?」

「火傷を隠すお化粧なら後で教えてあげるよ」


 メルフィスは力の抜けたレオランを地面に捨てた。顔を上げると、カスカル、ブレイズ、モルガナの飛び道具が襲い掛かってきていた。ジェンウォは〝運命〟のエーテルを振り絞る。


 それぞれの攻撃はメルフィスに直撃した。竜巻がやみ、砂埃が晴れていく。ケホケホという咳の声が聞こえる。


「けほ……ふう。〝運命〟は避けようがないんだよな。でもその石は消費が重い。今のでエーテルは使い切ったろ」


 メルフィスは無傷。三人は追撃しようとするが、しかしそれぞれの身体の傷で態勢を崩す。モルガナは自分の腹の痛みを抑える。そこには弾痕がある。隣を見ると、カスカルは全身を細かく切り裂かれ、ブレイズは顔面が焼けただれていた。ジェンウォだけが無傷だったが、どこからか現れた人型の巨体、寸胴でむっくりした3メートルほどのモンスターに取り押さえられている。


「あっぱれだ。ハイクラスギルドに数えられるだけあるね。しっかりした連携でスピード感もあった。惜しむらくは、今の一斉攻撃はミスだったな」


 メルフィスの腕には一羽のウサギが抱かれ、きょろきょろと辺りを見渡している。


「眠りを妨げるようとすると攻撃が跳ね返ってくる、〝枕兎〟だね。起きていたら無害っていう面白いモンスターだ。一度攻撃されると起きてしまうから、順番に攻撃していたなら、二撃目、三撃目は受けられなかったんだよ」


 モルガナは傷が浅い。再び銃を構えて引き金を引こうとする。


 その直前に、突然傍に現れたモドリドリに銃を叩き落とされた。メルフィスは得意げにモルガナに目をやる。


「その鳥は知ってるかもしれないね。私が実験で生み出したモンスターの一つさ。君の銃を蹴り飛ばしたソイツは最新版で、なんと姿も消せるんだ。んーまあ、無理やり〝認識〟の石を移植しただけだから、寿命も短い失敗作なんだけどね」


 メルフィスは兎の耳を掴むとポイと投げ捨てて、モルガナたちの方へ歩いてくる。兎は地面に落ちるはずのところ、メルフィスの影にトプンと飲み込まれた。


 全員の中心に、精霊とタコを合わせたようなモンスターが現れる。先ほどカスカルに右手で触れようとしたモンスター。メルフィスは商人が売り物を紹介するように左手を上げる。


「そして、コイツが私の切り札の一つ、〝渦巻く妖精ドラゴンフェアリー〟。第六エリア〝迷宮〟にごくまれに現れる強力なモンスターだね。人を洗脳する力を持っている。高度な知能を持っていて、人間を生きたまま迷宮の奥地へ連れて行き玩具にするのが趣味のヤベー奴だ。〝アタラクシア〟のみんなで体力を削って、なんとか〝支配〟できたよ」


 渦巻く妖精は、ボロボロで辛うじて立っているカスカルの目前までふわふわ移動していくと、彼の額に右手で触れた。するとすぐに、カスカルは意識を失って力無く倒れてしまった。


「せっかくみんな体力と精神が摩耗しているようだし、全部洗脳してゲットしちゃおっかな~」


 実際モルガナたちの中に、その蛮行に異議を唱えられる程の余力を持った者はいなかった。モルガナはレーノに目で助けを求めるが、彼は依然クルルの死体を抱いて固まっている。その足首にはツルヘビが一匹噛みついていた。


 ――ツルヘビ。噛みつかれても〝呪い〟は発生するのかしら。だとしたら、レーノの精神状況がどうなっているのか、もう想像もつかない……!


 メルフィスはブレイズ、ジェンウォと順番に洗脳していく。次にレーノに手をかけようとしていたところ、ふと何かに気付いて足を止めた。


「……待てよ? 今はレオランも気絶しているわけだしな。全員殺したことにして、フェアリーに隠し持たせておくか。エックスに知られていない戦力として隠しておけば、いつか寝首をかくのに役立つかもしれん……」


 メルフィスの考え込む折、レーノはおもむろに左手を持ち上げると、自分の頭に銃口を突きつけた。右手も添えて、力強く握る。引き金に指をかける。


『バンッ――!!』


「おや?」


 モルガナの銃弾はレーノの拳銃を弾き飛ばした。彼が引き金を引く前に。


 メルフィスはモルガナに振り返る。


「良い射撃だ。上出来。私もレーノにはまだ死んでほしくなかったんだよね。ありがとう」


 今もモルガナの腹の弾痕からは血が流れ続けている。


 ――痛みなら、十分体験してきたはずですわ。


 長く息を吐く。明鏡止水。痛みを飲み込んで、声を出す準備を整える。メルフィスに目をやる。


「あなた……エックスと一枚岩ではないのかしら」

「交渉かい? 確かに最終的には洗脳するつもりだけど、けれどかなり先までは目的を共にしているんだ。君ごときが出せるカードで私は買えないよ」


「口が達者なのは、普段、隠している自分が多いからですわね」

「ほお。何故そう思う」

「私がそうだからですわ。自分の事を語りたくて仕方ないけど我慢してますの」

「じゃあ相手を殺す前に語ることをお勧めするよ」

「もしくは記憶を奪うのはどうかしら」

「君は〝記憶〟のエーテルが使えるのかい? 珍しいね」

「〝熱〟と〝重さ〟も使えますわよ。今から目の前で使ってみせてもいいですわ」

「……?」


 モルガナから乾いた笑いが漏れ出る。


「ああ、私がこれから語るのは、あなたの記憶を奪うからではありません」

「殺せるとでも?」

「なら、共に地獄へ落ちる覚悟で」

「それなら可能かもしれないな。聞いてあげるよ」


「私の名前は、モルガナ・フォン・ジェリア。ジェリアール王国の継承権においてお兄様の次に位する者。そして、お兄様を殺してその身分を奪いに来た者ですわ」


 巧妙な噓とは、真実と虚偽を織り交ぜて語る嘘だ。噓をつく者が元よりその真実に近ければ近いほど、その決定的な部分は見抜かれない。


「お兄様は最終的には国を立ち上げるつもりなのでしょう? 国というなら私の継承権は、あなたの裏切りにきっと役に立つ。違うかしら」


 つまりこのモルガナの言葉は、どこをどう見たって筋が通っていて、全く疑う余地が無かったのだ。


「共同戦線を結びましょう。ここにいる人たちを、全て見逃していただけるなら」


 モルガナはエックスに近付くため、メルフィスを利用することにしたのだった。

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