第15話 第三キャンプの羊角隊

 モルガナは穴に引きずり込まれて、今も落下し続けていた。初めは頭上に光を感じていたが、次第にそれは細り見えなくなった。


「うわあ。暗いですわ」


 何も見えず、段々と感覚も鈍っていく。傍にいるはずのレーノのことも、腕を握る手の平越しにしか感じ取れない。


「あと、腕が痛いですわ」

「あっ、ごめん強く掴んじゃって」


 レーノがモルガナの腕から手を放す。


「あ! 放しちゃった!」


 その言葉を最後に、レーノの気配が感じ取れなくなる。


「――え? レーノ? レーノー? レ――ノ――!?」


 返事はない。





 途端に暗黒が途切れて視界が開ける。激しい風がモルガナの目を襲う。落下していることは分かるが風圧に目が開けない。


 ――そういえばレーノからゴーグルを預かってましたわ!


 下方からの突風に耐えながら、頭に装着して周囲を見渡す。


 遥か彼方に広がるフロンティア。東を見れば前半エリアを越えてギルドの街サーウィアまで。西を見れば未開のダンジョンが広がっている。眼下には水気の無い肌色の荒野。


 モルガナの落下するそこは、第三エリアの超上空だった。


「ぶあああああ」


 モルガナは何か言葉を発しようとしたが風が口に入って話せない。体を地面に対して仰向けに回転させる。陽光を浴びて反射で伸びをする。


 息を吸って、思いっきり大声を出す。


「めっちゃいい景色ですわ――――!!」


 近い日光と激しい風が不思議とバランスよく感じて心地よい。


「もっかい言いますわよ!? めっっちゃ! 良い! 景色ですわ! ひゃっほ――!!」


 背中を強風に支えられながら、元気よく叫んだ。


「……ふぅ」


 モルガナは一つため息をついてから真顔になる。両手を組んで枕にする。


 ――私、死ぬんじゃなくて? 


 右手に持った〝重さ〟のエーテル石を意識する。


 ――これでどうにかなるのかしら。落下ってすればするほど速度が上がっていくはずですわ。落下速度は即ち重さ。これ高さどれくらいありますの?


 地面に落ちるまでまだ三十秒以上はある。


 ――うーん、この落下に張り合おうとしたら、エーテル持たないですわよね。二つ持っておけば連結でどうにかできる目が残ったのかもしれませんけど、あいにく一個しか持ってませんわ。〝熱〟の石は——ネクスィから一つ借りてきたから、二つ。〝記憶〟の石が一つ。こいつらでどうにかなるとも思えません。


 死——。


 あと二十秒。


「――諦めるには早いですわ!」


 カッと目を見開く。とりあえず全力で〝重さ〟のエーテルを回して出来る限り体を軽くし続ける。短機関銃とライフルを捨て、代わりに鞄の内側のポケットに〝熱〟のエーテル石を二つ突っ込み、連結して起動する。そして鞄の口の両端をそれぞれ両手で持ち、上に構える。


「気球の要領ですわー!」





「やーばいやばいやばい!」


 一足先に降りてきたレーノはすぐさま鷹の足を手放し、弾丸を四つ地面に撃った。四本の柱がすぐに伸びる。


「最後にはいっ!」


 柱の中央へ走って行って上空へ撃つ。それはすぐに大きく広がって膜のようになり、その四方が柱の先端と繋がる。膜は初めたわんでいたが、すぐにピンと水平に張った。柱はグングン伸びていき、モルガナが落下する頃には5メートル以上の高さになる。


 モルガナが膜の中心に落ちる。膜はゴムのように伸びてモルガナを受け止める。相当伸びても支えきれず、最後に膜はパチンと弾けた。膜の下で構えていたレーノが抱きとめる。モルガナも抱き着く。


 レーノはモルガナに押しつぶされたが、しかし地面に横たわった二人には、まだ変わらず息があった。大きな怪我もない。


 二人とも深呼吸を繰り返して逸る心臓を鎮める。


「はー……。助かり、ましたわ……」


 レーノは安堵から力が抜ける。モルガナを乗せたまま、両腕を広げる。


「よかったよ。助けられて……」


 モルガナはレーノの上から動けない。


「ああー……。エーテル連結したから、全身がもう……筋肉痛ですわ……」

「い、いいよ。流石にちょっと、ゆっくりしてよう」

「クレースさんは?」


「影も形も見えないな……。かなり遠くに落とされたみたい。飲まれる直前に鷹を一匹傍に付けたから大丈夫なハズだけど……」


「それじゃあ心置きなく、このままゆっくりできますわね……」


 モルガナはレーノの胸を枕にして気絶してしまった。レーノはモルガナの寝息を立てる速さに困惑しながらも、右手でその背中を撫でる。と同時にデジャビュを感じた。似たようなシチュエーションでモルガナの背中を撫でたことがある。


 ――そんな経験があり得るとしたら昨晩だけだな。やっぱ俺、モルガナと寝ちゃったんだ。


「身体は覚えてるのに、頭が覚えてない……。間違いなく〝記憶〟のエーテルの作用だ」


 モルガナの睡眠が深くなるのを待って身体をまさぐる。服の内側、コルセットの傍の隠しポケットにそれは入っていた。鼠色のエーテル石。色を確認してすぐに元の場所に戻す。


 地図作成のために持っていた紙を取り出してこのことを記す。モルガナが起きる様子はないが、できる限り起こさないようにゆっくりと作業する。


 一連の動きを終えて、レーノは再びモルガナの背中を撫で始めた。温い風が頬に当たり、太陽がじりじりと照り付ける。レーノは弾丸を指ではじき、再び柱に膜を張って日陰を作る。広大な自然の中、吹き通しのテントの下で横になる。


 モルガナを起こすのを悪いとも思い、そのままの姿勢で思索に耽る。脳内に噴火の様にあふれ出た思考を、一つ一つ言葉に直していく。


 ――〝がらんどう〟を襲ったヤツは〝認識阻害〟か〝記憶操作〟の様な能力を持っていた。そして、スー曰く人間だという。その件と、モルガナが〝記憶〟のエーテルを隠し持っていたことを繋げて考えてしまうのは、おかしな話じゃない。


 〝認識阻害〟に限って言えば〝ナンバーワン〟の双子も使っていた。だが〝認識〟の石はよく獲れる方の石だし、冒険者にとって取り回しが良いから広く普及している。そう、候補自体は多く存在しているんだ。


 ただ、〝がらんどう〟のフルメンバー11人を相手取って圧倒できる人間がこの世に存在するのか? これは疑問だ。俺と同格の冒険者が10人もいるんだ。モルガナにはまず間違いなく不可能。双子だって無理。敵が一人だったとも考えられないけれど……だとしても難しい。例えばメンバーが気を抜いていた時の奇襲ならあり得たかもしれないけど、護衛中で気を張ってたわけだし。護衛対象を狙われて庇った可能性は有り得る? いや、クルルなら事の深刻さをすぐに見抜いて、それぞれの命を優先するよう指示したに違いない。


 単独で〝がらんどう〟に及ぶ戦力はランかエックスくらいだけど、二人に認識系エーテルの適性があると聞いたことは無い。この二人のいずれかがその適性があることを隠し通していた可能性が今のところ一番高いか? でもランは第一キャンプで話してみて良い人そうだったし、エックスに関しては何度かご飯を食べに行ったこともある仲だから、疑いたくはないなあ。


「ダメだまとまらない。そもそもさっき襲われたのも何だったんだよ……」


 ――カスカルが言っていた言葉を考えるなら、カスカルとラン、ハイクラスギルドのリーダー二人がそれぞれ特殊なモンスターに襲われた……。


「まさか、ウチが襲われたのもそれと同じ流れなのか? モンスターの改造と言うとメルフィスの十八番だけど……じゃあ〝アタラクシア〟が? だとしたら何のために……」


 レーノも気の緩みとモルガナの眠気に充てられて意識が揺らぐ。意識があるうちに、警戒用の鳥かごと、周囲にトラばさみを何個か巻いて透明に加工する。いくつか加工が途中で止まってしまった。石を見ると透明になっている。


 ——エーテル使い切っちゃったか。石の回復を待つまで、ここからは動けないなあ……。


 警戒を鳥かごに任せ、自分も眠りに落ちた。





 第三キャンプに石造りの建物は一つだけで、他には簡単なテントが十数個ある。以前なら〝宵の明星〟のパーティーが常に一つはいたが、今はその影はない。


 ――いや、正確には、元〝宵の明星〟のパーティーが一つだけ、いる。


 比較的キャンプ側に落ちたクレースは、半日かけて第三キャンプまで歩き、そこの様子を探っていた。陽は落ちているが松明は灯されないまま放置されている。


 クレースがキャンプに正面から入らず隠密して侵入したのは、朧げな〝勘〟によるものだったが、しかしそれは正解だった。中央の石造りの建物の外壁に張り付く。中の会話を窓から盗み聞きする。


「……ようよーう、首尾はどう?」

「カスカルなら……仕留めました。鳥の子たちが、さっき届けてくれましたよ」

「届けた? まさか首をか?」


「いいえ、息はあります。どうやらあの子たちは『可能であれば生きてまま連れてこい』という命令を受けているみたいで。今は一応、杖を奪って地下の檻に入れてます」


「はあ。それは……複雑になんなあ。檻は見張ってんの?」

「シルベくんと私が見張ってますけど……ジェンウォが帰ってきたら、また考えましょう」


 〝宵の明星〟は構成員40人近く。クレースはその顔を一々覚えてはいなかったが、このパーティーは話に聞いたことがあった。〝羊角隊〟。サーウィアの治安をある意味で守り、ある意味で悪化させていたパーティー。街の裏取引を支配しつつ、しかし自分たちもその恩恵に与かる。カスカルとたびたび対立していて、一週間前ついに〝宵の明星〟から離反した。


 ——こいつら第三キャンプにいたんだ。じゃあカスカルがここを目指してたのはこいつら絡みね。じゃあさっきのは、カスカルが来るのを嫌ったこいつらに返り討ちに遭ったってこと?


「うーん」


 ――〝宵の明星〟のゴタゴタに付き合う必要はないんだけど……。


 クレースは近くの木に留まっていた鷹を手招きする。鷹は猫に変身して静かに木を下り、クレースの足元に寄ってきた。それはレーノのエーテルを八割近く裂いて作った特製の創造物。高度な自立性を持ち、作られてから時間が経った今でもその形を自在に変形させることが出来る。


「無視して進むこともできないしね。助けてやりましょ」

「にぁん」

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