第2話 第一エリア〝二の森〟

 翌日、宿の受付で合流する。


「レーノ様、おはようございます」

「おおー。まだ早いのに決まってんね」


 モルガナのツヤツヤの金髪はウェーブを描き、毛先は内側に巻かれている。シックなドレスにも汚れやしわはない。


 対してレーノの短い黒髪はほとんど手入れされず、あちこちに向いている。くしゃくしゃのシャツを、使い古しただぼだぼのズボンに入れる。さながら煙突屋。首にはゴーグルをかけている。


「お褒めに預かり光栄ですわ。頑張ってるかいがありますわね」

「頑張ってんだ」

「まあ〝熱〟のエーテル石を使ってますから、相当ラクをさせてもらってますけど」

「ああー。それ女の子は結構やるよね」

「そんな! 画期的な運用法だと思いましたのに。そうですわよね私なんて、すんすん、エーテルの扱いは素人ですわよね」


 レーノは苦笑する。


「エーテルの扱い、上手くなりたいの?」

「それは当然でしょう? せっかくフロンティアに来たのですから、どうせならカッコよく戦いたいですわ!」


 ——うん。この子、お転婆だな。教育係の人は苦労してるだろうな。……と、いうか。


「モルガナさんはここに一人で泊まってるの?」

「ギクッ!」


 ——ギクッ!? 何が!?


「あ、いや失礼。お付きの人間もいたのですが、まあ色々あって今は分かれておりますわ」

「な、なるほど」





 二人は冒険者向けの装備が売られる市へと足を運ぶ。鍛冶屋の熱が汗を浮かばせる。老舗は大きな店舗を構えているが、渡りの商人などは敷物を広げて商品を並べなければならない。ただでさえ広くない道がさらに狭くなり、向かいの相手とすれ違うのも精いっぱい。


「ということで、キミにもある程度の装備はしてもらいます」

「よっしゃあ! 私、剣を振りたいですわ。でっかい剣を」

「うん。その腕の細さでは難しいね。素直に銃にしとこうか」

「しょ、しょんなあ……」


 エーテル石を売る市場まで歩いてくる。エーテル石——それは、大きさ10センチほどの、半透明な四角錘の結晶。褪せた鈍色から絵の具のような水色まで、様々な色のものがある。


 エーテル石は相当な高給品であり、安い物でも冒険者の給料で丸々一か月分ほどの値段がする。これが獲れるのはフロンティアのみ。冒険者が危険を冒してまでフロンティアに潜る、大きな理由のうちの一つである。


「エーテルの適性は〝熱〟だけ?」


 モルガナは即答せず脇を睨みながら答える。


「あー。〝熱〟と——〝重さ〟もありますわ」

「おお、かなりメジャーだ! 恵まれてんね。良かった良かった」


 レーノは店先の剣を一本手に取る。その刀身には、エーテル石をはめ込むための空間が設けられていた。


「こんな感じで、エーテルを利用する武器とか防具とかいっぱい売ってるんだ。これならほら、〝重さ〟のエーテル石を入れれば、都合良さそうだろ?」


「重くて持ち上げられなくなるんじゃなくて?」

「振り下ろすときだけエーテル石を使えばいいんだ」

「理解ですわ」


「こういったシンプルなものの他にも、エーテルに指向性を持たせて放つ杖とか、火薬と組み合わせたものとかあるから……」

「じゃあ早速買ってきますわ!」

「えっ」


 モルガナは通りの路地へと走って行ってしまった。


「あれ、気を遣われちゃったのかな?」


 レーノの後ろから女が一人現れた。昨日、依頼所でレーノに発破をかけた女である。ボーイッシュな短い赤髪。縦縞の青いシャツにズボンで、格好からもフェミニンを排している。


「ゲヘナ!」

「よっ。元気そうだね」


 ゲヘナは何かを指ではじいてレーノにパスする。掴むとそれは〝創造〟のエーテル石だった。中は真っ黒に満ちている。


「っとこれは。貰っていいの? 悪いね~」


 ゲヘナは微笑んで返したが、そこには僅かな寂しさの影もあった。


「レーノに死なれたら嫌だからさ」

「依頼中に死ぬつもりは流石に無いよ?」

「そ、その後も死なないでよ……?」


 ゲヘナはモルガナが走っていった方に目をやる。


「それに、あの娘が死ぬのも残念だし」


 レーノは怪訝に眉をひそめる。


「死なせるつもりこそないけど?」

「それはどうかな。君たち〝がらんどう〟を襲ったヤツが、まだ倒されてないわけだしさ」





 さらに翌日、レーノとモルガナの二人はフロンティアに踏み入った。西の城壁を出てすぐにそれは広がる。第一エリア、〝二の森〟。木漏れ日の差す、一見穏やかな森である。


 レーノは皮の装備と首にゴーグル、そしてリュックを背負う。モルガナは、ドレスの各部に金属のプレートを仕込んだ装備を特注していた。


「まさか一日で作らせるとは……これが金の力か……」


 ――そして、その衣装にそんなにこだわりがあんのか。その一着に、何か執着が?


 モルガナはキャッキャとはしゃいで道の先へ駆けていく。


「フロンティアですわー! 何度も何度も何度も何度も夢に見たフロンティアですわーー!!」


 ワクワクを抑え切れずにピョンピョン跳ねながら振り返る。そのキラキラとした笑顔の眩しさは、レーノが思わず手をかざしてしまいそうになったほどである。


「フロンティア! ですわ!」

「うん。フロンティアだよ!」

「ここが、世界の最西端ですのね!」

「そして、未知と既知の境界。人類の最前線でもあるのです!」

「うおおおお!! アツいですわ!!」


 第一キャンプまでは多くの冒険者によって踏み均され、ある程度道と呼べるものが出来ていた。探索するならともかく、先へ進むだけならここを通っておけば危険は多くない。


 木漏れ日に小鳥がチチチと鳴く。赤や黄色の果実が視界に彩を沿える。


 モルガナはあえて木の根の上を歩いたり、小動物の気配を追いかけまわしたりしながら、レーノの少し先を行く。歩きながら後ろのレーノに振り返って話しかけるので、足を踏み外さまいかとレーノは気が気でない。


「あっ」


 案の定、木の根を踏み外して、腰から地面に落ちた。


「だ、大丈夫!?」

「てて……大丈夫ですわっ」


 「少しはしゃぎすぎました」と笑いながら、レーノの手を借りて立ち上がった。並んで歩く。


「最初のエリアなのに〝二の森〟ですのね」

「はい。〝一の森〟は開拓されつくして今のギルド管理協会がある街、サーウィアになりました。五十年ほど前のことになります」

「な、何の敬語……? ど、どうも」

「あ。ごめん仕事のクセでつい」

「お仕事、冒険者ですよね? 間違えてツアーガイドに護衛を頼んでませんわよね?」

「ツアーガイドが激つよ冒険者だったらカッコいいと思わないかい?」

「激つよ冒険者様がツアーガイドで生計を立てているとは世知辛いですわね」


 雑談を交わしながら歩く。いつまでも続くかと思われた平穏の折、おもむろに今章の敵が姿を現した。


「やたらとおっきな鳥さんがいますわ」


 モルガナが指さす先、道の先に陣取っている鳥がいる。人の背丈ほどの全長で、白い体毛に覆われてシルエットは丸い。突き出た嘴だけが鳥であることを主張している。


「お、おお……ありゃあ随分と堂々としてる奴だなあ……」

「珍しいのかしら?」

「そりゃあんなに堂々としてたら誰かに倒されるからね。逆に倒されないってことは何か秘密があるんだと思う。ちょっと隠れててくれる?」


 モルガナはレーノの陰に隠れる。


「そのままでいてね」


 レーノは銃を構えると、まずは普通の銃弾を撃ち込む。鳥が高速で移動して僅かに右にずれる。紙一重、銃弾は空を切った。


「ま。かわされましたわ。動きが目で追えませんでした。かなり身のこなしが軽いみたいですわね」


 今度はエーテルで〝創造〟した弾丸を打ち込もうと、銃に右手を添える。


 ――爆発の半径は衝撃が自分にかからない最大の範囲で……。


 〝創造〟のエーテルで生み出された物は、創られてから少しの間は構造の変化を受け付ける。


 放たれた銃弾は着弾までの間にその構造を超速で変化させ、極小の爆弾と化した。


 銃弾は巨鳥の位置で爆発する。モルガナの長い金髪が風に浮かんで後ろへたなびく。


「やったかしら!?」

「いや、うーん」


 レーノが視線を上に向けると、巨鳥は青空を背景に羽ばたいていた。爆発はかすったようで、その毛並みは少し焦げている。


「早すぎますわね。瞬間移動しているのかしら?」

「瞬間移動はしてるんだけど。あの弾が爆発するとバレてたよね。何か違和感があるなあ」





「過去改変、ですかね」


 第一キャンプ。大河の中州を拓いて作ったそこには、レンガ造りの建物がいくつかあった。そのうちの最も大きい施設、ギルド協会の第一キャンプ支部。その二階の一室で、冒険者らが体毛まみれの巨鳥の死体を捌いていた。


「このモンスターの身体から獲れるエーテル信号は一種類だけ。未来予知と高速移動みたいに二つの系統がある訳じゃあない。となるとコイツの戦法を解釈するには、僕らの知り得る手段だと過去改変しかないですねえ。自分の行動に限り、過去を変えることが出来る。攻撃を受けた瞬間に、過去の自分の行動を改竄する。我々には、攻撃をした途端、彼らが瞬間移動した様に見える、と」


 第一キャンプにはこの鳥の被害に遭った冒険者たちが多く運び込まれていた。〝跳ねる死体運び〟の人員の姿もいくつか見える。動かなくなった人間を大布に包み肩に抱えて、枝の上を跳ねて街へ帰っていく。


 実際に巨鳥を捌いていた冒険者――ハイクラスギルド〝ナンバーワン〟のリーダー、ランは考え込む。


「こんなに強いモンスターが〝二の森〟にいるのは不自然ですねえ。しかも、一匹じゃないんでしょう?」


 隣の女が頷く。


「群れで襲われたって報告もあるわね」





 レーノとモルガナの二人は全力で疾走して三体に増えた巨鳥から逃げていた。巨鳥の一羽が頭上に追いついてくると、きりもみ回転しながら落下してレーノにタックルしてくる。レーノは的確に撃ち返すが、銃弾は空を切り、その巨鳥はレーノの身体に側面から突進した。押し飛ばされる。


 レーノは体幹で姿勢を直して足から着地する。それだけでは衝撃を逃がしきれず、一度バク転を挟んで、それでもなお地面にはブレーキ痕が残った。


「今のは流石におかしいよなあ! 上からの攻撃が横からの攻撃に変わったんだけどお!」


 ――しかも、きりもみ回転無しの真っ直ぐな突撃に変わっていた。横から攻撃するなら滑空した方がスピードが乗るからその方が道理だけど、瞬間移動したならきりもみ回転は継続していなきゃおかしい。きりもみ回転の落下攻撃そのものが無かったことになった。こっちの対処を見てから、時を遡って別の選択肢を選んだみたいだ。


 いや、ああ。実際そうなのか!


 モルガナはレーノの高度な受け身に対して、棒立ちで拍手。


「凄い身のこなしですわ。流石のハイクラスですわねー」

「それはどうも! というかさっさと俺の傍に来てくれる!?」

「それがどうやら、私は狙われないみたいですわ」





 ランは考える。


「堂々と道の真ん中に現れるのはなんでなんだろう」

「そんなの人の味を覚えたからに決まってるわよ」





「レーノ様! こいつら闘争を楽しんでるんですわ!」

「そうみたいだなあ! うおおおお」


 レーノは三体の巨鳥に囲まれて、打撃やら刺突やらを受け続けていた。モルガナは外から応援する。


「こいつらの目的はあくまで闘争。私は戦闘能力が無さそうだから狙われませんのね。だからレーノ様、私は助太刀できませんわ~?」

「その通りだけどそっちから言われるとなんだかなあ!」


 レーノはエーテル石を右手に持って地面に押し付ける。そこから真っ黒な鋼鉄が生えてすぐに伸び、レーノを高い位置へと連れて行く。植物のように伸びたそれは枝葉を広げ、一本の木を模した形になった。葉っぱの陰に隠れた巨鳥たちは、レーノの姿を目で追いながらも、しかし様子を見ている。


 枝葉の間から蔓のような鉄線が何本も降りてくる。巨鳥たちは警戒してそれらをつついたりするが、それはただの細くて脆い金属であって、何の害も無かった。蔓は続けて幾つも降りてくる。


 少しして、何もないようだと判断した巨鳥たちは再び攻撃に出ることにした。木の頂上を狙うため翼を広げる。


 レーノは鋼鉄の木の上からモルガナに声をかける。


「モルガナさーん! 最初の蔓が降りてから何秒経った?」

「え? えっと、十秒は経ちましたわ!」

「よし。それならまあ大丈夫そうかな」


 蔓の全てが突如意志を持って動き出し、巨鳥たちを捉えるように動き出した。巨鳥たちは危険を感じて能力を発動する。可能な限り過去まで遡って、この樹の下から離れるように自分の身体に命令を下す。


 モルガナは、巨鳥たちが瞬間移動して、しかしそれでもなお別の蔓に絡まっているのを見た。鳥たちは藻掻いて何度も瞬間移動するが、蔓の範囲内からは逃れられない。


 レーノが蔓の1本を伝って地面に下りる。モルガナが歩み寄る。


「なるほど、〝彫刻家〟。〝創造〟のエーテルではこういったものを作れますのね」

「動的な要素もあって中々いいオブジェができたよ。俺的点数だと83点ってところか」

「しかし真っ黒ですわね」

「そう? じゃあ彩も足しておこうか」


 レーノが軽く手を振ると、鋼鉄の木は七色に光り始めた。疲れた巨鳥たちが光る蔓にぶらぶらと吊るされている。


「失礼。ダサいですわ」

「え……カッコよくない……?」

「よくない。今すぐやめてくださいまし」

「そ、そんな。俺、この七色の光を表現するために発光するタイプのモンスターを解剖し続けてきたのに」

「それ徒労ですわよ。もしかして美的センスがおありでない?」

「フッ……」


 レーノは鼻で笑うとしぶしぶゲーミング発光を解除した。


 ——き、傷つけてしまったみたいですわね。よく言われるのかしら。


 モルガナはほんの少しだけ申し訳なく思った。


「そうだ、鳥さんを捕まえたカラクリをお教えいただけますか?」

「あー、えっと」


 レーノは顎に手をやり少し考えて説明の順序を整えた。


「こいつらの能力は〝過去の自分の行動を変える能力〟。第四エリア以降でたまに見る能力だね。瞬間移動しているように見えるけど、実はそうじゃない。それはさっき攻撃を受けたときに理解した」

「確かに、妙なところはありましたわね」


「それが今回は、十秒以上遡ることはできなかったってこと。可能な限り過去に遡っても、そのとき既に蔓から逃れる選択肢は残っていなかったんだ」

「それはおかしいですわ? 蔓が動き出したのは鳥が能力を使うほんの直前だったんですもの。十秒前にはただの柔らかい鉄線だったはずです」


「内側の蔓は柔らかいけど、外側の蔓はかなり強く固定しておいたんだ。内側の蔓が無害と判断されていたうちから、外側の蔓は鳥を包囲していたってこと」

「感服ですわ」

「こちらこそ! 呑み込みが早くてびっくりだよ」





 それからは二人に大きな戦闘は無く、夕暮れには第一キャンプに到着した。


「私の銃が火を噴く機会、ありませんでしたわね。残念ですわ」


 ——この子、血の気が多すぎるだろ。こっから先大丈夫かな。不安になってきた。


「そういえば、レーノ様はさっきの戦闘で石のエーテルをどのくらい使いましたの? 〝創造〟のエーテル消費は、創ったものの大きさに寄るんじゃなくて?」

「そうだね。さっきので三分の二くらいは使っちゃったかな。でも一晩経てば大体は回復するから」


 森を抜けて大河に出る。茶色く激しい水が流れている。橋を渡って中州に入ると第一キャンプがあり、その向こうが第二エリア。〝二の森〟とはまた雰囲気の違う森が広がっている。


「今晩は第一キャンプに泊まりますのね」

「うん。一日で来れたのは結構運が良かったね。野宿回避だ」


「初めの方に鳥さんと戦った以外は平和でしたものね。大樹とか綺麗な泉とか寄り道させていただいて、普通に観光しちゃいましたわ。楽しかったです」

「お褒めに預かり光栄です。それで稼いでいたもので」


 川辺の大橋にかかる。橋の向こうに中州がある。中州と言っても相当の大きさで、常に数十人人の人間が寝起きして活動している。自然の障壁である大河と、ハイクラスギルド〝ナンバーワン〟に守られ、モンスターの脅威に晒されることは全くない。


 二人は大橋の途中まで来て、キャンプの異変に気が付いた。


「建物に火が上がってんだけど」

「巨大なトンボとカマキリが建物を破壊しまくってる姿が見えますわ。白昼夢かしら」


 キャンプは陥落していた。

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